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第四章35話:再起 - Resurrection stranger -


「じゃ、ワシは戻るよ、あぁ……それと、だ」


 部屋からの去り際、エンジは足を止める。

 そして、泣いているのか笑顔なのか、曖昧な表情で。


「食堂の魔動冷蔵庫フードクーラーに残ってたものな、そこのにうつしておいた。腹が減ったら食うといい」


 それだけを言い残し、去っていった。


「?、ありがとう……?」


 残されたフィアーは困惑しつつも、話を心に留め置く。

 そして部屋の戸が閉じられて……早速、部屋に備え付けられた魔動冷蔵庫を開いて、中身を見る。


 中に入っていたのは、リアが入れていた二人用の飲料ばかりだ。

 だが、最上段にだけ……覆いをされた、皿のようなものがあった。

 フィアーはそれを手に取り、卓上に置く。


 これは、なんだろう。

 今朝この艦を出た段階では間違いなくなかったから、エンジのいってたそれであることは間違いない。

 そう疑問に思いながら、覆いを外す。


 すると、現れたのは。


「――」


 ――おにぎり。


 以前にリアが出してくれたことのあった、フィアーにとっては馴染み深い食べ物。

 少々不格好で、ゴツゴツとした見た目をしてることから、フィアーにはそれを誰が作ったのかが一目瞭然だった。


「リ、ア」


 思わず、嗚咽が漏れる。



「……ごめん、なさい」


 謝罪が、溢れる。

 そしておにぎりの前には、一枚の紙が添えてある。

 それに書かれている文字は、間違いなくリアの筆跡だ。


 ◇



 村でおいしいモノいっぱい食べてるだろうけど、朝起きたら私の料理もちゃんと食べてね!

 〜リアより〜


 ◇



「―――――ッ」


 涙が溢れる。

 彼女は、攫われるその着前にまで、自分のことを考えてくれていた。

 そう思うと……フィアーは、流れる涙を止めることができなかった。


「ボクが、ボクが君から離れなければ……!リ、ア……リア……」


 後悔と、決意が。

 深く心に刻まれていたそれが、一層深いものになる。


「――必ず」


 だから、重ねて誓う。


「必ず見つけて、助け出すから……!」


 彼女の、家族として。

 必ずやリア・アーチェリーを無事に奪還すると。


 そして……その為には。

 区切りをつけ、改めてはっきりと……この世界にいる人々と、向き合うことが必要だ。



 ◇◇◇


 翌日、強襲艦「アティネ」の会議室。

 そこには昨日の今日で、再び騎士達が一同に介していた。

 朝からの突然の招集には、当然昨日途中退席をしたキュイーヴルも含まれている。

 ……流石に一晩経ち、彼も少し冷静になっている。

 エルザから直々の招集を無視するほど、彼は不真面目にはなれなかった。


「何だ、また緊急招集って……」


 だが、多少なりとも文句はあるわけで。

 キュイーヴルは、まだ誰もいない壇上を軽く睨みつける。

 傍らのエクラはそんなキュイーヴルの様子を見ながら、あわあわとするばかりだ。

 バナムとアイナは、珍しく騒がず大人しく、主催の登場を待っている。


 ……なんだか、奇妙だ、とキュイーヴルは気付く。

 だがその瞬間、会議は始まる。

 そして次の瞬間、キュイーヴルの表情は凍りつく。


「みんな、来てくれてありがとう」

「な――」


 ――そこに現れたのは、魔物の腕を持つ少年、フィアー・アーチェリーだった。


 その左手には、エンジ・ヴォルフガング謹製の籠手が取り付けられている。

 ウロコ状の腕はそれにより隠されていて、


「よっ、待ってましたフィアー!」

「わーわー」


 アイナとバナムは最前列で囃し立てる。

「――」

 それを見て、キュイーヴルは自分が騙し討ちを受けたのだと理解した。

 確かに、魔物からの招集と言われれば彼がここに来ることはなかっただろう。

 直属の上司である赤鳳騎士団第一部隊隊長、エルザ・ヴォルフガングの命だからこそ、参じたのだ。


「エルザさんに無理いって、皆を集めてもらいました。……ごめんなさい、騙すような真似をして」


 壇上のフィアーは、真っ先にそのことを謝罪する。



「けれど、どうしても言いたいことと、お願いがあったんだ。……皆が、ボクのことを怖がって、あるいは敵だと思っていることはわかってる」


「この腕は間違いなく魔物のそれで、僕自身気味が悪い。警戒するのは当然で、こうして鎖で繋がれてるのも……妥当な処置だと思う」


 じゃらり、とエルザの手に向かって伸びる鎖を、フィアーは持ち上げる。

 その先には、人の手を覆うには大仰な籠手。

 なかにはあの醜悪な魔物の腕がある。

 そう、騎士たちに改めて認識させてから。


「けど」


 けど、とフィアーは切り出す。



「ボクは、フィアー・アーチェリーだ。人間の心を捨てたつもりはないし、ずっと人間であるつもり。だから、誰も傷付けない。それよりも大事な目的があるから。それは」


 畳み掛けるように。

 彼は心の底からの本音を、誰に恥じるでもなく素直に吐露する。


「……リアを、家族を助けたい。『異訪者』に乗って、みんなと一緒に戦いたい。今ボクが願っているのはそれだけで……それが終わったら、この身はどうしてくれても構わない」


