軌道列車の〝島〟 ‐レールライン‐
金属と金属が叩きあわされたような音が、遠く、
繰り返し、繰り返し奏でられる音色は、
車体が大きく
耳障りな高周波が鳴り響き、やがて鈍い音の繰り返しが同じように始まった。
流れるに任せていた汗を乱暴に左腕で拭い、
一面の
急造された
轟々と吹きつける風と濃霧を切り裂いて、悲鳴のような警笛を上げながら、それは力強く進んでいく。
眼下は切り立った崖になっており、見渡す限りが雲海に沈んでいた。
遥か彼方では巨大な
軌道列車の先頭は霞んでしまって見えないが、吐き出す
窓を元に戻しながら、彼は車内へと目を向ける。
11×32メートルほどの縦に長い室内。
外装である金属が剥き出しになっている床に、彼を含めて三名が腰掛けていた。
高位情報知性体を自称する
慧可珪素置換症により、四肢の中程までが鈍い虹色の金属と化した屍人の少女、ツェオ・ジ・ゼル。
そうして、そのツェオに
車輪が鉄道のうえをはしる、規則的な振動に揺られながら、彼らは三者三様に時間を空費していた。
ツェオの肉体と指示式は、度重なる戦闘と、〝
特に流体と化していた四肢と、内部の指示式はズタズタであり、
大規模な〝
彼女はフォーミュラーズ・ネストの〝中核〟を一時的に掌握したことで、その周囲における環境の変化まで把握していたのだ。
そのなかに、この大規模輸送軌道列車──移動性エメトの情報が存在したのである。
動力源として、その本体を失った〝神樹木〟の圧縮中核を使用したこの軌道列車は、ある
駅からの乗り降りは自由であり、飛び乗りも命を顧みないなら問題なし。内部資材も自由に──というよりはほとんど無制限に使用可能なため、ツェオとゲオルグには渡りに船といった具合だった。
誰がどんな目的でこの軌道列車を作成したのかまでは、ヘレネーすら知りえないことではあったが、その軌道がある地点を通っていることも、彼らにとっては重要なことだった。
既に2度の停車駅を通過した段階で、資材の確保は終わり、応急処置としてツェオの四肢は元に近い形を取り戻している。
「どうなの?」
「……見てわかることを訊くな」
モクモクと固形食糧を齧っていたヘレネーが、気のない様子でゲオルグに尋ねれば、彼は陰鬱な表情でそう答えた。
実際、ヘレネーの探査系の性能を考慮すれば、それは口にするまでもないことだった。
ぺたりと鉄の床に腰掛けるツェオに、表情というものはない。
完全に弛緩しきった口元からは、唾液が顎まで垂れている。
ゲオルグが
ただでさえ青白い肌色は、土気色に近くなっていた。
本来なら高い硬度と柔軟性を示す四肢の置換金属も、いまは光彩を欠き、ジリジリと黒い
手足の形を取り戻しても、その性能は随分と低下したままであった。
頸部に増設されている
しかし、それは接続したそばから色を青から赤へと変じてしまい、彼女特有の黄金色には至らない。活性が全く足りていない。
また、前面部に描かれた星に芽生える大樹の刻印も、その清浄な輝きを失っている。
ゲオルグは眉間に深い皺を刻むと、顔をしかめるようにして目を閉じた。
「一時回復した機能がすべてダウンしている」
「お手上げってわけ?」
「いや……」
情報知性体の問いかけに、ゲオルグは僅かに首を振ることで否定を示した。
実際、数十時間前まで、ツェオはゲオルグを足蹴にする程度の回復を見せていた。
ただ、それは一時的なものであり、根本的な解決に至っていなかったためか、状態はいまや増悪の一途をたどっている。
溜息とともに、ゲオルグは手を伸ばした。
棺桶のふたをずらすように一部開けると、レバーと出力装置、接続のための
CRAと有線で繋がるそれを、睨みつけるような目つきで見つめながら、彼は答える。
「直接接続による指示式の
彼のその言葉に、ヘレネーはぎょっとしたように目を見開いた。
それから、高い鼻の上にしわを寄せ、心底いやそうに唇を突き出してみせる。
「そのネクロイドが」
「ツェオだ」
「……ツェオちゃんが稼働して、どのくらい経つわけ?」
ゲオルグは無言で、懐から取り出した機械を投げる。
受け取ったヘレネーが見ると、それは無数の記号が円形に配置された計測器具であった。
中心から伸びる3つの針が、少しずつ動いている。
「もっとも短い針が、144万と半分回転」
「
「2万は誤差がある」
「……指示式の系統は? 一七式フルカネリ法による演繹方程式? それともフラメル型の六八番? 最悪、骨董品であるヘルメス三乗構成の帰納法なら……」
「大要素5種による第六否定式」
「────」
言葉を失った彼女は、天を仰ぎ胸のまえで指を一周、額と両肩に触れて世界樹の印を切った。
「それは……空から砂を零しただけで、精緻な白鳥城を建築するようなものよ」
「理解している。だが」
それ以外に方法はないと、ゲオルグは言った。
たったひとつの意志に固められた彼の瞳は、漆黒の色彩で塗り込められており、ヘレネーであってもその真意を推し量ることはできない。
彼のやろうとしていることは、成功の見込みなどない暴挙であり、失敗した場合ツェオという存在が永久に失われることを意味していた。
少なくとも、ツェオを構成する最重要な資質──
それを理解したヘレネーは、重く息を吐きながら顔を下ろし、恨みがましい目つきでゲオルグに問いを投げる。
「どこでそんな技術を身に付けたの?」
「〝神樹木〟の整備士だったことがある」
「あんたが?」
訝しむ……というよりは露骨な嘘を嫌悪するように、ヘレネーの声が跳ねた。
「どこのセクタの……いえ、エメトの管理者級はもう残っていないはずよ。それを現生人類の課題として選んだ月種はもういない。以降、誰も管理者には選出されていないはずだわ」
「……虚偽ではない」
「じゃあ、なに?」
覚えていないのだと、ゲオルグが小さくつぶやいた。
「俺には、ツェオをネクロイドに変性した以前の記憶が存在しない──」
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