「お前は将来、測量士にでもなるしかないな」

と、からかうように升野は言った。もちろん嫌味だろう。

「さもなければ、ストーカーで牢屋行きだ」

ほら嫌味だ。

「ストーカーになんてなるわけないだろ。こんな力、ガラクタ同然だし」

机に肘を置いて頬杖をつく。うんざりしながら答える。

「ほう」

升野は何やらニヤケながら、ぐいっと俺に顔を近づけてくる。

そして、俺にしか聞こえない小声で囁く。

「ナニコに恋をしたんだろう?」

ニタニタと、いかにもいやらしい顔つきだ。まるでセクハラオヤジのような。

「たったさっき、そうだと言ったろう」

何度も言わせるな。

ちなみに、『ナニコ』とはクラスメイトの何田何子のことだ。

本来は『ナニタ カコ』と読むのだが、フルネームを略せば『ナニコ』になるし、名前の部分を読み替えても『ナニコ』となる……そう呼ばれるのを宿命づけられた名前だった。

「なんだっけ? 惚れた理由は……国語の朗読で……?」

「『ミメティスム』」

「そう、その『ミメティスム』と読み上げた瞬間に恋に落ちた、と」

「正確に言えば、顔と教科書の距離を十五センチまで近づけて『ミメティスム』と読み上げたからだ」

「二重の変態かよ」

升野は首を振った。

「普通の男は、そんなことで恋に落ちない」

「…………」

そんなこと、なのだろうか。

どうして、『ミメティスム』と読み上げる声だとか、顔と教科書の距離感で恋に落ちてはいけないのだろうか。

俺にとっては不思議だった。

「第一、『ミメティスム』ってどういう意味だよ」

「知らん」

「いや知っとけよ。恋に落ちるんなら」

「『ミメティスム』の意味なんてどうだっていいんだよ。音感がいいっていうか、読み方がよかったっていうか」

「やれやれ、ついていけない。もしお前、それがキャラ付けならやめといた方がいいぜ」

「キャラ付け?」

「変態ぶってるなら無意味だからやめろっていうことさ。人と違う感覚持ってる俺スゲー! みたいな、高二病っつーの? そういうのダサいからやめるなら今のうちだぜ」

「そういうんじゃないよ」

俺が短く否定すると、升野は俺の肩に手を置いた。

そして、

「むしろ、そうだった方がまだ救いがあったのになぁ……」

と、嘆息した。

ものすごく失礼なことを言われていることはわかったが、怒りは湧かなかった。

他の人とズレていようが、自分の本心からの思いを誰に恥じることもない。

「で、どうするんだ?」

「どうって?」

「どうアプローチするんだよ」

升野はまたニタニタと口を歪ませた。やけに細い眉毛をまとめて抜いてやろうか。

「どうって……」

俺は教室の端で黙々と帰り支度をするナニコの姿を眇め見た。

「接点ないし、無理だな」

俺はスクールバッグを持って、立ち上がった。

そのまま教室のドアへと歩き出す。

「おいおい……諦めが早いな」

升野の呆れた声が背後からしたが、無理なものは無理だ。仕方ない。

だって俺とナニコは、 一度だって話したことがないのだから。

それどころか、目が合ったことすらない。アプローチしようにも、とっかかりがないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る