君と僕の昔話

たまの休日に部屋の整理をしていると、小学校時代のアルバムが出てきた。

ふと、しばらく開いていないことに気づいた。

きっと僕はほとんど彼女といることだろう。

そうはわかっていても、好奇心でページをめくった。

あぁ、本当に進まない。




「ゆーくん。お散歩しない?」

彼女は昔から活動的だった。

休みの日は大抵外で遊んでいたし、気づいたら走って転んで笑っていた。小さな体のどこにそんな体力があるのか、不思議に思ったことを覚えている。

「僕は勉強の途中なんだけど」

「じゃあ一緒にやろう!」

そう言うと、すぐに家に戻って、勉強道具を持ってきた。

外で遊びたかったんじゃないのか。謎だらけの彼女の思考回路を理解することを、いつからか諦めていた。

今もきっと、わかってはいない。

「勉強楽しい?」

その言葉をそのまま返してやりたかった。

勉強しに家に上がったはずなのに、教科書を開いたまではよかったのに、鼻歌を歌ってノートに絵を描き始めた。

絶対に散歩していた方が楽しかっただろうに。



「ゆーくん。今日は雨だね」

そりゃあ見ればわかるけど。

「そうだね」

彼女が何を言いたいのかはわからない。

「遊ぼう!」

「え?」

いきなり手を引かれたと思えば、彼女は容赦なく外に飛び出した。

持っていた傘はささないまま。

「濡れるよ!」

「知ってるーーーー」

雨の音に勝つほどの大声でそう言った彼女。

僕の腕はいつまでたっても離してもらえず、結局彼女がゴール地点としていたらしい彼女の家まで走らされた。

「え!?どうしたの?」

驚いている彼女のお母さんをよそに、彼女はやっと僕を解放し、真っ先にお風呂へと走って行った。

僕はその場に取り残され、ぽかんとたっているお母さんに事情を説明した。

もちろん、嘘偽りなく話したので、その後彼女がお母さんにひどく怒られたのは言うまでもない。

その間彼女は一切涙を流さず、謝りもせず、隙をみては僕にヘヘっと笑って見せた。そして見つかり、また怒られていた。

「ごめんね、お風呂はいっておいで。服は乾かしておくから」

このまま帰って親に余計な心配をかけるのも抵抗があったので、素直に頷いた。

僕がお風呂から上がると、彼女のお母さんは暖かいココアを用意してくれていて、それを飲んで少しゆっくりした後、二人に送られて家に帰った。

そこで彼女のお母さんと僕のお母さんが色々会話をして、そこから二人は深い仲らしい。しょっちゅう電話をしているし、機嫌がいい時は大体ランチを一緒にした、という話を聞かされる。

だから僕は、彼女と遊ぶ時にはお母さんに伝えた。高校くらいからはさすがにいちいち報告はしなくなったけど。



「ねぇ、朝だよ」

起きた時、彼女が目の前にいるのはしょっちゅうだった。

よく遊ぶからといって家が近いわけじゃないのに、なぜか朝から彼女はいた。

「今日は休みだけど」

「だから起こしに来たんでしょ?」

彼女は早起きが苦手だ。学校へ遅刻してくるのはよくあることで、だから朝彼女の席が空いていても、特に違和感はなかった。

「話がよくわからないけど」

彼女の話は矛盾していることが多い。

「今日は休み。つまり君が私と遊ぶ日、でしょ?」

「そんな決まりいつからあったんだよ」

「結構前からあったけど」

最近のことから少し前のことまで、ゆっくりと遡って考えてみる。

そういえば、土日のどちらかは一緒にいたかもしれない。外に行くこともあれば、何もせずに部屋にいることもある。

自然にそばにいて、自然に会話をしていたから、気にならなかったし、気にもしなかった。楽な関係ではあるけれど、中学生になった僕たちのこの関係がいつまで続くかはわからない。

