君と僕のキョリ
立花 零
君と僕の関係
僕には中途半端な関係の女の子がいる。
友達なのか、恋人なのか。僕自身経験が少ないから、どこからどこまでがーなんて、基準はわからない。
でも少なくとも僕にとって彼女は一番近い存在で、大学生になって親元を離れてからは、そのことを特に実感している。相手がどう思っているかはわからないけど。
「ねぇ、お昼だよ。購買に行こう」
教科書をトントンと揃えていると声をかけられた。彼女だ。
「うん」と軽く返事をしてまた教科書に視線を落とす。
僕は綺麗好きというよりも強いこだわりがある人間で、そこそこに長い付き合いの彼女はそれを知っているから無理に急かさない。
綺麗に整えて鞄にしまう動作をただただ見つめている。その行動に意味はない。多分。
「よし」
移動する準備を終えると、そのタイミングをしっかりと見計らったように彼女は動き出す。そのために見ているのかもしれない。
「今日は何を食べるの」
「オムライスの予定」
鼻歌を奏で始めた彼女はどうやら機嫌がいいらしい。
オムライスを食べるからか、次の授業がサボれるものだからか。どっちにしろ同じくらいの喜びだと思う。
気分がいい時の彼女は明らかに歩くスピードにも違いが出る。とにかく速いのだ。
鼻歌に耳を傾ける暇もなく、なるべく間を離さないようについていく。
「お、まさ」
「あぁ、山本か」
すれ違った同級生に声をかける。というかかけられる。
こういう時は無難に返しておくのが一番いい。
あなたの名前覚えてますよと言わんばかりに名前を口にし手を振る。この一連の流れで人間は友人との関係を保つことができると思う。
ハッとして前を見るともう彼女は見えなくなっていた。
購買まではまだ距離がある。多分入り口あたりで待ってる。すこし頰を膨らませて。
「あぁ、いた」
「遅いよ」
「ごめん」
短く謝ると、もう忘れたかのような気分の変わりようで列に並びに行った。
よかった。今日は長引かないみたいだ。
「ねー」
袖を引っ張られる。
あぁ。
「財布でも忘れた?いいよ、出しておくから」
「ありがとー」
俯いていた顔を上げ、再び券売機に目を向けた。
彼女が忘れ物をするのは珍しいことじゃない。1日に一回くらいの頻度ではこんなやりとりをする。
「教科書忘れた?いいよ、見せるから」とか「携帯忘れた?いいよ、貸すから」とか些細なことではあるけれど。
お金を貸したとしてもしっかり返ってくる。だからためらわずに貸せているのだと思う。お金が目当てじゃないってわかっているから。
「何にするの?」
いつのまにか券売機は目の前にあった。
「んー。きつねうどんかな」
「りょーかーい」
ボタンを押すのが好きな彼女に押してもらう。
何回もここにきているからどこに何のメニューがあるかは把握済みらしい。
彼女の手作りは見たことがない。苦手なんだと思う。そんな流れの話になると興味がなさそうになるから。
彼女に券を頼んで席を取るために辺りを見渡す。バッチリお昼時だから探すのは難しい。
さて、どうしようか。
「おーい」
腕を組んで見ると、すこし遠くから馴染みのある声が聞こえた。
こんな人の多いところで自分を呼んでいる可能性は低いけれど、とりあえず声の方向を探る。
「こっちこっち」
ありがたいことに手を振ってくれた。
相手と目があったから自分を呼んでいることに確信が持てた。
「ここ座れよ。二人だろ?ちょうど空いてる」
ありがたいことに、一緒に食べていた友人が先に昼食を済ませたのか、もともと少ない人数で広いテーブルを取っておいたのか、相席を勧められた。
友人にとって僕らが二人でいることは当たり前のことになっているらしい。
これを断る手はない。彼女はご飯が冷めると不機嫌になるから。
「ありがとう、助かった」
椅子を引きながら感謝すると、ちょうど口にカレーを放り込んでいた友人は、片方の手を上げて、この友人風に言うと「いいってことよ」的な合図をくれた。
受け取り口を見ると、彼女がちょうどふたり分の昼食を受け取るところだった。
