第22話 寛ぎの一時
移動時間は三十分程だっただろうか。山道を抜けた先に、立派な造りの一軒家が建っていた。生垣の傍らと玄関の軒先には『民宿
家に上がると、安心感と懐かしさが込み上げてくる、良い雰囲気の玄関先だった。こけしや赤べこ、だるまが置かれているところがそれを盛り上げているように思えた。
「今日は従業員もおりませんので、地元に帰省したと思って、どうぞお寛ぎください。あ、タオル持ってきますので、少々お待ち下さい」
母親改めモエさんは口早にそう言って、奥へ消えた。まもなくバスタオルを抱えて戻ってきた。あぁ、ふかふかで気持ちいい。
「お部屋はどのようされますか?」
「一部屋でいいよね」
雨祗ちゃんは小声で僕たちに聞いた。
「こんな
満ちゃんが不満を露わにした。
「大丈夫、こうちゃんは紳士だよ。ねっ、こうちゃん」
「う、うん……」
そんな風に尋ねられたら「うん」以外に答えようがないじゃないか。
「それに万が一を考えてね。お願い、満ちゃん」
満ちゃんは渋い顔をして、鼻を鳴らした。了解してくれたらしい。
「スミマセン、一部屋でお願いします」
「わかりました。トモル、皆さんを『卯月の間』に案内してくれる?」
「リョーカイ!」
「カリンはお夕食の準備を手伝ってちょうだい」
「……うん」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こっちこっち!」
トモル君の元気な案内の元、僕たちは部屋に案内された。八畳間の和室に、二畳くらいの広さのテラスがある間取りだ。テラスの端には洗面台が備わっている。
「どうぞごゆっくり! あ、ご飯の時間、聞いてくるね!」
トモル君は嵐のような忙しさで立ち去った。
「あぁ~、疲れたぁ~」
満ちゃんはウエストポーチを外して部屋の隅へと投げると、ゴロンと畳に寝転んだ。ショートパンツの隙間が大きく開く。
「満ちゃん、よくこんな状況で寛げるね……」
「こっちはずーっと神経張ってたんだ。ちょっとくらい寛がせろ」
弁当の件といいメッセージのやり取りといい、とてもそうには見えなったけど、まぁ邪魔はしないでおこう。
「今さっき白露さんから連絡が来たよ」
雨祗ちゃんは座イスに腰を預け、スマホを見ながら言った。
「『そちらはお任せします』だって」
「えっ、それだけ? もっと他に連絡事項あるでしょ?」
「まぁ、その辺はほら、ねぇ?」
雨祗ちゃんは人差し指を立て、側面を唇に当てた。「しーっ!」のポーズだ。
「今から出発するわけだけど、こうちゃん、これだけは頭に入れておいてほしいんだ」
病室を出る直前、雨祗ちゃんは僕に言った。
「なぁに?」
「ここを出たら、陽炎石火の名前は絶対に出さないでね。それとその
「誰が聞いてるかわかないから?」
「そう。例え周りに人がいなかったとしても、行く先々に盗聴器が仕掛けられているかもしれない。メッセージを送るにしてもそう。院内はほぼ絶対安全だけど、一歩外を出たら、常に傍受されていると思って、慎重に行動してね」
「相手は鬼婆一人でしょ? さすがに神経質すぎない?」
「人数はまだ把握しきれてないよ。それに日鷹の人間が関わってるからね、ハイテク駆使して、私たちの動きを監視している可能性があるわけだよ」
「なる、ほど……」
「まぁ、とにもかくにも『しーっ!』だよ」
満ちゃんの行動を否定しまった矢先だが、確かに合間を見つけて気を休めないといけない。仕方なく、雨祗ちゃんの前の座イスに腰を下ろした。思わず溜め息が漏れた。僕でさえこれ程疲労しているのだから、二人はその倍以上疲労していてもおかしくないだろう。ゴメン、満ちゃん。
無言の時間がしばらく続いた。すると、部屋の外からドタバタと足音が聞えてきた。案の定トモル君が元気に現れた。
「ご飯は六時くらいからでいい?!」
「うん、いいよ」
雨祗ちゃんが答えた。
「OK! 楽しみにしててねー!」
トモル君は嵐のように去って行った。
ふと僕は気づいてしまった。頃合いを見計らい、雨祗ちゃんに小声で尋ねる。
