D2 心さんは浴衣美人くらくら

 そして、今、あつーい夏がやって来た。


「こんばんは」


 てっ天女かと思う佇まい、ころころとした鈴の音の様な声に、ぼっ僕は出会ったんだ。

 櫻庭心さくらば こころさんだ。


「こっ心さん、はっ花火大会は、川向こうで後一時間後みたいだね」


 僕は、よっ幼稚園、小学校、中学校、ずっと片想いをして来た。

 高一の今、はっ初めて偶然出会えたんだ。


「はあ……」


 ため息出ちゃうぞ。

 しかも、ほんのりと藤宮ふじみや夏祭りでなんて。

 もっもう、どきどきしてしまって、何を言っていいやら。


「そうなのね。羽衣君は、何でも昔から詳しいのね」


 よっしゃ!

 一人で来たけど、下調べの甲斐があったぞ。

 いっいやあ、ごっくん。

 夜店に照らされる頬が、かっ可愛いなあ。

 薄茶に潤んだ瞳、ぽろんとした唇も可愛いや。

 そーしてー、夏と言えば、ゆっ浴衣!

 似合い過ぎるぜ、心さん。

 さっ桜が肩から舞って、帯は桜色だあ!

 薄茶の髪、サイドを三つ編みでまとめて、後ろにこれ又桜色のリボン。

 がっ眼福、眼福。

 しかも、どさくさに紛れて、幼稚園時代から見つめるだけだった僕が、なっ何と何と、初めて呼んだ名前が、「心さん」!

 やったー!


「羽衣君……」


 僕は、はっ羽衣君か……。


「羽衣君のシャツ、小さく猫さんが描いてあるのね。可愛いと思うわ」


 おおー。

 今日は、ねっ猫T着て来て、らっきっき。

 下のジーパンにも猫刺繍がワンポイントあるし、靴下にも。白猫さんがいるんだよ。

 とか、話せたら良かったな。

 ひっ人見知りでして。


「そ、そうかな? てってへへ」


 てへへは、女々しかったかな。


「あの……。羽衣君は、何か夜店をご覧になって?」


 心さんは、俯き加減で、そっと、ぼっ僕の方を見てくれた。

 僕は、背も高くないし、浴衣の下駄の分だけ二人の目線は近づいている。

 一五センチ、いや、そんなに近くはないな。

 それでも、僕には、はっはふーん。


「あ、あ。ぜっ全然!」


 ここで、いっ一緒に見て回りましょうなんて言えていたら、苦労はないわな。


「あのね。それなら、私……」


 ワアー。

 キャアー。


「な、何だ? さ、騒がしいな」


 ◇◇◇


 夏祭りと言うのは、どうも賑やかになり過ぎるらしい。


「喧嘩だ、喧嘩だ!」


 近くで聞こえて、すっ少しびびった。

 僕ってチキンだからなあ。


「だっ大丈夫だよ、心さん。あっちへ行けば、けっ喧騒から離れられるよ」


 ガッガッガッ。

 奴らの足音が近づいて来た。


「おいこら、誰が悪いお兄さん達だって?」


 さっ三人のがたいのいいのがやって来た。

 あれは……。

 よく見れば、一人は石和のアニキじゃないか。

 S高で、不良と聞いたが。


「そっそんな事、僕は言っていませんよ」


 僕は、小さな声で後ろに放った。


「こっ心さん……。逃げて!」


「でも、羽衣君が……?」


 くうっ!

 羽衣君を置いて行けないわだって?


「僕は、いっいいから」


 こっそりと伝えた。

 手でも握ったら上等なのに、でっできもしない。


「お巡りさん呼んでくるわね」


 カラッカラッカラッカラッ……。

 心さんの下駄の音が遠ざかり、人混みにとけた。

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