第11話 作戦開始

十六時を過ぎた。

いよいよ作戦を開始する。

今日の姫の出勤時間は十六時まで。

そこから片付けたり着替えたりする時間を考えても、十七時までの間にきっとお店を出て帰るはずだ。

僕は店の下でビラ配りと称し待機。

そして姫が帰るためにここを通るタイミングでビラを渡す!

完璧だ。

普段ビラ配りなどは行っていないので、レジ前に置いてあるはがきサイズのチラシを渡そうと思っていたのだが、いまいちインパクトにかける・・・。

ということで、ランチ営業の後急いで姫専用のビラを作った。

準備は万全。

「じゃあやっちん、行ってくるわ!」

「健闘を祈る!」

休憩を追え今から午後の仕込を始める谷地村に、戦場へ赴く兵士のように敬礼しエレベーターを降りる。


普段ビラ配りをしていないのもあるが、ビルの前にただ立っているだけってのも落ち着かない。

姫が通るルートは二つ。

このビルのすぐ脇にある小道を通ってくるルートと、今朝のように裏道とアーケードを繋ぐパチンコ屋の中を通るルートの二つだ。

「どっちからくるんだ・・・。」

小道を通るのならそうそう見逃すことはないが、もしパチンコ屋経由でアーケードを歩いてくるとしたらちょっと危険である。

アーケードは横幅約二十メートル程あるのだが、必ずしも僕が働く「arc en ciel」があるビル側を歩くとは限らない。

アーケードのど真ん中を歩く人もいれば、こちらとはまったくの反対側を歩く人もいる。

しかも日曜日のこの時間、なかなか人通りが多い。

そんな中からウォーリーのように姫を探さなくてはならないのだ。

しかも反対側を歩いていた場合、ビラを渡すのも若干困難だ。

というか、真ん中のほうを歩いていたとしても困難だ。

僕は普段、必要としているとき意外はティッシュ配りを受け取らないし、ビラなんて荷物になるだけだからもらわない。

だからこそ普段店のビラ配りを行わないのだが、それでも受け取ってくれる確率を上げるとしたら店の前を通る人。

目の前にそのビラに載っている看板があるのだから信用性もあるし、「ここのビルなんですよ」なんて声をかけながら渡せばなおさら確率は上がる。

だが、真ん中より向こう側にいる人にビラを渡すには、そこまで自分の足で歩み寄らなければならない。

しかも、急に目の前に現れたのではビックリさせてしまうだけで、きっと逃げるようにスルーされてしまうだろう。

それを阻止するためには、歩いてくる姫のスピードに合わせさりげなく視界に入り、そしていいタイミングでビラを持つ手を伸ばす。

これをしなくてはならない。

つまり、姫を目視するタイミングが遅れた場合、姫に近づくよりも先に姫が通り過ぎて行ってしまう危険性があるのだ。

追いかけて回り込んで・・・なんておかしな話。

通り過ぎてしまった瞬間に作戦は失敗に終わる。

僕は動く人並みに全神経を集中させ、たまに小道に目をやり、それを繰り返す。


「てーんちょ!」

「ぶうぇい?!」

「なにしてるんですかぁ?っていうかさすがに驚きすぎなんですけどぉ!」

ケラケラ笑いながら立っていたのはバイトの美尋ちゃんだ。

「あ・・・あぁ、美尋ちゃん。そっか、今日ディナーバイトだったね。」

「ずーっと怖い顔しながら向こうのほう見てましたけど、なにか探してるんですかぁ?」

「ん?んん~と・・・、そのぉ・・・。」

「じー・・・。」

美尋ちゃんの視線が突き刺さる。

「実はさ、ここを姫が通るかもしれないんだ。それで、ビラ配りを・・・。」

「へぇ・・・そうなんですか。」

なんだか美尋ちゃんのテンションがだだ下がりしたような・・・。

「姫さんが何の仕事してるかわかったんですか?」

「あ、そうな・・・。」

は!!言えないだろ!!

美尋ちゃんだぞ!!

完全妹系美少女の美尋ちゃんに向かって「いやぁ実はさぁ、姫はソープ嬢だったんだよねぇ。」なんて言えるか!!

今の女子大生の性知識がどの程度のものなのかは知らんが、そんなセクハラ発言はできない!

いや!しちゃいけない!!

「店長?わかったんですかぁ??」

「い、いやぁそれはまだなんだけど・・・。」

「じゃあなんでここを通るってわかるんですかぁ?」

「あぁそれはだねぇ・・・。」

その通りだ!!

普通はわかるはずがない!!