「ご飯、食べて大丈夫なの?」
「えっ? 私、別にお腹の調子とか悪くないよ?」
「そう言うことじゃなくって……! ほら、何か危ないものが混入されてるかもしれないじゃないか……!」
すると雨祗ちゃんは目を丸くした。
「モエさんたちを疑っているの?」
「えっ!? あっ、い、いや、そういうわけじゃ……!」
「なら何も心配ないじゃん。疲れてるんだし、お腹一杯食べようよ、ねっ?」
どうして雨祗ちゃんの「ねっ?」には、こんなにも有無を言わせないのだろうか。僕は頷く他なかった。
満ちゃんを一瞥する。満ちゃんなら何か物申してくれるのではと期待した。しかし満ちゃんはいまだ、畳の上をゴロゴロと寝そべっていた。トモル君が来た時も微動だにしなかった。「腹減った~」などとぼやいてもいる。さらには座卓の上のリモコンを、行基悪くかつ器用に足で落として、テレビをつけた。全然ちょっとくらいの寛ぎじゃない。さっきの僕の陳謝の気持ちを返してほしい。
その後夕食の時間まで、僕と雨祗ちゃんはトランプやリバーシをして時間を潰した。もちろん僕は一勝もできなかった。いずれも完敗、清々しいほどの完敗だ。
「こうちゃん、ホントに弱いね」
雨祗ちゃんは僕を
「雨祗ちゃんが強すぎるんだよ。僕はジャンケンですら、一度も雨祗ちゃんに勝ったことない」
「ん~、ゲームの腕前の話じゃなくってさ、気持ちの話だよ」
「気持ち?」
雨祗ちゃんは真っ白なリバーシを片付け始めた。
「こうちゃんって、一度だって私に『勝とう』って思って勝負したこと、ないでしょ? そんな弱い気持ちのままじゃ、どんなに小さな運だってついてこないよ」
「そんなこと言われたって……一度も勝ったことない相手に対して、勝機なんて見いだせないよ」
「まぁ、そう唇尖らせないでよ」
「尖らせてないよ」
「尖ってるぞ~」
満ちゃんに口を挟まれた。今の今までスゥスゥ寝てたくせに。
「要はね、精神論だけど、『絶対に勝つ!』っていう意思があれば、相手を多少なりとも怖気づかせることができるんだよ。それによって勝利への糸口を掴むことに繋がるってわけ」
「……じゃあ聞くけど、気持ちを強くするにはどうすればいいのさ?」
「自己暗示が一番だね。『僕は強い! 僕なら勝てる!』って心の中で唱え続けるの。やる時間は数秒でも大丈夫だよ」
その程度のことで気持ちが強くなれるならどんなに楽なことか。とは言え、雨祗ちゃんからのアドバイスだ。それなりに信憑性は感じた。
「とりあえずやってみるよ」
「うん、やってみて!」
雨祗ちゃん、凄く嬉しそうに返した。
ほどなく「失礼しまーす!」と部屋の外から声が聞こえてきた。トモル君の声だ。そして襖が開いて、彼が現れる。よほど急いで来たのか、息が切れていた。
「ご飯、準備できたよー! 食堂に、来てくださーい!」
「うん、今行くね」
僕たちは身支度を整え、部屋をあとにした。
食堂は質素だが温かい印象を受ける雰囲気だった。そして食卓に並ぶ食事も、筑前煮や豚の生姜焼きなど、煌びやかではないが思わずかき込みたくなる美味しそうな料理が並んでいた。昼にあれだけ駅弁を食べたのに、やはり食欲は抑えられなかった。
僕の左隣の椅子に雨祗ちゃん、斜向かいに満ちゃんが座る。
「どうぞ沢山食べてくださいね。おかわりも出来ますから」
モエさんはおひつからご飯を装いながら言った。優しい表情だ。僕にも母親がいたら、こんな感じなのだろうか。
「いただきまーす!」
「いただきます」
雨祗ちゃんも満ちゃんも、何の躊躇もなく食べ始めた。そう言えば満ちゃんも目茶苦茶食べる人だった。それほどの早さはないが、モリモリと食事が進んでいく。
僕はまだ半信半疑であるけれど、結局はこの美味しそうな匂いに誘われ、口に運んでしまった。そして見立て通りのおいしさに、僕も箸が止まらなかった。ご馳走様でした。
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