僕は平気だったとしても、一般的に考えて、幼馴染の関係続行が難しくなる時期に、僕たちは突入しているのだと思う。

「分かったら早く起きて!今日はもう予定が決まっているんだから」

ため息をつきつつも、いつまでも部屋にいようとする彼女を一旦追い出し、準備に取り掛かる。

少し体がだるい。きっと昨日の体育の激しい運動が祟ったんだと思う。

昔からインドア派な僕には少し厳しいものだった。




「あ!見つけた!」

「見つかった・・・」

彼女と僕はよくかくれんぼをした。

正式な遊びというよりは、ただ僕が彼女から逃げるだけのものだった。

「手伝って!先生から頼まれたのが一人じゃ終わりそうになくてさ」

また面倒ごとを・・・

「終わりそうにないからアイに言ったんだろ。定期的に遅刻してくるのが悪い」

そう言いつつも手伝ってしまっている自分がいて、どうしても彼女には厳しくすることができない。

「ありがと!!」

僕は、彼女の笑顔を見ていたいのだと思う。

彼女が走り回ってまで僕を探すのは、基本的に何かを頼みたい時で、その元気があれば僕に頼まずとも自分だけでできてしまうはずだけど。それを彼女に言わないあたり、僕は頼って欲しいし、頼りにされたいんだろう。

「今日はね、あやがさー______」

彼女はいつも、僕に報告をしたがる。

転んだこと、喧嘩したこと、失敗したこと、怒られたこと。

小学生が楽しかったことを夕食中に親に話すみたいに、彼女は僕に会うたび、何か新しい話をする。

僕はそれを相槌を打ちながらつっこまずに聞くし、彼女はただひたすら無邪気な笑顔で話す。その時間は楽しいし、幸福感に包まれる。

最初に言い始めたのは中学一年の最初の頃。

途中疑問に思って「なぜ」と、理由を聞いてみたことがある。

その時彼女は「君と情報を共有したいし、この時間が楽しいから」と言った。それを聞いて、その時まで僕の中に渦巻いていた「僕が彼女に報告させてしまっているのだろうか。彼女は義務だと感じているんじゃないか」という不思議な罪悪感が消えた。空いた穴に収まったのは、必要とされている喜びだった。

僕は彼女に救われている。

きっとこれからも救われ続けるんだと思う。




ピンポン、とどこにでもあるようなありきたりなチャイムの音が部屋に鳴り響いた。

整理をしていた・・・アルバムをめくっていた手を止め、玄関へ向かう。

その最中に聞こえてきた「どーもー、私ですよ〜」の声で相手を特定し、足取りを緩める。急がなくても大丈夫だ。

「ちっす。私だってわかったから急がなくていいとでも思ったのかね。だいぶ待たせますなぁ」

開けた瞬間文句が連なってすぐにでも閉める準備をしたけれど、それは彼女の図々しさでできなくなった。何と言っても部屋に入るのが早い。

許可を取らずにズカズカと入っていくから、自分が彼女の部屋に遊びにきたかのような錯覚を覚える。

「あ!懐かしいーーーー」

ゆっくり歩いていると、さっき整理をしていた部屋から声が聞こえてきた。そういえばアルバムを閉じておくのを忘れていた。

彼女を見つけた時にはもう時すでに遅し。

床に寝転がりアルバムに見入っていた。

「可愛いなぁ〜・・・私」

「言うと思ってたよ」

「てへ」

「・・・」

彼女を無視して他のものを整理することにする。

アルバムは後回しにするしかない。彼女はしばらく動かないだろうから。

「昔から君は私に優しくしてくれたよね。頼れば助けてくれたし、いつだってそばにいてくれた」

彼女は思い出に浸るよう目を閉じる。

ただ表情を見られたくないからなのかもしれない。

彼女が過去を懐かしむことは珍しい。基本的に今を生きる、ってタイプで、思い出に執着しないし、だから昔からの友達も少ないし、あっているのも見たことはない。

僕が彼女といる理由。そんなものはない。存在しない。いたいからいるだけ。

僕はそう思っていても彼女がどう感じているかはわからない。

この関係を言葉に表すのならどう言えばいいのだろう。

答えが見つからないことを僕はどこかで安堵している。


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