第11話

 翌朝、アンドロイドの刑務官に釈放を告げられ、唯一の私物だったオムニポーターを返却されて俺は刑務所兼精神病棟を出た。


 空は昨日に続いて雲をバターナイフで満遍なく塗りたくったように曇っていて、俺の気分も晴れなかった。辺りはだだっ広い荒野で、流石にこんな辺鄙な場所まではロボットも手入れをしないのか土埃を被った年季の入った道路がどこまでも続いている。


 オムニポーターの存在などすっかり忘れてどうしたものかと俺が途方に暮れていると、目の前にタクシーが止まりドアが開いた。よく見ると俺の右後ろに駐車場があってタクシーはそこで待っていたらしい。気が効くアンドロイド刑務官が予め呼んでいたのだろう。乗り込むとアンドロイド運転手が行き先を聞いてきた。


「自宅まで行ってくれ」


 それだけ言えばあとは彼が頭の中で俺の自宅の住所を検索してくれる。運転手がアンドロイドであることの大きな利点だ。


「何時間ぐらいかかる?」ここがどこなのかはあまり興味がなかったので、俺はかかる時間だけを聞いた。

「一時間半ぐらいでしょうか」


 そうか、ここに移送されたときにそれくらいかかっていたかもしれない。気が動転していたせいであまり記憶はないが。


「やっぱりウェリントンズバーグの墓地にしてくれ」

「ここからだと飛ばしても三時間かかりますよ」

「構わない」

「かしこまりました。ではシートベルトをお締め下さい」


 俺が昔と全く形の変わらないシートベルトを締めると、アンドロイド乗務員が思い切りアクセルを踏んだ。体に強い後ろ向きの重力がかかり、風景が後ろに飛んでいく。そして地平線が――沈んで行く?


「飛んでいるのか?」


 頭蓋骨を抜けるような裏返った声を出した俺に運転手が冷静に受け答えする。


「はい。市街地を迂回して墓地まで飛びます。そちらの方が早いので」


 俺は彼の言葉に脳内で付け加えた。



 未来へようこそ。




 緑の芝生の上に、自然のままではあり得ない形の石が、自然のままではあり得ない頻度で並んでいる。自然への冒涜と言えなくもないその風景は、人間という種の存在証明のようで俺は好きだ。


 カーターと書かれまた文字の下に、アーサー・Wとステファニー・Eと書いてあった。時間を忘れて、俺はその前に立っていた。

 いつの間にか雨が降ってきていたが、それが堪らなく心地良く感じた。全ての存在を消してしまうような雨だった。雨には、時間をかけて、この景色も、墓石も、全部を無に帰す力がある。このまま雨に溶かされて、土に染み込んで消えてもいいと思った。


 ふっと、俺の体に降りかかっていた雨が途切れて顔を上げると、傘を持ったデイジーが隣に立っていた。


「雨が降るって言ったでしょ」デイジーは言った。

「昨日のことだろ」


 大袈裟に肩を竦めてやると、デイジーも演技くさく悩ましい顔をして首を傾げた。


「そうだったかしら。時間の感覚が飛んでるわ。もしかしたら冷凍されていたのかも」

「笑えない冗談だ」

「冷えた雰囲気を溶かそうと思って」

「失敗してるよ」

「あら。回路の故障かしら。機械は水分に弱いのよ」


 いつの時代の話をしているんだ、と言いつつ、俺はデイジーの下らない冗談に少し笑ってしまった。


「……外に出たいとわがままを言ったんだよ。

 どうしても、映画館で映画を見ながらコーラを飲んでバケツみたいなサイズの入れ物に入ったポップコーンが食べてみたくなったんだ。

 俺は焦っていた。数値上、俺の体はどんどん弱っていて、いつかそれが絶対にできなくなると分かっていたから。両親とは喧嘩をしたけど、最後は渋々許可してくれた。

 俺の体の免疫力では多少危険な行為ではあったけど、それでも一、二週間寝込むかも、ぐらいにしか俺は思ってなかったし、両親の考えもきっと似たようなものだったと思う。

 まさかインフルエンザに罹ってしまって死にかかるなんて。二十五年間何とか生きてこられて、両親も俺も油断していたんだ。

 二人とも死ぬまでずっと自分たちを責めてやしないかな。俺がわがままを言ったのが悪いのに」

「誰のせいでもないわ。運が悪かったのよ」

「運が悪かった……か。そうかもしれない。笑っちゃうよ、何より一番運が悪かったのは、観たB級ホラーの内容がクソみたいに酷かったことさ。前評判ぐらい調べるべきだった。危うくあれが人生最後に観た映画になるところだった」

「これから、沢山楽しいものを経験すればいいわ。悪い思い出なんて、忘れてしまうくらいに」

「……一人になってしまった」

「不足かもしれないけど、私がいるわ」


 そう言ってデイジーは俺の肩を抱き寄せた。

 いつまでも雨が降り続いていた。

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