AI ‐カンファエット‐

 それは〝セクタ〟に似ていながら、まったく独自の景観を有していた。

 胞子の領域セーフティー・フィールドに入ったときから、砂嵐は止んでいた。

 ゲオルグたちがいる場所は、〝神樹木〟の外側に作られた、奇妙な建造物のなかだった。

 フォーミュラーたちは意外なことに、どれほど接近しても危害を加えてくることはなかった。

 意図もなく踏みつぶされるような距離まで近寄っても、それらは自らの意思でゲオルグたちをかわした。

 むしろ、建造物の内部へと入りやすいよう道を空け、同時に道の補装ほそうと開拓までを始める。

 その、人間が来るのを待ち望んでいたかのような応対に、ゲオルグははじめこそ面食らったが、かえって好都合だと気を取り直すまで、それほど時間はかからなかった。成果が上がれば、それでよかったからだ。

 ゲオルグはツェオとともに、建造物──白亜宮へと進入していき、そして。


「──なんだ、これは……?」


 驚きに、目をみはった。

 もとより出来過ぎた仕儀しぎではあった。

 だからこそ、ゲオルグが警戒を怠ったということはない。

 普段の三倍もスキャンを多く実行していたし、なにかあればいつでもツェオを抱き寄せられる位置にいた。

 それでも、彼は困惑を隠せなかったのだ。

 そこにあった光景が、あまりに場違いだったがゆえに。

 フードとゴーグルを脱ぎ去りながら、彼は一帯を見渡す。

 どこまでも、どこまでも同じ景色が続いている。

 建物の内部には、無数の円筒が並んでおり、そのすべてが透明だった。

 量子モノクルによる成分の試算を行えば、強化硝子アンブレイクグラスであることがわかる。

 強化ガラス製の円筒内部には、蒼い液体が隙間なく満たされており、その中央にはモノクルであっても計測ができない〝なにか〟が浮かんでいた。

 円筒は縦長で、目視できるだけで1000個はくだらない。

 それがひたすらに、どこまでも、一切変わらずに、ただただ整然と立ち並んでいるのだ。

 上部階層も、見える限りの下部階層も、すべてが通路と、器具と、蒼い円筒。

 遥か彼方に見えるエメトの幹まで、それは続いている。

 ゲオルグは漠然ばくぜんと、背筋に寒気がはしるのを覚えた。

 あるいは、不安と呼ばれる感情が。


「……マイスター」


 自発的な発言を滅多にしないツェオが、そこで小さく口をひらいた。

 彼女が施設に入ってからも、かたくなに守り続けていた沈黙を破ったのは、1キロメートル近く歩いてからだった。

 そうして。

 そのときにはゲオルグもまた、気が付いている。

 彼は目付きを険しくしながら、前方を見据えた。

 正面から、なにかが近づいてきているのだ。

 一面の白、白亜のなかにあって、それはひどく、異物のように薄汚れて見えた。

 機械──接続用端末と感圧式入力装置タッチパネルを胸に抱えた形状の、人間、その女性を模して造られたオートマンである。


(人間……いや、これが古い時代に人が信じた、悪魔というものか)


 そのねじくれた造形を見て、ゲオルグはそんなことを考えた。

 考えているうちに、そのオートマンはゲオルグたちの目前までやってくる。

 ぴたりと数メートルの距離を残して静止したそれは、奇妙な電子音とともに、案内アナウンスをはじめる──


『SI──適応種プラントへようこそ。わたしは管理システムのカンファエットθシータです。これより〝審査〟を行います──

 SI──あなたに一定のコンプライアンスを認めます。上位プロトコルを希求する場合は──

 Si──クリアランスレベルが一定に達していません──承認が得られません──接続ができません──バックアップを構築中──アクセス権限を再確認──アカウントが見つかりました──庭園騎士ガーテン・リッター──当該存在を協定に基づく治外法権と認定──存在の意志を5レベルまで優先──あなたを〝客人マレビト〟として登録しました──

