開拓者の巣 ‐フォーミュラーズ・ネスト‐

 眼を開けていることも困難な、凄まじい砂嵐が吹き荒れている。

 一面は無秩序な奇岩に覆われており、さながら迷宮の様相を呈していた。

 ゲオルグが開拓者の巣を目指して、すでに79時間が経過しようとしている。

 吹き付ける砂粒を、目深にかぶったフードとゴーグルで遮りながら──ただしゴーグル下の量子モノクルは、常時、周囲の質量や電位差を測定し続けて異変を見逃さないようにしている──彼は、かたわらの少女を見遣った。

 小柄な屍人の少女は、しかしゲオルグなどよりよほど確かな足取りで砂塵さじんのなかを進んでいる。

 フードが吹き飛ばされて、その長い銀髪が暴風にもてあそばれていようとも、見開いて閉じることのない眼球に砂粒が当たろうとも、ツェオはまったく意に介した様子をみせない。

 それは、ゲオルグにとって好ましいことではなく、ただ彼女が命というものから遠ざかっている証左でしかなかった。

 彼は何度目かも知れないため息とともに、彼女の頭部にフードをかぶせなおす──


(こんな環境下ですら、誰が見ているとも限らない。首筋を、ネクロイドの証を、出来うる限り隠すのは、必要な行為のはずだ)


 彼が思いだすのは、この場所のことを教えてくれた調達屋の、そのどんぐりのような眼差しだった。

 これまで無数の〝島〟を巡り、幾多の経験を積んできたゲオルグは、どれほど世の人々から、ネクロイドとネクロマンサーが忌み嫌われているのかを知悉ちしつしていた。

 それまで親しげに近づいてきた相手が。

 少女の髪を撫でていた者が、ツェオの正体を知るなり恐怖と嫌悪を浮かべ、世界樹の印を切る光景を、幾度となく見てきたのである。

 ゆえに、あの男性は例外だったと言えよう。

 、止めていた足を再び動かし始めた。

 停滞は許されないというかのように、想いに応えなければならないというかのように。

 迷いを振り切るようにして。

 彼らは苛酷な迷宮を進んでいく。

 奇妙な場所だった。

 自然美のかけらも感じられない奇岩の数々は、フォーミュラーが建造したものだ。

 量子モノクルによる定量分析と、放射性炭素年代測定によって、それが人工物であるとゲオルグにはわかった。

 彼は懐から、目盛りのついた丸い計測器を取り出す。

 三つの針が、バラバラの位置を指し示している。


「どのくらい歩いた、ツェオ」

「ヤー、前回からプラス29000秒。休息を推奨します、マイスター」


 ゲオルグの問いにそう答えたあと、ツェオはぴたりと静止した。

 その赤とも青ともつかない視線が、はるかかなたを見やるように細められ、やがて彼女は、金属と化した指先をまっすぐに前方へと伸ばしてみせた。

 ゲオルグが背嚢バッグから、単眼鏡スコープを取り出しその方向を覗く。

 倍率を上げていくと、岩山の境目に明らかな異物が見えた。

 胞子を放出する蛍光色の巨木──〝神樹木エメト〟。

 そうして、その周囲で蠢く、異形の巨人たち。


 彼が目指した場所が、迫っていた。

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