彼女が顔を上げた時たまたま目があって、席の場所を伝えることができた。
ここであえて受け取りに行こうとすると彼女は機嫌を悪くする。
僕が席をとって自分が受け取る。この流れが彼女に取ってはちょうどいいらしかった。
よくわからなかったけれど、彼女がその方がいいと思うのなら、任せた方がいいんだろう。
「ありがとう」
彼女が席に座ったところで自分のものを受け取る。
「いただきます」と一言口にした彼女はすぐに自分の世界に入った。
この時の彼女は相当なことがない限り無言で食べ続ける。
「いただきます」
彼女が僕以外と積極的に話さないのはいつものことだから、気にせず僕も食べる。
友人も気にしていない。とても関わりやすい性格で助かる。
僕は適度に話しながら食べる派。まぁ場合によってだけど。
だから何も話さず黙々と食べる彼女の方が食べ終わるのは早い。
なるべく待たせないように努力はしてるけど、友人との距離をちょうどよく保ちつつのランチは大変だ。結局しばらく待たせてしまう。
その間彼女はうつ伏せになって睡眠をとっている。そのせいか、余計に会話を終わらせられないのだけれど。
「ごちそうさま。じゃあ先に行く、また後で」
「おう」
手を合わせるのと同じくらいのタイミングで彼女が起きる。
食べ終わった後返却するのは大体僕。彼女は眠い目をこすりながらゆっくりと食堂の出入口へと向かう。
食器洗いをするおばさんと目があって「お願いします」と声をかけると「ありがとねー」と返された。このやり取りは嫌いじゃない。
「大丈夫?今日は一段と眠そうだけど」
「んー」
「夜更かしは控えなよ。ただでさえ朝起きれないんだから」
彼女と話しているとたまに、自分がお母さんかのような錯覚に陥る。口うるさくなるのは多分彼女に対してだけだ。昔から何かとドジで目が離せない。
ふらふらと歩く彼女からなるべく目を離さないようにする。
次の講義までの時間を持て余し、まだまだらにしか人が集まっていない教室でしばらく待つことにした。
彼女は寝ている。昼食後、いつものことだから寝せておく。
片耳を机につけて、僕の方に顔を向けている。
だからと言ってどうと言うことはないけれど。
「・・・」
たまにデコピンをしたくなる。仕返しが怖いからしないけど。
だんだんと人が集まってくる。そろそろ始まる時間だ。
「そろそろ起きて」
頭をパシパシと叩く。浅い眠りの場合は大体これで起きる。
「ん〜〜」
運よく浅かったみたいだ。最後の手段に出なくてよかったことにホッとする。
「おはよ」
「うん」
ちょうど講師が入ってきた。
「眠い・・・」
彼女はどれだけ寝れば気がすむのか。
「あ、雨」
朝は快晴だったからか傘を持ってこなかったらしい彼女。嬉しさをにじませた声でポツリと言った。
僕は案外しっかりしている。自分で言うことじゃないけど。だから朝ニュースで傘マークを見かけて、しっかり持ってきた。
「はい」
それを彼女の手に持たせる。
「いいよ。一本だけでしょ」
「そーだね」
唯一の失態といえば、彼女が忘れることを想定して折り畳み傘を持ってこようとしていたにもかかわらず、玄関に忘れてきたことだ。
「じゃーいい」
「僕の家とは真反対のアイの家まで送れって?」
「うん。そゆことー」
「・・・」
堂々としている彼女に負けて、彼女から傘を受け取り広げる。
無言で傘をさすと自然に入ってきた。随分慣れている。左に一人入れるスペースを作ってしまう僕も僕だ。
「へへー」
玄関まで送って、たまたま玄関のそばにいたお母さんに挨拶をして大人しく帰る。ここから僕の家まで、辛いな。
いつの間にか雨は大降りになっていた。
「いい人よねぇ、悠一くん」
彼が帰った後、お母さんがポツリと言った。視線が痛い。
「そんなことくらい知ってるよ」
玄関を見つめる。
彼はいい人だ。とても。
だから私は辛くなる。
自分が彼を縛ってしまっている気がして。
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