君と僕の葛藤

僕たちは仲が悪いわけじゃないんだと思う。

ただ、お互い一歩引いて、日常を過ごしている。

どちらからともなく、きっとその方が心地良いと思ったから、そう接するようになってた。

だから喧嘩もしない。言い合いだってしない。

一歩引いて、距離を測りながら接しているから、自分たちを客観的に見ていられる。そのくらいの方がうまくやっていける・・・いけてると思う。

いけてたはず。




「少し距離を置いた方がいいと思うんだよ」

彼女は唐突に僕に言い放った。本当にいきなり、仁王立ちで。

「へぇ」

理由を聞いてみようかとも思ったけど、実際彼女は理由もなしに突飛なことを言う。今回もいつもと同じで理由など存在しないのかもしれない。

変な期待をしながら適当に相槌を打つ。

「私たち、小さい頃からずっと一緒だよね」

「そうだね」

確かに一緒だ。でもそれは今更なことなんじゃないだろうか。

「お互いのことなら大体わかるよね」

「うん」

僕は君のことに詳しくても君はそんなに僕のことを知らないんじゃないかな。

口には出さないけれど、心の中だけで尋ねてみる。もちろん返事はない。

「一緒にいて楽だよね」

「まぁ」

お互いに心地いい距離を保っていて、当たり障りなく過ごしているからね。

この関係は地道な努力によって成り立っていると言っても過言ではない。

「だから少しマンネリ化してる気がするんだよねぇ」

「ほう」

「あれだ!倦怠期!」

「・・・」

倦怠期なんて難しい言葉使えたんだなぁ・・・。と言うか、友達の間にも倦怠期なんて言葉存在するんだろうか。友情に倦怠期なんてあるんだろうか。

「だからだよ!」

彼女はどうだ、と言わんばかりに目を輝かせて僕をみる。

やめてほしい。そんな言ってやった感満載にドヤ顔をするのは。実際そんな大したこと言っていない気がする。

「で、何が言いたいの」

結論というか、離れることで僕と君にはなんの得があるのか、成長が得られるのかが知りたかったのに。

「友達を作ろう!」

だいぶ論点がずれてしまった。

「えっと、アイさん?」

「はい、どうぞ」

手を上げて質問してみると、挙手制は正しかったらしく、胸を張った彼女にビシッと指された。

「あ、はい。アイさんは友達を作ることで、何を得られるとお思いですか」

質問してみる。

友達を作ることに問題があるわけじゃない。人見知りな彼女が積極的にコミュニケーションを取ろうとしているのだ。それを否定するわけじゃない。

僕が言いたいのは。

「・・・」

そうじゃないんだけどな。


「_____つまりねー、友達っていうのはねぇ・・・」

延々と友達の定義やらを語り続ける彼女。

実際彼女の友達と呼べる存在を見たのは数える限りだし、相手が良かったから続いていた関係性だったから、今彼女が話しているのは「友達の作り方」とでも書いてある本の内容なのだと思う。

