15CMの関係 下
あの1件をきっかけにあれから彼女と仲良くなったかと聞かれたら、そんなことはないと答えることになる。何も変わらなかった。
ただ、1度だけ話をする機会はあった。それは席替えをした際に、彼女が俺の隣になった時の話だ。
彼女と隣の席になったからといって突然親し気に話し出す、なんてことはない。目が合うことはたまにあったが、隣の人と目が合うことは彼女に限らず誰に対しても発生する。
昼休み、俺は仲の良い男友達と弁当を広げながら、次の授業の宿題の仕上げをしていたが、ちょっとしたうっかりで、俺はペンケースを落とした。中に入っていたシャーペン、ボールペン、消しゴム、そういった文房具類が四散する。
俺は慌てて拾い集め、友達が「なにやってんだよ~」などと茶化しながら拾うことに協力してくれる。幸いにして、俺は各色のペンを持ち歩くようなタイプではないため散らばった量はそれほどでもなく、すぐに回収することができた。
ただ、1つだけ足りないことに気づいた。15センチ定規だ。俺はあちこちに視線を巡らせた。それはすぐに見つかった、隣の、彼女の机の下に。
彼女もまた俺と同じように、友達と昼飯を食べている。小さな机に3人が弁当を広げ、談笑しながら、ゆっくりと楽し気に。
1人は茶に染めた髪を大きめなサイドテールにまとめ、やや濃い化粧をした、いかにもギャルといった雰囲気。めちゃめちゃスカートが短かい。
もう1人はどっかの運動部のエースをしているらしい黒髪ショートカットの元気娘。誰とでも仲良く話せます! といった空気を出しているのだが、端々からインドア系の趣味をやや下にしている性格がにじみ出ており、俺はそこまで得意じゃない。
そして、例のCM好きの彼女が3人目。
俺がペンケースを落とした時に3人ともチラとこちらを見ていたはずだが、どうやら俺の定規が落ちていることには気づいていないようだ。
さて、どうしたものか。
黙って拾いに行ってもいいが、女子高生の足元に手を伸ばすのはやや憚られる。余計な疑惑をかけられるのは避けたい。けれども、今やっている宿題の中で定規を使いたい箇所があるし、早めに回収したい。「拾ってくれ」と声をかければ済む問題かもしれないが、2人はろくに話したことのない相手だし、俺に好印象は持っていないだろう。CMの彼女とはあれから特に関わっていないため、つい躊躇してしまう。
「なに? ジロジロ見ないでくれる? キモいんだけど」
茶髪が俺を睨み付けた。ショートカット娘もやや冷たい視線を送ってくる。CMの彼女は淡々と食べ物を口に運んでいた。
結果的にジロジロ見てしまうことになったのは俺が悪い。でもキモいって言わなくてよくないか? とはいえ、相手から話しかけてくれるのは助かる。返事をするのはごく自然だからな。
「いや、あの、足元の定規を拾ってほしいんだけど」
「は? 定規?」
茶髪が机の下を覗き込み、確認して顔を上げる。
「食事中に落ちてるものを拾わせるわけ? 嫌なんだけど。お前が落としたんだから、お前が拾えばよくね?」
腹立たしいが、言っていることは至極真っ当だ。
俺は心の中でため息をついて、しゃがみこみ、手を伸ばそうとする。
「ちょっと! 何アタシらのパンツ見ようとしてんの!? キモ、変態」
あのな、お前が自分で拾えって言ったんだろ。こうなるのが嫌だから拾ってくれって頼んだんだ。わかるか?
見上げると茶髪はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。全部わかってるなコイツ、俺をおもちゃにしてオロオロするのを見て遊ぶ気だな?
