「『スクラップ』と『ギフト』の違いって何かわかる?」

「役に立つか立たないかだろ」

俺が言うと、ナニコは首を横に振った。鼻先の移動距離が十五センチだった。

「一般的にはそう言われてる。でも私は違うと思うの」

「じゃあ何?」

「『スクラップ』はミクロな能力で、それをマクロに再解釈すると『ギフト』になるの」


今日、並んで歩いた帰り道で、ナニコが言ったことだった。

俺にはその意味を理解できなかった。


×


翌日——運命の日。

好きな人が死ぬとわかっている日の朝の目覚めは、意外と悪くはなかった。

朝は平等だと思った。その代わり、夜は不平等な感じがする。——朝と夜を含む一日は、矛盾している。


一日は淡々と過ぎていった。

ナニコが死ぬという運命に抗う術はなかった。何をどうすれば運命と戦えるのかもわからない。

授業中、横目で見たナニコの表情は穏やかだった。『ミメティスム』と朗読したあの時と同じ表情。

ナニコはいつも通り、様々な所作の中に十五センチを潜ませながら、最後の日を生きた。

髪を搔き上げる指。

立ち上がる時に動かした椅子。

手持ち無沙汰になったのか、爪を凝視する——その目と爪の距離。

トイレにいく前にバッグから取り出したポーチの幅。

授業が始まる直前に机の上に置いたノートとシャーペンの距離。

眠気を覚ますため伸びをした時、肩が後ろに動く距離。

たおやかな胸の膨らみのせいで白いシャツに走ったシワ。

膝からスカートの裾までの距離。

昼休み、バッグから取り出した文庫本の天地幅。


——そのすべてが、うっとりするほどに十五センチだった。

これほどまでに美しい距離は無二だ。なのに、もう見られなくなるなんて……。


×


一日のカリキュラムを終え、クラスのほとんどは部活動に出払った教室。

俺は視界の隅で帰り支度をするナニコを確認しつつ、目の前にいる升野に言った。

「今日は先に帰っててくれないか?」

「は? なんで?」

升野は怪訝そうに答える。

「ちょっとナニコに声を掛けてみようかなって」

もともとそうするつもりだった。

俺に何ができるのかわからないけど、ナニコが死ぬまで、できる限りそばにいたいと思ったのだ。

升野は俺がやっとナニコにアプローチを仕掛ける気になったことを、またいやらしい顔で茶化すのだろうと思った。

——しかし、予想に反して、升野は険しい表情を崩さなかった。

「……ナニコって誰だ?」

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