 宣誓。


「だから……お願いします。ここで……「アティネ」で、みんなと一緒に戦わせてください!」


 懇願。

 そして――決意。

 それを以て、彼の言葉は締め括られた。


 しばし、空間には沈黙が広がる。

 誰も、迂闊に喋れなかった。

 フィアーに協力したい気持ちと、彼の腕を忌避する気持ち。

 その瀬戸際で、全員が揺れ動いていたからだ。


 だが。


「――俺は、賛成!」

「わたしも」


 少年少女が、率先して宣言する。


「バナム、アイナ!お前ら……っ」


 二人の信頼していた仲間の、信じられない表明。

 それにキュイーヴルは、血相を変え詰め寄る。


 ――仲間が、誤った選択をしようとしている。

 フィアーを魔物として見ている彼には、二人の行動はそうとしか取れなかった。

 だが。


「あ、あの……私も」

「エクラ……!?」


 騎士になる前からの、親友。

 幼馴染みであるエクラもそれに同調するものだから、キュイーヴルは動揺を隠せない。


「フィアーさんたちとお話したりして……いい人だって、わかってます。リアさんも助けたいですし……」

「わかってるのか、彼は魔物だ!あの腕をみろ!あれが――」

「キュイくん」


 今にでもエクラに掴みかからんとばかりに過熱するキュイーヴルの手を、エルザが強く掴む。


「隊長……まさか、貴女まで」


「ごめんなさい……でも、フィアーくんを信じてみようって、そう思うの。これは、フィアーくんが目を覚ましたときからずっと、心のなかで決めてたことだけど」


「俺には……私には、無理です。魔物に背中を預けて戦うなんて、御免だ」


「……失礼します」


 振り向くことなく、沈んだ顔でキュイーヴルはその場を後にした。

 フィアーは寂しげな表情で、それを見つめることしかできない。


 彼を呼び止めて、説得するだけの信頼がないことは理解していたからだ。




「……キュイさん」

「アイツも、いつか分かってくれるって」

「うん……そうだと、うれしい」


 背を見送りながら、そうつぶやく。

 いつか、彼にも認めてもらいたい、共に戦いたい。

 そんな初めての欲求が、フィアーの心を満たしたところで。


「―――それにしても!あんなに内向的だったフィアーくんが自分から人を集めて、お願いをするなんて!」

「フィアー、すごい」


 エルザとアイナが、フィアーを囲んで褒めちぎる。

 ……だが、フィアーはそれを素直に喜ぶことはできない。


「……きっと、やろうと思えばすぐにやれたことだったんだ」


 本人の意識としては、そこに尽きた。

 王都、大砂海、帝都。

 戦いに巻き込まれるにあたり、自身が作戦の要……切り札となる機会は、多々あった。

 だがその全てにおいて、フィアー・アーチェリーはただ受動的に、流されるままに協力したに過ぎない。

 リアを守りたい、そんな堅い意志はあったにしても。

 自ら率先して、他者と関わり合い、その心を寄り添わすことはできていなかった。


 否――しなかったのだ。

 リアだけ居ればいいと、閉じた世界に閉じこもって。

 他所の世界からきたことを知ってからは余計に、お客様気分で居たに過ぎない。


 だが、これからは。

 フィアーは改めて、この世界に根を下ろし戦う決意をする。

 最愛の義姉を助けるため。

 そして――この世界に住む、暖かいみんなをも、守るために。


 フィアーがそう固く誓うと、共に。


『――話はついたか?』


 会議室の魔動映写板ディスプレイに、唐突に映像が映し出される。

 そこには、坊主頭の壮年男性と、赤褐色の髪色の青年がいる。

 それが見知った顔であったから、フィアーは少し驚いたように、その名を呼ぶ。


「ガルドス?」

『おう、久しぶりだな坊主!』

『俺もいるぜ!』


 映ったのは砂賊船「ヘパイストス」の艦橋だった。

 そしてそこには船長であるガルドスと、昨日まではアティネにいた筈のグレアが立っていた。


「あ、グレアなんかいないと思ったらそっちに居たのか」

『なんか雑じゃねぇか!?』


 そんな軽妙なやり取りをはさみつつも。

 フィアーの後ろからエルサがずい、と前に乗り出し、画面の向こうにいるガルドスに向け切り出す。


「1名反対者はいるけど……フィアーくんは、予定通りにアティネで預かります」

『ダメそうならこっちでとも思ってたが、まぁ何よりだ』


 どうも、砂賊と騎士団……というより、エルザとガルドスの間で秘密裏に約定が交わされていたらしい。

 騎士団からの反発が激しいようなら、フィアーを預ける。

 大方そんなところだろうと、フィアーは納得をする。


『にしても……まさかお前が、あんなハキハキ人前で喋るとはな』

「聞いてたんだ……うん、今までやってこなかったぶんくらいは、やらなきゃ信じて貰えないと思ったから」


 はにかみながら、しかし眼差しは真剣にガルドスへとそう返す。

 これは、自分に改めて認識させるための言葉でもあった。


 今日からは、変わろう。

 遅すぎるかもしれないけど、それでも、と。




「その……改めて、お世話になります」



 そうして……フィアーは戦う覚悟を、信念を。

 リアを必ずや救い出す、という決意を、改めて胸に刻んだのであった

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