8
「『スクラップ』と『ギフト』の違いって何かわかる?」
「役に立つか立たないかだろ」
俺が言うと、ナニコは首を横に振った。鼻先の移動距離が十五センチだった。
「一般的にはそう言われてる。でも私は違うと思うの」
「じゃあ何?」
「『スクラップ』はミクロな能力で、それをマクロに再解釈すると『ギフト』になるの」
今日、並んで歩いた帰り道で、ナニコが言ったことだった。
俺にはその意味を理解できなかった。
×
翌日——運命の日。
好きな人が死ぬとわかっている日の朝の目覚めは、意外と悪くはなかった。
朝は平等だと思った。その代わり、夜は不平等な感じがする。——朝と夜を含む一日は、矛盾している。
一日は淡々と過ぎていった。
ナニコが死ぬという運命に抗う術はなかった。何をどうすれば運命と戦えるのかもわからない。
授業中、横目で見たナニコの表情は穏やかだった。『ミメティスム』と朗読したあの時と同じ表情。
ナニコはいつも通り、様々な所作の中に十五センチを潜ませながら、最後の日を生きた。
髪を搔き上げる指。
立ち上がる時に動かした椅子。
手持ち無沙汰になったのか、爪を凝視する——その目と爪の距離。
トイレにいく前にバッグから取り出したポーチの幅。
授業が始まる直前に机の上に置いたノートとシャーペンの距離。
眠気を覚ますため伸びをした時、肩が後ろに動く距離。
たおやかな胸の膨らみのせいで白いシャツに走ったシワ。
膝からスカートの裾までの距離。
昼休み、バッグから取り出した文庫本の天地幅。
——そのすべてが、うっとりするほどに十五センチだった。
これほどまでに美しい距離は無二だ。なのに、もう見られなくなるなんて……。
×
一日のカリキュラムを終え、クラスのほとんどは部活動に出払った教室。
俺は視界の隅で帰り支度をするナニコを確認しつつ、目の前にいる升野に言った。
「今日は先に帰っててくれないか?」
「は? なんで?」
升野は怪訝そうに答える。
「ちょっとナニコに声を掛けてみようかなって」
もともとそうするつもりだった。
俺に何ができるのかわからないけど、ナニコが死ぬまで、できる限りそばにいたいと思ったのだ。
升野は俺がやっとナニコにアプローチを仕掛ける気になったことを、またいやらしい顔で茶化すのだろうと思った。
——しかし、予想に反して、升野は険しい表情を崩さなかった。
「……ナニコって誰だ?」
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