どう誤魔化したものか。

これが呑みの席であれば、勢いで実は・・・なんて話せたかもしれないが、今は無理だぁ・・・。

「き・・・昨日さ、谷地村が買い出しに出たときに、僕が散々話していた姫のイメージに凄い似た人をみかけたらしい・・・んだよね。」

「黒髪の女性なんていくらでもいませんかぁ?」

「あぁ~そうなんだけど・・・コート!そう!コート!」

「コート??」

「昨日黒のダウンコートにボルドーのニットワンピースを着てたんだけど、その服装だったらしいんだよ!そこまで一緒なら姫っぽいだろ??」

「ふ~ん・・・まぁ、別にどうでもいいんですけどぉ。」

「あははは・・・。」

我ながらなかなか苦しい言い訳だが、まぁギリギリ誤魔化せた?ようだ。


「とと、とりあえず美尋ちゃん、早く着替えて出勤しないと。ほらもうすぐ半にはっちゃう!」

「あ、本当だ!もう、あとでまた追求させてもらいますからね!」

「掃除よろしく~。」


ようやく開放されたが、ちょっとまずいことになった。

美尋ちゃんと話をしている間、小道を通る人は確認していたので大丈夫だったが、アーケードのほうはほとんど見れていない。

今の時刻が十六時二十分。

姫がすでに通ってしまっていては・・・アウトだ。

は!!その前にもう一つ忘れていた!!

谷地村に口裏合わせてもらわないと美尋ちゃんに嘘ついたことがバレてしまうじゃないか!!

美尋ちゃんはまず休憩室で着替えるはずだから、厨房にいる谷地村にはすぐ会わない。

そうだ、店に電話だ。

今なら谷地村が出るから伝えられる!

スマホを片手に少し小道のほうに行こうと振り返ったその瞬間。

「やっ・・・。」

軽く人にぶつかってしまった。

「あ!すいません!大丈・・・夫、ですか・・・?!」


うそ・・・だろ・・・?


ひ、姫だ。

そこには姫が・・・姫が立っていた。

黒い髪を風になびかせ、上目遣いで僕を見ている。

思考回路は完全にストップ。

待ち望んでいた姫との遭遇が、今まさにこの瞬間に訪れた。

「あの・・・えっと・・・。」

顔を見つめたまま止まっている僕を見て、困ったように姫が言う。

「あ・・・あ!!いや、すいません!大丈夫ですか??」

「あ、全然・・・大丈夫です。」

「なら、よかった・・・。」

「・・・・・・。」

や、やばい!!なにかしゃべらなくちゃ!

こんなチャンス、もう二度とない!

まさに待ちわびていたきっかけじゃないか!!

えぇい!!もう悩んでなんていられない!

ぶつかれ!!自分!ぶつかれ!!

「あ、あの・・・もしかして、人違いだったらあれなんですけど、いつも朝地下鉄の先頭車両に・・・乗ってらっしゃいませんか??」

「え?あ・・・はい・・・。」

「や、やっぱり!九時半過ぎくらいのやつですよね??」

「はい・・・。」

「実は、僕も乗ってるんですけど、たまに一緒になる人に似てるなって思って・・・。」

「あぁ・・・。」

姫の顔が少し赤くなるのがわかって、こっちまでカーッとなる。

そりゃそうだ、ふと道端でぶつかった男性にあなたのことを見たことあるなんて言われたら・・・え?気持ち悪いかな?!

今の僕気持ち悪いかな?!

超引かれてる感じ?!

「あ!いや!すいません!急にそんなこと言われても・・・気持ち悪いですよね!すいません!」

もうどうしたらいいのかわからず、ひとまず思いっきり頭を下げた。

「い、いえ・・・そんなことないです、顔を上げてください。」

もう完全に変なやつに思われてしまっているのだろうか・・・。

ゆっくりと顔を上げ、姫の顔を恐る恐る覗く。

「ふふっ、私も・・・覚えてます。」

「・・・え?」

「地下鉄でいつも音楽聴きながら寝ている方・・・ですよね?」

ニコッと笑いながら姫がそう言った。

姫の笑顔・・・超可愛いーーーーー!!!!!!

「えぇぇぇぇぇ?!ぼぼぼっ僕のことなんてにに認識していただいていたんですか?!」

「・・・はい。」

そう優しく答えながら、また姫がニコッと笑う。


ズキューーーーン!!


僕の胸の辺りから、物凄く大きな音が脳内に響く。

これが、ハートを射抜かれたというやつか・・・。

もうだめだ・・・僕、超姫が好きだ。

は!!そうだ!!ビラ!!

