幕間 いつまでも争う〝島〟
絶えない戦争
東西に分かれる、そのふたつの〝島〟は、ずっと昔から争いを続けていた。
物資の補給のため、偶然西側にある〝島〟を訪ねたゲオルグとツェオは、住民からそんな話を聞いたのだった。
「僕の婆さんの、そのまた婆さんの代から、この戦争は続いているんだ。まったく、お互いうんざりさ。でも、〝島〟のあっち側がネクロマンサーを抱え込んでいる以上、こっちは戦うことをやめられないよ。だって……死体を利用するなんて恐ろしいことだし、おぞましいに決まってるだろ?」
旅人さんはそんな風に思わないかい? と、青年はゲオルグたちへと言葉を投げた。
話を聞いていたゲオルグは、ぽーっと横に立っているツェオの頭に、青年の不信感を買わない程度の動きで、手を置いた。
彼女の頭でずれかけていたフードが、それによって固定される。
青年は、ツェオの素性に気づかず、どこか熱を帯びた口調で続ける。
「だから戦争さ。戦争だとも! 〝島〟のあっち側が化け物を使うのをやめるまで、〝島〟のこっち側の死人を
「正しいこと、か」
「そうさ! 旅人さんにもわかるだろ? これは正しいことだって! 正しいから、そうやって僕らは発展してきた。戦争が、敵を倒すことが、人類を成長させるんだ!」
誇らしげに青年は胸を張り、ゲオルグたちに自らの背後を示して見せた。
そこには、立ち並ぶいくつもの
青年の3倍ほどの大きさの、三角柱に翼をつけたようなそれには、多くのネクロイドを葬り去る力があるのだと彼は説いた。
「これだけじゃない! 無限軌道の車両だって作った。地下を掘り進む
彼はその両の瞳に、苛烈なほどの炎を宿しながら、楽しげに笑ってこう言った。
「戦争だよ。戦争が世界を変えるんだ。技術を発展させ、僕らの暮らしを豊かにするんだ! だからうんざりでも──あいつらは殺さなきゃいけないんだ。効率よく殺す方法を、人類は追求するんだから!」
熱狂。
彼が宿している感情は、それ以外に言い表すことができないと、ゲオルグは思った。
ツェオの整備のために、必要な資材を最低限集めると、ゲオルグは早々に西側から立ち去った。
西側の住人は、旅人であるゲオルグたちを病原菌のように
翌日、無数の飛翔体が東側を焼き尽くすことを、ゲオルグは青年に誇示されて知っていた。絶好の機会に攻勢をかけるのだと。
早く出て行けという、メッセージだった。
◎◎
〝島〟の東側にゲオルグがたどり着いたとき、そこは
戦争の、軍靴の音ではない。
活気に満ちた、ひとの営みの音だった。
「もうすぐ戦争が終わるんです、旅人さん」
その女性は、楽しげにそう言った。
粗末ながら、その恰好はどこか祝い事を思わせる明るいものだった。
女性は続ける。
「この〝島〟の西側と東側は、長い間争いが絶えませんでした。私のおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの代からです。こちら側には労働力としてネクロイドを使う風習があって、古い盟約にしたがって、死者を手足に変えてきたのです。あちら側の死体も、有効に使わせていただきました。でも、それが原因で戦争は終わらず……正直に言えば、私たちも、彼らもうんざりでした」
しかし、それも今日までだと、彼女は笑う。
「私たちの密使が、彼らの
彼女は熱に浮かされたように、よい夢を見ているような顔で優しく微笑んでいる。
「戦争のあいだ、彼らと話をするのはとても難しいことでした。悪路でも走れる乗り物を作ってみたり、地面の下から彼らの首長の家を目指してみたり、物理的に壁を壊してみたり……いくつも試行錯誤をして、やっと、やっと道が開けたのです! 平和への道です!」
「……どうやって、密使はあちら側に?」
ゲオルグがそう尋ねると、女性は誇るような顔になって、自らの背後を指し示して見せた。
「この三角柱に羽が生えたような機械を使って、空を飛びました! ひとではその……加速による圧力に耐えられませんでしたが、そこはもはや死にようのないネクロイドの出番! 半ば朽ちながらもあちら側にたどり着いて、メッセージを伝え、そして戻ってきたんです! そのネクロイドは英雄ですよ! だから、これからは平和が訪れるんです。今日は、その記念日なんですよ!」
諸手を上げて喜ぶ女性は、その後ゲオルグを歓待し、彼が夜明け前に立ち去るまで、いろいろと世話を焼いてくれた。
彼女だけではなく、東側の住人たちはみな、ゲオルグに親切だった。
ゲオルグは西側が攻撃準備に入っていることを、誰にも教えなかった。
教える義理など、彼にはなかったからである。
◎◎
翌日、西側は公言していたとおり、東側を焼き尽くした。
〝島〟の東側は
そのセクタからずいぶん離れたところにある丘の上から、ことの一部始終を眺めていたゲオルグは、やがて小さくため息をつき、傍らの少女を見遣った。
少女の瞳は眠たげに細められていたが、なぜ争いを止めなかったのかと不思議がっているようにもゲオルグには思えた。
彼はもう一度小さなため息をつくと、少女の銀髪へと手を伸ばしながら、諭すようにこう言った。
「西側の彼らは、戦争が文明と技術を発展させるのだと言った。──違う。生き残るために、人類は知恵を絞り、進化という道を歩んできたのだ。生存のための最適解。争いも、それの派生に過ぎない。ひとは生きるためになんでもする。生きるために群れて、弱々しくとも、手を取り合って、生きている。それは、けっして恥じることではないんだ。だから……ゆえにだ、ツェオ」
彼は少女を見て。
屍人の少女に、人が死ぬことになんら感慨を抱かない彼女に、語り聞かせるようにして、こう続けた。
「生きるというのは、死に近づき──それをよく
「……
なにもわかっていない調子で、少女は言う。
この世の終わりのような彼女の瞳のなかで、〝島〟の東側は燃えていた。
彼女の超感覚だけが、生み出された対話のための機械で、住民たちが地下へと逃げ延びたことを知っていた。
ツェオは、黙して語らない。
義理でもなく、意味もなく、それが彼女の、ありのままだから──
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