君と僕の15cm

「私はね、君のことをもっと知りたいって思うんだよ」

定期考査前の勉強中。突然彼女がそう言い放った。

僕は君にもっと真面目にやってほしいって思ってるよ。この勉強会は君がやりたいって言い出したことなのだから。

あえて言葉にはしないけど、今の僕の気持ちを心の声にしてみた。

「随分いきなりだね」

折れてしまったシャーペンの芯を少し眺めてため息をつく。

「いつも思ってることだよ。もっといろんな表情を見たいって」

「見てるだろ。何年一緒にいると思ってるんだよ」

「全然」

不満そうにほおを膨らませる彼女。

計算式を書く手を一旦止める。なんて言えば彼女は機嫌を直すだろう。今までこんなに僕に対しての不満をぶつけてくることはなかった。

彼女が怒るのは僕ら以外の何か。

それは道を邪魔するカップルや、ありえない量の課題を出す講師、親バカな彼女の親・・・。数えればきりがないけど、僕に対して不満を言うことはない。

彼女を刺激するような言動には気をつけているから、当たり前と言えば当たり前なのだけど。

だからこういう時の対応は良くわからない。彼女は僕のことを知りたいというけれど、僕だって知りたい。もっと彼女のことを。

「君は私のことを色々知ってて・・・でも私はわからないんだよ。遠慮してるんだと思う、君は」

やけくそ気味だ。

「誰よりも長くいるのに、遠慮なんかしてたら疲れるよ」

「でもしてる。自覚がないんだよ、自然にしすぎてて。無意識が一番タチ悪いって知ってた?」

さも僕が悪いかのように言ってくる。会話がそれすぎててもうついていけそうにない。

「知らなかったよ」

「だろーねー。そーゆーとこだよ」

なんだか僕の人格を彼女に決定されてしまった気がする。そのことに対して僕は不満を言いたいけれど、もうすでに彼女は大層ご立腹でそっぽを向いてしまったので諦める。

どうやら彼女の機嫌直しには失敗してしまったようだ。しょうがない、珍しいケースだったから。今日の出来事を思い返して、対策を練っておくことにしよう。



「・・・」

彼女が泣きそうな顔をしている。

何も言わない方が正しい選択だろう。聞いてもしばらく何も話さないだろうから。

ただ、泣きそうな女子を放っておいて自分は勉強している。あいつはなんて冷酷な男だ。なんて言葉が聞こえてきそうで面倒だけれど声をかける。

あいにく今は家の中じゃない。

「どーした」

「・・・」

案の定何も話さない。

一応聞いた。その事実があるだけでなぜか心強く、勉強に集中できた。

彼女が話し始めるのは一時間後くらいだから、それまでは勉強時間の保証がされた。今のうちに大量に出た課題でも終わらせておこう。


「君は私のそばにいてくれるよね?」

「・・・」

壁にかかった時計を見ると、さっきからちょうど一時間くらいだった。さすが慣れだな、と思う。

「急に何」

「いて、くれるよね」

僕の話を聞く気は無いらしい。それがわからないと彼女の質問への答えをはっきりとできないのに。

「いるよ」

この言葉で彼女が安心できるのなら。言ってみたほうがいいのだろうか。

「うん」

様子を見ると、さっきよりは表情が緩んで、口角が上がっていた。

僕の返答は間違えていなかったらしい。

じゃあ次は僕の番だ。

「で、どーしたの」

「・・・」

理由は説明したくない。そういうことだろうか。まぁ、知らなくても解決することができたのならそれでいい。知る必要はない。

「私には、君がいればいい」

「うん」

頷いた。きっと、彼女がそう望んだから。



「お前に友達づくりは無理なんじゃないか」

必死に同級生に声をかけて、笑顔を作って、手を振って、そんなさなか言われたその言葉は、結構深く私の胸に突き刺さった。

「どうして」

「お前が本当にそれを望んでないからだよ」

「あんたに何がわかるの」

キッと睨んだ。

横に立っている男は多分中学くらいからの同級生で、私たち二人と認識があってたまに喋る程度の仲。何故か私にやたらと厳しく、私に優しい彼には優しく接する。

「あいつがいるから。お前はそれでいいと思ってるし、だから本気であいつと離れようとは思ってない」

反論しようと思うのに、言葉が出てこない。きっと私はどこかで分かっている。この男の言っていることが正解で、だから反論なんかできないってことを。

「うるさい」

でも、負けたくない。

「手放そうとはしないんだろ」

「・・・」

「お前はそういうやつだよな」

私のことをなんでも知っているような口ぶりに苛々する。彼に比べたらあんたなんて何も私のこと知らないくせに。

認めたくない。こんな男に本心を見透かされていることなんて。

知りたくなかった。私の気持ち。

もう、わからない。


「君は私のそばにいてくれるよね?」

私の自分勝手なその言葉に。

「いるよ」

君がそう言ってくれるから。

離れられなくなる。これ以上そばにいても、彼を縛り付けてしまうだけなのに。

言えない。

「離れよう」

なんて。もう。




「君と私にはこれくらいの距離があるんだよ」

彼女は僕に定規を突き出した。

それは彼女が中学の頃から愛用している、青と水色のストライプ柄の、いたってシンプルな15cm定規だった。

何故唐突にそんなことを言い出したのかはわからない。

僕には全くわからないけど、彼女にとっては意味のある行為なのかもしれないから、否定もできない。

「15cm?」

よくわからない距離だ。

その距離に僕がいうことがあるとすれば、意外に近い、ということだ。

人のパーソナルスペースが大体1mくらいだとするならば、それはだいぶ近いと言えるんじゃないだろうか。僕は1m以上離れていても不思議には思わなかった。

彼女と僕は付き合っているカップルでもなければ血の繋がった親戚でもないのだから。

彼女の意図が知りたい。こんなことを言い出した理由と、その距離にした理由を。

定規から視線を外して彼女を見る。

「ふふん」

僕の複雑な感情を無視するように、彼女は得意げに笑った。



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君と僕のキョリ 立花 零 @017ringo

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