異形の存在
セクタ427最後の生き残りである、孤独な老人のもとをあとにしたゲオルグたちは、その足で機能不全を起こしている〝神樹木〟へと向かった。
エメトまでの道のりには、破砕された建造物程度の障害物しかなかったが、内部に侵入すると状況はがらりと変化した。
黄色に近い胞子を、弱々しく放出する〝神樹木〟。
その内部構造は複雑に入り組んでおり、なによりゲオルグを辟易させたのは、防衛機構と思われるオートマトンが大量に生き残っていたことであった。
8脚をもつ
「ツェオ……第一幕まで、開帳」
「
「駄目だ。置換が進む。第一幕までで対処しろ」
「……
ゲオルグが棺桶から左手だけを突きだし、トリガーを引く。
六連式小型飛翔体射出装置から、3発の
僅かな時間とまる弾幕。
その隙をつき飛燕の如き速度で飛びだしたツェオが、金属腕を一閃し、オートマトンの脚部を切り飛ばす。彼女はそれを空中でつかみ、ウォードッグの炉心へと突き立てた。
爆発。
後退するツェオと、連鎖的に炎上するオートマトン。
「突っ切るぞ」
棺桶を斜めに担ぎ、被弾面積を減らしたゲオルグが走り出す。
ツェオは黙して、その後を追った。
◎◎
波状的に押し寄せるオートマトンをギリギリで退け、中央区画まであと一歩と迫ったところで、ゲオルグは足を止めた。
正確には、止めるしかなかった。
いまにも枯れ落ちそうな〝神樹木〟の
赤黒く変色した苗木からは、〝島〟ひとつを
なにより、その根元から伸びた一本の
人影が身に纏うのは、足元まで届く黒いロングコート。それが腰元のベルトで引き締められており、スカートのように展開している。尻の部分だけが、裂けたように尾を避けている。
背後では幾つかの関節を持つ機械のアームが翼のように開き、中央区画に
両手は水平に伸ばされて、その指先が凄まじい速度で空間を
短い、錆色の髪の人影──男性とも女性ともつかない顔つきの存在は、その青白い肌に無表情を張り付け、作業に没頭している。
「どうしたものか」
思わず呻くように、ゲオルグは言葉を漏らしていた。
その何者かは、明らかに常軌を逸した存在である。それをゲオルグは、直感的に悟っている。
そうして、このまま放置すれば、星の雫の情報が眠っているかもしれない〝神樹木〟の苗木が、完全に枯れ果ててしまうことも理解していた。
幸いその存在は、ゲオルグたちには気が付いていない──あるいは気が付いていたとしても、排除する対象とはみなしていない。
(取るに足らないとものと考えられている……ということか)
どうすればいいのか。
ゲオルグがもう一度、迷うように呻いたときだった。
「
それまで沈黙を続けていたツェオが、唐突に口をひらいた。
「『当たって砕ければ拓く道もあります、騎士は常に、正面より挑むものです。わかりますか、おバカさん。わかりますか、ゲオルグ?』──以上、再生終了」
普段とは異なる、活き活きとした声音でそう言った。
「────」
その時のゲオルグの表情を、一言に要約するのならば〝苦渋〟だった。
羞恥に震え、屈辱に怒り、惨めさに嘆き、安寧に恐怖する。
幾つもの感情が混ぜ合わさって、彼の顔は酷い有様だった。
掘り起こされた記憶は、ただひたすらに彼を責め苛んだのだ。
やがて、ゲオルグは左手で、自らの顔を覆った。
「──ああ、知っている」
いまにも泣きだしそうな声音で、彼は心が軋むような呟きを滴らせた。
左手が顔から離れたとき、そこにいるのは普段となんら変わらない彼だった。
鷹のように険しい相貌に、凄絶な光をともす男は、棺桶を持ち上げながらツェオへと命じる。
「ツェオ、あれは邪魔だ。俺の──俺たちの邪魔をするものだ。障害はなんであれ、星の雫を手に入れることを阻むものはすべて、一切の
「……ヤー。ヤー。
ゲオルグの覚悟ともに放たれた命令を受け、少女は肉体の束縛を解く。
ツェオの脊髄に突き立つアンプル、その内部で情報流体と
それは、情報流体を活性化させることで己の身体を極限まで酷使する、肉体寿命を削る技術。
稼働限界の行使。
瞳を
ゲオルグはそれを援護するように、棺桶の底面を蹴りつける。
上蓋の一部が開き、飛びだしたのは、基部に
彼はそれを、一息に投擲する。
加速装置が螺旋状の焔を吐きだし、自ら意思を持ったようにロングコートの存在へと飛翔。
「────」
ゲオルグ側が行ったいくつかのアクションに対し、その存在が行った動作は、僅かにひとつだった。
無数に背面から生えるマニュピレーターのうちの一本が、マチェットをいなすようにして跳ね上げたのだ。
ただそれだけで危機は十全に回避された──
そう言うかのように、ロングコートの存在は淡々と作業を続ける。
「だが!」
ゲオルグがトリガーを引く。
射出される2発のペンシル・ミサイル。
同時に、ロングコートの頭上へと跳躍していたツェオが、マチェットを手にする。
そのまま、彼女は落下速度をまったく減殺せずに、いまだ情報流体の収穫をやめない謎めいた存在へと、その刃を振り落した。
ブースターが再点火し、さらなる加速が生じる。
存在はそれをも自動的にマニュピレーターで防御したが──それ以上は、手が回らなかった。
メギャリと音を立てて、その青白い顔面に、ツェオの振り下ろした刃が突き立つ。
「──……」
そこで。
そこでようやく。
その存在は、ゲオルグたちを見た。
爬虫類のような縦長の光彩を持つ赤い瞳が、一切の感情が存在しない眼が、品定めするかのように彼らを一瞥し──
「──いまだ、その刻限ではない」
短く、そんな呟きを発した。
次の刹那、ロングコートの存在の周囲で爆発的な電力──もはや雷電と呼んで差支えがない電磁力の放出が起こり、周囲一帯のシリコンが過剰に反応。ブロックノイズのように変貌する。
次々に隆起と炸裂を繰り返し──苛烈なる閃光。
咄嗟に眼を庇ったゲオルグが、その左手を下げたときには、もうどこにもロングコートの姿はなかった。
「状況、終了」
脊髄の泡立つアンプルを真っ赤に染めたツェオは、糸の切れた人形のようにその場に倒れ臥し、そう呟く。
ゲオルグはしばらく立ち尽くしていたが、やがてすべてが終わったのだと理解した。
〝神樹木〟の
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