こういう時に助けてくれそうなのがクラスでいい子ぶってるショートカット娘だけど、今は周りに人が少ないからか本性を現したままだ。直接的な攻撃はしてこないが、それが逆にたちが悪い。
CMの彼女にもチラと救いの眼差しを向けるが、我関せずといった態度。
俺は諦めることにした。昼休みが終わって、それぞれが自分の席に戻ったら隙を見て拾おう。
自分の席に座る。友達が「大変だな」といった顔をしていた。協力してくれと思わないでもないが、俺よりも気弱でコミュニティ力が欠如しているのはわかっているから、期待はしていなかった。俺が「定規貸してくれ」と言おうと思ったその時、視界の右端で動きがあった。見れば、CMの彼女が屈んで俺の定規を拾おうとしていた。そのまま俺の定規を拾い上げ、
「はい」
俺に差し出した。回ってきたプリントを渡すだけ、そんな無表情のまま。
「えっと、ありがとう」
彼女の手から伸びる定規へゆっくりと手を伸ばし、取る。彼女は定規から手を放す。俺と彼女の手が触れ合うことはない。その間は15センチ。あの時と同じだ。
定規から目を離し彼女の顔へ視線を動かすと、彼女もこちらを見ていた。
「話をするのが面倒だから、あとでいいやって思ったでしょ?」
「え、あ、あぁ」
俺の返事は掠れたような声になってしまった。
そんな俺の様子を見てか、彼女は小さく失笑した。
「ごめん、この2人ちょっと性格が歪んでるから。でも、必要なことは面倒くさがらずに言わないと」
「あぁ……そう、だね」
「もしかして、私のことまだ怖がってる?」
色っぽい上目遣いを向けてくる。これは演技なのか否か。
「いや、そういうわけじゃないけど」
俺が戸惑いながらも否定すると、彼女は微笑んだ。
「そう。じゃあ、何かあったら遠慮しないで声かけて」
そう言うと彼女は再び自分の弁当に向き直し、箸を手に取り食事を再開した。
「どしたの? 優しいじゃん。ほっとけばいいのに」
「取ってあげれば済むんだから、こっちの方が楽でしょ。チラチラ足元見られるのも嫌だし」
「っていうか、性格歪んでるってどういうことよ?」
「事実でしょ」
「……いつもしーちゃんは容赦ないよね」
「まぁでも実際の話、ウチらの中ではしーちゃんが男子に1番人気なんだよね~。ウッチーも見習った方がいいよ」
「はぁ!? 1番性格悪いヒナには言われたくないわ」
「ひっどー! この前彼氏と別れたくせに!」
「あれはアタシからフったの。顔だけのクソ性格野郎だったんだって」
「あれ? そうだったの? じゃああの晩『フラれたツラい』って送ってきたやつは?」
「ちょっと! しーちゃんそれ内緒って言ったじゃん!」
「なになに? その会話見せて見せて!」
……いかにも女子高生らしい会話だ、仲良さそうだな。定規を取った後、彼女の横顔を眺めつつそんなことを思っていた。
こちらの視線に気づいたのか茶髪がギロッとこちらを向く。
「ジロジロ見るなって言ったの聞いてなかった?」
「あ、いや、ごめん」
「言っとくけど、しーちゃんにはめっちゃイケメンの彼氏いるから諦めた方がいいよ」
「別に、そういうのじゃないから」
これ以上絡まれるのも嫌なので俺は彼女たちから顔を逸らし、弁当と宿題のノートに向き直った。ようやく再開できる。
これが彼女と話をした出来事だ。
あの時は彼女の行動の真意を読めなかったが、あれも注目を集めるというやつだったのだと今は考える。冷たい態度を取っていた人が突然温かい反応をすると、より注目してしまう。いわゆるツンデレというやつだ。彼女の場合はツンデレとは少し違う雰囲気だが、恐らくそういった行動の実践だったのではないだろうか。
この1件から数ケ月たつが、結局のところ、長い会話は発生していない。もうじき高校2年が終わり、3年へと俺たちは進級する。クラス替えはないから同じメンバーでもう1年生活することになるだろう。来年度は話すことはあるのだろうか。あったとしても、彼女が主人公なら俺は1話か2話限りのちょっとしたモブキャラ、近寄れて15センチが限界で、彼女と手や体が触れ合うことはないはずだ。
俺は今日もテレビをつける。以前はCMなんて注目していなかった。トイレに行く時間であり、録画した番組であればスキップしてしまう、そんなものだった。けれど、今は少しだけ意識して見ている。何がきっかけで彼女と話すことになるかわからない。でも、その時に1つのCMを見ただけで何か会話ができるのならば、1センチの関係になることができるのかもしれない。そして、CMがなくとも話せる、そんな男女の仲に……。
いや、ないな。こんな妄想をしているようでは、あの茶髪にキモいと言われても仕方がない。
彼女のおかげでテレビを見るのが少し楽しくなった。そのことについて、ありがとうといつか伝えたい。あぁ、彼女とテレビを見たらもっと楽しいかもしれないな。もしそんなときが来るのならば、CMを通じて俺が蓄えた様々な想いを君に伝えてみたい。
15CMの関係 風吹 志秋 @Kazabuki_Shiaki
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