第1幕 いまや機能不全の王は
曠野の只中にて
〝
少なくとも、ゲオルグの目には、そう映る。
シリコンと重金属が大地を覆い、無秩序に命を持たない鉄の木々が乱立する。
火山灰が降り積もり、従って
陽光など射すことはなく、風は身を切るように冷たい。
植物や動物の姿はほとんど見られず、数少ない例外は、大地を食い散らかす常軌を逸した存在だ。
幾つもの穴ぼこをあけるそれは、ブヨブヨとした外殻を持つ十数メートル級の地虫──
狭境にあるものといえば、そのぐらいのものだった。
ただひたすら、どこまでも荒涼とした大地が広がっているだけ。
終わった世界があるだけなのだと、ゲオルグはそれを見るたびに自覚する。
いまの世界に、文明と呼べるものはない。
ゲオルグの知らないなにかをきっかけとして、一度完全に滅んだ世界は、〝
月より降り注ぐ種。
珪素を主成分とするそれは、高次元の処理能力を有し、大気と反応することで水素や酸素を生み出した。
同時に、人間が生きるために必要な食糧や、技術までも。
そうして長い時間の経過とともに、神樹木を中心とした幾つもの〝
人間はもはや、〝島〟以外では生きることができない。
外界には有害な放射性物質や病毒が満ち、大気を犯し、神樹木が発する胞子の領域内にいなければ、人間は数時間で死に至る。
防塵マスクと、
それは、ネクロイドであるツェオにしてみても同じことだった。
「……参ったな」
それ以上は口にしなかったものの、本心を言えばゲオルグは両手を上げてしまいたい心地だった。
彼の目の前では、ツェオがぐったりと横になっている。人を超えたネクロイドは、疲労とは無縁であるにもかかわらずだ。
ミチミチと、金属が肉を
野営のために準備した隔離テント内部は適温に保たれているのだが、ツェオの顔色はすぐれない。元より青白い顔は、いまや蒼白となっている。
無数の
「調律が必要だ」
ポツリと彼がそう呟けば、
「
やはり無機質な、しかしいくぶんかすれた声で、ツェオが反論する。
「無用です。ツェオは十全です。問題ありません」
「しかし」
「…………」
ゲオルグの
編み込まれた鋼鉄のような、人体を刃金で再現したような、異形の四肢。
それを無遠慮に撫でまわされ、ツェオはそっと目を背けた。
ゲオルグは、棺桶型
やがて、溜め息とともにひとつの結論がこぼれ落ちた。
「慧可珪素置換症が着実に進んでいる。大気の汚染がひどいからか……いまは二の腕までだが、そう遠くないうちに肩まで行くだろう」
「…………」
「それ以前に、ネクロイドとしてのパフォーマンスが下がっている。情報流体の損耗か……あるいは指示式を更新する時期が来ているのかもしれない」
「不要です。ツェオは完全に完璧です」
「……わかっている。だが、細部のオーバーホールだけは行いたい。関節や神経系も傷んでいる。情報流体の再接種、可能なら指示式の更新が必要だ」
「ツェオは」
「──でなければ、俺たちは闘う術をうしなって死ぬだけだ」
「…………」
「俺は必ず、星の雫をこの手にする。そしておまえを、人間にする。だから、俺の言うことを聞け、ツェオ」
「…………」
次の〝島〟を見つけたら、そこで応急処置を行う。
有無を言わせぬ調子でゲオルグがそう告げると、少女はゆっくりと目を閉じ、やがて、こくりと頷いた。
「ヤー、マイスター。御心のままに」
その言葉には、感情のいっぺんすら含有されていないことを、ゲオルグは知っていた。
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