再起動 ‐リブート‐

「────」


 目を見開き、喀血かっけつするゲオルグ。

 その視線は、貫かれた己の腹腔へと落ちる。

 憐みにも似た表情で、ヒラリオンはそれを見ている。


「心臓が無事であれば、問題はない。ヒラリオンは貴方に諦めることを推奨する……いまははるか、個体名を喪った者よ」

「…………ある」

「?」

「名前は……ある」

「──」


 ヒラリオンの眼が、わずかに見開かれた。

 崩れ落ち、膝をついていたゲオルグが、いまにも消え入りそうな声で、そう呟いたのだ。

 立ち上がり、踏み出される一歩。

 背後へと傾斜していたはずの彼の肉体が、前に進む。

 震える足が、いつまた倒れてもおかしくないからだが、しっかりと地面を踏みしめ、脚を進める。

 音を立てて、刃と化した尻尾が、彼の腹部を貫通した。


「俺には、名前がある。彼女が呼んでくれた、唯一の名が」

「…………」


 ゲオルグは手をのばした。

 震える手は、なにかを求めてさまよう。


「──特殊個体の名称を更新──過去呼称を棄却ききゃく──ヒラリオンは、貴方の名を聞こう。取り残された遺物よ、過去の残滓ざんしよ、名乗るがいい」

「俺の名は……ゲオルグ」


 ゲオルグ・ファウスト。


 ──彼は名乗った。

 その名を聞いて、直轄者は。

 明確な憐みをもって、はじめて表情を歪めた。


祝福された聖人ゲオルグ・ファウストとは──あまりに皮肉な名称だ」

「いや──」


 ゲオルグは。

 彼は。

 その左手を──握っていた〝それ〟を。

 それを──



 情報流体アンプルを──動かぬ右手へと突き立てた。



 弾け飛ぶ拘束具ロック・ベルト

 剥き出しになるかいな

 純白の世界で/暗黒の世界で。

 それは赤く、真紅あかく燃え盛る──


「違うぞ──俺の名はゲオルグ。竜屠る拳の主ゲオルグ・ファウストだッ!!」

「──っ!?」


 爆発的に燃焼するゲオルグの右腕。

 それは慧可珪素置換症アリストテレス・シンドロームの症状を示しながら、しかし彼の血肉を燃料に火勢を増し、そして、ヒラリオンの顔面へと叩きこまれた。

 瞬間的に、キロトン核をも超える熱量が発生し、直轄者の顔面を焼き尽くす。

 同時に、その場に存在したあらゆる情報が、観測者によって更新される。

 怒涛のような上書きアップデート

 それを受けて初めて。

 初めて直轄者は一歩、そうしてたたらを踏んだのだ。

 ずるりと、ゲオルグの腹から尾部が抜け落ちた。

 同時に、彼も力尽きその場に崩れ落ちる。

 視線を上げれば、完全に頭部が吹き飛んだ直轄者がいて──



 次の刹那には、すべてが再生する。

 ヒラリオンは、なにごともなかったかのような表情で、ゲオルグを見下ろしていた。

 その縦長の光彩にゆがみはなく。

 直轄者には、傷のひとつ、火傷のひとつもない。

 完全無欠。

 一切の欠落なき完全者ヒラリオン

 直轄者は自らの顔を撫で、問題がないことを確認すると、無慈悲に、理不尽に、ゲオルグへと言葉を投げた。


「終わりだ、もはや抵抗できまい。ヒラリオンは今度こそ、イレギュラーを破壊する」

──


 血塗れの男は。

 ゲオルグは、ニヤリと。

 邪知と悪逆と打算のすえに、悪魔を出し抜いた賭博師ばくとの表情で、一切の瑕疵きずがない超越者を、嘲笑あざわらった。


──



「──完全にヤー完全にそのとおりです   ヤー   ゲオルグ・ファウストマイスター



 ヒラリオンが括目し──驚愕する。

 洞窟の最奥。

 緑色の粒子が充ちた領域。

 そのなかに、たったひとつの矮躯わいくが立っていた。

 それは、頸部から延びる端末をケーブルごと引き千切り、自らチョーカーに情報流体アンプルを押し込む。

 蒼色の流体は赤色を経て、やがて金色へと至る。

 踏み出される足。

 それは硬き金属をまとい。

 延ばされる手。

 それは鈍き刃金によって成り立つ。

 その四肢を、虹色の金属で武装する屍人の騎士。


 ツェオ・ジ・ゼルが、地獄のように赤と青が混ざる、この世の終わりじみた眼差しで、直轄者を睥睨へいげいしていた。


「私は──あなたを赦さない」


 経過時間600秒。

 結果──再起動リブート


 そして。

 直轄者と屍人の戦いが、幕を開ける──

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