どうしたって不器用な彼女には友達ができにくい。

集団行動が苦手で、空気が読めない。

一定数女子のいるクラスではまず一番目くらいに排除されてしまう人種なのだ。

小学校の頃が一番彼女への周りの対応がひどかった。

見ている側も不快だったから当然僕はかばったし、なるべく彼女が一人にならないように気をつけることにした。

中学からは、僕でも普通に話せるようないい女子がいて、運よくその子と知り合った彼女は、楽しそうにしていた。

その子が家の事情で引っ越してしまった時は、顔には出さなかったものの、結構落ち込んでいた。

「分かったから」

「ん?」

「君が距離を置きたいって言うんだったら、別に僕は拒否しないよ。だから、そんなに必死に語らなくてもいいよ」

僕は早めに降参した。

きっとこれからどれだけ彼女に理由を話されても僕は納得しないし、彼女も納得させる気は無いようだから。

どうして彼女がいきなりそんなことを言い出したのかはわからないけれど、ある程度考えた上での発言なのだろうから尊重しなければいけない。

彼女は笑顔だった。

前向きだと解釈する。そう考えた方が僕にとっても、きっと彼女にとっても、ありやすい関係でいられると思ったから。



「さて、帰るか」

授業が終わり、パラパラと教室から人が減っていく。

僕も鞄に教科書等々を詰めて教室を出る。今日僕が受ける講義はこれで終わりだ。帰って少し休憩してバイトに行こう。

頭の中でこれからの時間の過ごし方の計画を練っていると、よく知る彼女が目の前に現れた。

・・・そして、すぐに消えた。

「はは、馬鹿だなぁ」

きっと時間から距離を置きたいと言ったことを忘れて、いつも通り帰ろうとしていたのかもしれない。

笑えばいいのか、怒ればいいのか、よくわからない感情で僕は薄っぺらい笑みをこぼした。

彼女とほとんどいつも一緒にいることは、日課というより日常で、そこにいることが当たり前のように感じて、だから違和感は感じないし邪魔だとも思わない。

でも僕は人に執着することができないから、いなかったとしても違和感は感じないし、さっきの彼女みたいになってしまうこともない。

今日からしばらく、僕の日常から彼女が消える。

そう、たったそれだけのことなのだ。

すぐに真顔に戻り一歩踏み出す。

自分を冷たいと思いながら。自分は寂しいと思いながら。



「あっ」

その後も彼女は何度か現れた。

いずれも失敗した、とでもいうような顔をして逃げていった。彼女が学習しないのはいつものことなのでもう突っ込まないでおいた。

「彼女がいない日常」は、いつのまにか「日常的に逃げていく彼女のいる日常」に変わっていた。

その時点でもう、おいたはずの距離は戻ってきてしまっていたし、彼女のいった言葉は彼女によって破られていた。

「ねーってば」

後ろからつけられている。僕は無視するべきなのだと思う。彼女の意志を尊重したいと思うからこそ。

「ねー!」

大声を出している。でも振り向いてはいけない。彼女の顔を立てたいと思うのならば。

「無視しないでよーーー」

ついに腕を掴まれた。一体何がしたいのだろう。

彼女は。

「無視しないでってば」

「距離を置こうって言ったのは誰だったかな」

「・・・私です」

「それを破ろうとしているのは誰だろうな」

「・・・ごめんなさい」

振り向いて顔を見る。なぜか泣きそうだ。まるで僕がいじめているみたいだ。

「何に対して謝ってるの」

彼女がただただ喋って欲しいがために謝ったような気がして不安になった。

甘やかしたいわけじゃない。だから僕は、こういうところでしっかりしなければ、と思う。

「わたしが、言ったこと」

カタコトになりながらも、泣きそうな目で、顔で、必死に訴えてくる。

それじゃあ、ダメなんだよな。

「別に僕は、君の言ったことに対して何も怒ってはいないんだよ」

彼女が驚いた表情で僕を見つめる。

「え?」

想像もしていなかった反応に僕が驚く。まさかあの時からずっと彼女は、僕の怒りをおさめる方法を考えていたのだろうか。

だとしたら本当に馬鹿だと思うし、見当違いだし、その理由でずっと僕を追いかけていたのかと思うと、やるせない気持ちになる。

「確かに君の言ったことに疑問を抱いてはいた。あの日君が宣言してから、見かけるたびに一人でいたし、友達づくりは順調には言ってなさそうだなと思った。でも、怒ってはいない。僕は君の意志を尊重するし、反論はしても否定はしないよ」

端的に言えば僕は彼女に怒りを抱いてはいない、そう言いたかった。でも彼女には遠回りでもいいからわかりやすい言葉を、すっと入っていきそうな言葉を選ばないといけない。

それはきっと僕のために。僕が彼女に伝えることを諦めないように。

いつだってそうしてきた。そうすれば僕は傷を隠せた。


僕の言葉は彼女に伝わらない。

いや・・・伝える方法を、僕は知らない。




「君は怒らないね」

彼女は頬杖をついて僕の顔を覗き込んでいる。

顔色を伺うって言葉を直訳している人にしか見えない・・・だとしたら僕は彼女に国語の授業をしなければいけない。かなり前の。

「怒る理由がないからね」

彼女の額にデコピンをくらわせながら、彼女が欲しい答えとは少しずれた答えを出した。

「私はいっぱいあるよ?朝目覚まし時計が鳴らなかった時とか、朝ごはんを落としちゃった時とか・・・朝からずっと怒りっぱなしだよ」

「早く起きる努力をすればその二つは解消できると思うけどね」

ボソッと呟くと、すぐ近くにいたのに聞こえないふりをした。そっぽを向いて口笛を吹く。なんてわかりやすく、そして白々しい。

僕は冷めた目で彼女の横顔を見つめた。

少しそうした後、彼女はまた顔の向きを正面に戻して、新たな質問を投げかけてきた。

「じゃあ、どうして泣かないの?」

「悲しくないからだよ」

当たり前の回答に、彼女はつまらなさそうに口を尖らせた。

そんなよくわからない質問に面白い回答などできるはずがないし、まさか彼女はそのことを理解していないのかと思うとゾッとする。

「私はすぐ泣いちゃうけどなー」

確かに彼女はよく泣いた。

人前でおおごとのように泣き散らかすというよりは、ただただ悲しいというように、ボロボロと涙を流した。そんな彼女に僕ができたことは、ただそばにいることくらいだった。

ふと視線を戻すと、何か賭けに負けたように拗ねる彼女。そもそも男女でそこを競う時点で間違っている、ってことは伝えた方がいいのだろうか。

「感受性が強いってことだよ。君は優しいからね」

彼女の気分を下げないように咄嗟に飛び出した言葉は、後から僕の頭の中で繰り返されて、なんてキザな言葉を言ってしまったんだろうと後悔した。

彼女は嬉しそうだ。なんて運の悪い。

「君も優しいよ」

目に見えるほどにテンションの下がった僕をフォローするように、今度は彼女が僕に同じような言葉を言った。

でもそれは否定する。

「相手によってだよ」

誰にでも優しい善人なんかじゃない。むしろ態度をコロコロ変える悪人で。

きっと自分に都合のいいように相手に解釈させている。

だから人によって僕の印象はバラバラなのだと思う。親切というやつもいれば、ずるいというやつもいるんだろう。

そのことを僕は悪いと思っていない。八方美人なんて疲れるし、得はないし、多分できないし。だからこのままでいい。

「私に優しければいいや」

「自分勝手だな」

君がそう言ってくれるから。

だいぶ救われてる。いつも不意に、そう思う。



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