「あなた、私のこと好きでしょ」

詳しく話を聞くため並んで歩く下校の道中、ナニコは突然言った。

心臓が一瞬飛び跳ねそうになったが、平静を装う。

「ちょっと待て。仮に俺がお前のことが好きだとして、『はいそうです』と答えるわけないだろう。それに、話すこと自体今日が初めてなわけだし」

「もう答え言っちゃってるじゃない、それ」

いたずらっぽく、ナニコは白い八重歯を覗かせた。ボーイッシュな髪が硬く揺れた。

升野のニタニタ笑いとは別格の、爽やかで嫌味のない笑いだった。

俺は白旗を振るしかない。

自分に好意があると知っていながら一緒に下校してくれていることに感謝をしなければならない。

感謝というか……それ以上に淡い期待もある。

もしかして、ナニコも俺のことを……?

「明日死ぬのに、恋はしてらんないかな、ふふふ」

ナニコは俺の心を見透かすように言った。そりゃそうかと思う。

「で、明日死ぬっていうのはなんなんだよ」

「私の能力は、自分の死期がわかるものなの。たぶん」

「死期が……?」

「たぶんね」

「なんでたぶんなんだよ」

問うと、ナニコは少し垂れた目をに悲愴を宿らせた。

「だって、確かめようがないじゃない。試しに死んでみますかってできないんだし」

——そりゃそうだ。聞くまでなかった、想像でわかってやるべきだった。

「どこか、体が悪いのか?」

「いいえ、まったく」

「となると——」

「たぶん、交通事故で即死ってパターンかな」

「別に即死とは限らないんじゃないか」

「……苦しんで死ぬ可能性を考えるのは苦痛ね。だから考えないことにする」

「…………」

そりゃそうだ。俺は発言を後悔した。

「あなたは、私が死にそうだったら助けてくれそうだね」

ナニコは言った。からかうような口ぶりだったが、たぶん本気だった。

「助けるよ、もちろん。絶対に」

俺は言った。

実際問題、もしも交通事故の現場に居合わせたなら、俺にできることと言ったら救急車を呼ぶくらいのものだろう。

でも、不思議と確信を持ってそう言えた。

「ありがと」ナニコは目を細めて笑った。「思ってた通り、あなたは世界の誰よりも優しい」

それは、教室ではみたことのない笑顔だった。


電車の方向が逆だったため、俺とナニコは駅のホームで別れた。

ナニコは電車の中から、俺に手を振ってくれた。その振り幅はやはり十五センチ。

ドアが閉まる。閉まりきる直前、ドアの隙間が残り十五センチになった時にナニコは手を振るのをやめ、電車が十五センチ動いた瞬間に彼女はもう一度微笑んだ。

ドアのガラスの向こうで、ナニコは何かを呟くように口を動かしていた。

ただ、音が遮断されていたため何を言っているのかわからない。

そのまま電車は去っていった。

俺は電車に乗ることをしばらく忘れて立ち尽くした。


×


宇宙は膨張し続けているという。

その大きさは俺たちでは想像さえも及ばないほどだ。

俺たちの大きさは成長分を抜きにすれば不変で、つまり、俺たちは常に相対的に縮み続けているということになる。それも、圧倒的なスピードで。

宇宙の中で、俺たちはどんどん小さくなっている。

絶対的なサイズを維持しているということは、相対的に矮小化されているのだ。

〈十五センチ〉の価値もなくなっていく。

もともとわずかな距離なのに、時が経つにつれて、より価値を失っていく。

——同時に、俺の能力の価値も無意味に近づいていくような気がした。


床に就く前に、窓から月を見た。

半月だった。赤みがかった金色の光が美しい。

——でも。

遠くて、あまりにちっぽけだ。宇宙の中で、月はスクラップみたいなものだ。

であるならば、人は……人の命はもっとちっぽけだ。

俺にとっては月よりも美しいナニコも——ナニコの命も、まるで捻り潰すように、明日、消えるのだ。

ナニコがいなくなるくらいだったら、月がなくなってくれた方がマシだ。

そう思った。

……本気で、そう思った。

月がなくなれば、夜空がとても寂しくなるし、引力か何かの関係で地球にとてつもない影響が出るのかもしれないけど。

でも、そんなことよりもナニコがこの世界で生きていてくれる方が大事だった。


ナニコに会いたかった。

会って、もっといろんなことを知りたかった。

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