「あぁぁそう!僕、ここのお店で働いてるんですよ!ここの四階のarc en cielって・・・とこなんですけど。」

そう言って姫のため作った特製のビラを渡す。

「知らない・・・ですよね?」

「いえ・・・、行ったことはないですけど、ネットで・・・お店を見たことはあります。フレンチレストランですよね?」

知ってたぁぁぁ!!

姫がお店の存在を知ってくれていたぁぁぁ!!!

なんだ!なんなんだ!こんなに素敵に展開していって大丈夫なのか?!

「そ、そうなんです!ここで店長をやってます。あ!自己紹介が遅れました!僕、本郷偉月(ほんごういづき)って言います!年は二十九歳で、未婚で、彼女はいなくて・・・それで、好きな食べ物はエイヒレの炙りで・・・。」

「ふふっ、あははははは!」

「あ・・・いやすいません、そんなこと聞いてないですよね。」

姫が、思いのほか爆笑しているけど・・・。

僕はいったいなにを言っているんだ!

エイヒレって!!どうでもいいわ!!はずかし!!

「はぁ・・・すいません、笑っちゃいました。面白くて。」

笑い涙を右手の人差し指でぬぐいながら姫は言った。

「え?あ、すいません、面白いかはわかんないんですけど・・・。」

恥ずかしすぎる・・・。

もっとなんていうか、男らしい感じっていうか、大人っぽい感じで接していきたかったのに・・・。

完全に馬鹿丸出しではないか・・・。

「思った通り、面白い人ですね。」

「おもっ・・・?」

「私の名前は、香夜。桧森香夜(ひもりかよ)です。偉月さん。」

香夜ちゃん。香夜・・・なんて可愛い名前なんだ!!

「あ、どうも、偉月です。」

「知ってます。」

そういいながら“姫”改め“香夜ちゃん”が笑っている・・・。

ってか今名前呼ばれた?!偉月さんって言ったよね!!

しかもこんなに笑顔で・・・。

もう・・・この笑顔が見られただけで死んでもいい。

ん?!もしかして・・・もう死んでたりしないよね?!

慌てて自分の顔を触ったり足が付いているかバタバタしながら確認する。

「ど・・・どうしたんですか??」

「え?あいや、ちゃんと自分生きてるよな?と思いまして・・・。」

「ど、どういうことですか??」

「いやずっと憧れていた女性とこんなに話ができるなんてあまりにも夢のよう・・・で・・・。」

あ・・・あ!!!

僕はなにを口走っているんだ!!!

ゆっくりと姫を見る・・・。

わぁぁぁぁぁぁめっちゃ恥ずかしそうな顔してるやん!!!

そりゃそうだよな!!もうこれ告白してるようなもんだもんな!!

ばーか!!僕のばーか!!

いやいやいやいや!!これ・・・いやいやいやいや!!

「いいいいやこれは何といいますか・・・その・・・。」

どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・。

この流れを打破するスキルを持っていない!!

むしろこんな展開誰が予想する?!

ヘルプミー!!!!

「あの・・・。」

脳内がぐちゃぐちゃになりながらあたふたしていると、姫が口を開いた。

「あの・・・ここのお店は、一人でも・・・行けるんですか?」

「え??」

「このビラに、そう書いてあるから・・・。」

説明しよう!!

姫特製のビラは一人でも来易いように、レストランというよりもバーなテイストで制作し、かつ!「女性の一人飲み流行ってます」な感じをごり押しした仕様になっているのだ!

「あ・・・そうなんです!夜はカウンター席も開放してますし、全部の席を仕切っているので他のお客様とも顔を合わせずに済む半個室空間となっております!」

「なんだか急に店員さんになりましたね。」

そういって姫が微笑む。

「ほんとだ・・・。」

お互いに笑い合う。

「一人で来た場合は、カウンターがオススメです。迷惑でなければ、僕もお酒のお付き合いをしますので。」

「そうなん・・・ですね。それじゃあ・・・来週。来週のどこかの夜で・・・行こうかな・・・。」

「え・・・えぇ!本当ですか!!月曜だけ休みなんですけど、それ以外は僕全部いますので!!」

「わかりました・・・。じゃあ、来週・・・。」

「はい・・・お待ちしてます・・・。」

香夜ちゃんはそう言って地下鉄の方へ向かって歩いていった。


今の約十分ほどの時間、僕には永遠のように感じた。

夢・・・じゃないよな・・・。

姫が・・・香夜ちゃんが、来週来てくれる・・・。

僕は神様を信じた。

女神様を・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋した彼女は×××。 生ビール @namaBeeeeeR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