 SI──ご用向きを、お伝えください、お客さま』


 一定の音程を保って垂れ流される、幾つもの奇妙な情報の渦。

 それと並行して、ゲオルグとツェオには、カンファエットを名乗るオートマンから、無遠慮な探査機器が照射される。

 レーザー照射やX線の投射まで受け、ゲオルグはすっかり憤然ふんぜんとなっていたが、やがてそのオートマンは、態度を急激に軟化させた。

 堅苦しい電子音声のまま、しかしどこかに従順さを帯びたのである。


『SI──ご用向きをお伝えください──我々はあなたを歓迎します』

「…………」


 どうやら、自分たちは受け入れられたらしいと、ゲオルグは理解した。

 苛立ちの原因のひとつに、いくらかの疲労と空腹があったため、彼は試しに休養と食料の譲渡を提案してみた。

 すると、カンファエットは即座に了承の返事をしてみせる。


『SI──構築』


 ゲオルグの周囲で、演算リソースが膨大に消費される。

 それまで白い通路だった場所に嵐のように電磁気が放射され、珪素が変性──ぼこぼこと膨張し、ブロックノイズが展開──その跡地から、寝台と蛇口が


『SI──蛇口をおひねりください。接触分析によって必要な養分が算出され、調合、供給されます』

「固形のものはないのか」

『SI──構築』


 また通路の一部が、複雑なノイズを伴って再構築される。

 一本の青々とした樹木が生じ、そこから無数の──鈴なりの固形食糧が生えていた。

 そのうちの一本をもぎとると──20センチほどで小麦色をした固形物だ──ゲオルグは2、3度臭いをかぎ、やがて口元に運んだ。

 パキンと音を立て、それは圧し折れる。

 噛み砕くと、がりがりとした食感と、強い甘みが彼の味蕾みらいを刺激した。


「ツェオ、安全だ。必要なら摂取しておけ」

「ヤー、マイスター」


 小柄な彼女は背伸びをしながら、その硬質化した手指で固形食糧を千切り、口に運ぶ。

 しゃくしゃくと咀嚼そしゃくし、ごくりと嚥下えんかする。

 その間、表情は一切変わらない。

 過ぎ去ったいつかの情景を思い出し、口元を固く結んだゲオルグは、その視線をカンファエットに転じた。

 彼はカンファエットに、この場所を訪れた理由を。

 最優先である希求するものの情報を得るべく、声をかけた。


「カンファエットといったか」

『SI──識別固体名称IDは、カンファエットです』

「では、ひとつ訊ねたい」

『SI──なんなりと』

「星の雫を、知っているか?」


 彼がそう問いかけた瞬間だった。


──』


 その、奇妙なオートマンは。

 悪魔の造形を施された案内役は。


『────』


 疾患カンファエットは、全身から赤い光を放ち、咆哮した。


『警告──存在認識の齟齬を確認──警告、非常事態──緊急────状況を9レベルと判断──対象を──対象を──』


 騒然となる一帯。

 鳴り響く警報。

 点滅するフラッシュが、やがて白の施設すべてを赤色に染め上げて──


『対象を──廃棄します』


 反射的にゲオルグが、ツェオへと手を伸ばしたときには。

 もはやすべてが遅かった。


「──っ」


 彼の足もとから、唐突に確かさが失われる。

 すべてが立方体スクエアに切り取られ、彼を中心にして連鎖的に崩壊をはじめる。

 浮遊感。

 ぽっかりと開いた奈落。

 どこまでも続く落とし穴──


「ツェオ……!」


 その声は届かない。

 少女の姿は急速に小さくなり──そして彼の意識は、そこで途絶えた。

 カンファエットが形成した落とし穴トラップホールに墜落したことで、その急激な落下速度と荷重により、彼の神経と血流が耐えきれずブラックアウトを起こしたのだ。

 ゲオルグが最後に見たのは、自らへと緩慢な動作で手を伸ばそうとする、無表情な屍人の顔だった。


 世界が、暗転する──

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