第21話 思わぬ再会
電車はほどなく五百川駅に到着した。
乗客の一人、大学生くらいの男性がボタンを押してドアを開けると、ブワー! っと雨風が車内に入り込んできた。予想以上の強さに僕は思わず身構えた。ドア付近に座っていなくてよかった。
乗客たちは、ホームに降りて足早に屋根のある階段へと移動するか、反対側のホームに停まっていた上りの電車に駆け込むかのどちらかの行動を取る。そのほとんどが後者だった。ホームを走り、
駅舎は、豆腐のように四角く白い、こぢんまりかつ簡素なものだった。改札は四角い筒状の簡易なIC改札機が一機あるだけ。駅員の姿は見当たらなず、そればかりか駅員室もない。幸い待合室とトイレはあった。
これがいわゆる無人駅か。想像以上の物寂しさだ。
僕たちは改札で精算を済ませ、待合室に入った。それなりの広さがあるせいで、物寂しさがかえって際立つ。
「ったく、災難続きだな」
満ちゃんは、線路側の窓辺に設けられていたベンチの端に足を組んで座った。
「こんなコンビニもねぇ駅で待つのかよ。あまりに暇すぎて一人ロシアンルーレットおっぱじめちまうぞ」
向かいの窓を見ると、ただ広いだけの空間があった。おそらくは駐車場なのだろう。一台の白いワゴン車がポツンと停めてあった。それ以外には特に目立ったものは見当たらない。というより、雨で視界が悪くて何があるかわからない。
「リバーシならあるよ」
雨祗ちゃんが横開きのドアの前から言った。
「やるにしても、お前とはもうぜってーやらねぇよ」
「じゃあトランプにする?」
「しねぇよ」
「ならモノポリーは? あ、ダイアモンドゲーム方がいい? ルール簡単だし」
「何でそんなにラインナップが充実してんだよ……」
「ともかく今は気長に待ちましょう」
白露さんは駐車場側のベンチに座った。
「今し方連絡を入れました。一時間もしないうちに迎えの車がーー」
「うわああ、濡れちゃったねー!」
「あめあめー! あははー!」
「ビチャビチャ嫌……」
その時、外から複数人の声が聞こえてきた。見ると、一番ホームから小さい男の子とそれよりも二回りほど大きい女の子、そしてうら若い女性が駅舎に駆けこんできた。誰がどう見ても彼らは親子だろう。自分たち以外は皆上りの電車に乗り換えたものと思いこんでいた。
――あれ? 何だか見覚えがあるような……。
「あれ?」
男の子がこちらを見て首を傾げた。
「お姉ちゃん?」
ややあって、雨祗ちゃんが声を上げた。
「あっ、トモル君じゃん!」
そうだ、思い出した。東京駅で雨祗ちゃんが助けた迷子の男の子だ。
「わぁ、お姉ちゃーんだー!」
トモル君はパッと表情を明るくして雨祗ちゃんに抱きついて来た。雨に濡れていてもお構いなしだ。
「こらトモル、止めなさい! 天杜さんが濡れちゃうでしょ!」
母親が慌てて駆け寄ってきて、雨祗ちゃんからトモル君を引き剥がした。そして僕たちに繰り返し頭を下げた。
「天杜さん、蛇目さん、その節は本当にお世話になりました。まさかまたこんな所でお会いするなんて……」
「いえいえ、それほどでも」
雨祗ちゃんは濡れたところをまるで気にしない様子で言う。
「それにしても本当に奇遇ですね。雨で電車が運行停止にならなかったら、こんなこともなかったでしょうに」
「えぇ、本当に。もしかして二人もこの近くに住んでいるんですか?」
「えっ? あぁ、いいえ。もう少し先まで行きたかったんですけど、電車止まっちゃったからどうしようかなぁって、ねっ」
雨祗ちゃんが僕に話を振ってきた。そういうの本当に困るんだけど……。
「そ、そうなんですよ。取り敢えず降りてはみたんですが、やっぱり一旦引き返した方がいいですかね? タクシーとかバスもなさそうですし」
「ん~、そうですね。でもこの雨じゃ、タクシーもバスも凄く混雑していて、もしかしたら乗れない可能性がありますね」
「あぁ確かに……」
「それだと一泊して落ち着くのを待った方が無難ですかね」
「そうかもしれませんね。郡山まで戻れば、ホテルも沢山ありますよ。行楽シーズンでもないので、そこまで混雑していないと思いますし」
「お母さん、まだ~?」
母親の背後に立っていた女の子が、母親のシャツの裾を引っ張った。
「あぁ、はいはい、今行くから。ーーすみません、長々と」
「いいえ、どうぞお気をつけて」
「トモル君、カリンちゃん、バイバイ」
雨祗ちゃんはヒラヒラと手を振った。
「ありがとうございます。ほら、トモル、行くわよ」
トモル君は動こうとせず、僕たちのことを見ていた。
「お姉ちゃんたち、ホテルに泊るの?」
「うん。そうするつもり」
「だったらうちに泊りなよ!」
「え?」「へ?」
トモル君は胸を張った。
「僕んち、民宿やってるんだ! 凄いでしょ! ホテルなんかより、全然広いんだから!」
「そう、なんですか?」
「は、はい……細々とですが」
僕が質問すると、母親は遠慮気味に答えた。
「ねぇねぇ、お母さん、いいでしょ? 泊まってもらおうよ。どうせ今日誰もお客さん来ないし、僕、お姉ちゃんたちに沢山お礼できるよ。ねぇ、お姉ちゃんたち、うちに泊まってってよ!」
母親はトモル君と僕たちのことを、困った表情で繰り返し見た。ご好意に甘えたい気持ちもあるが、悪い気もしてしまう。僕が返答に困っていると、雨祗ちゃんはその場にしゃがんで、トモル君に話しかける。
「トモル君、お手伝いできるの?」
「うん、できるよ! ご飯だって運べるし、お布団だって綺麗にひけるんだから!」
「私たち、あのベンチに座ってるお姉ちゃんも一緒なんだけど、それでもいつも以上にお手伝いできるかな?」
雨祗ちゃんは満ちゃんを指差しながら言った。えっ、白露さんは?
「うん、もちろんできるよ!」
雨祗ちゃんはにこやかにトモル君の濡れた頭を撫でた。そして母親の顔を見上げた。
「トモル君、頑張ってくれるみたいなんで、お言葉に甘えさせて頂いてよろしいですか?」
「すみません、気を遣って頂いて……。車を近くまで持ってきますので、少々お待ち下さい」
母親は小走りで大雨の中へ駆けて行った。そして広いだけの駐車場にあった白いワゴンに乗って、出入り口のすぐ近くにつけた。
「満ちゃん、行くよ―」
「あ、あぁ……」
白露さんを残し、僕らはワゴンに乗り込んだ。僕と満ちゃんが後部座席、トモル君と雨祗ちゃんが中部座席、カリンちゃんが助手席に着いている。
「ねぇ、あのお面の人はお姉ちゃんたちのお友だちじゃないの?」
「ううん、違うよ。たまたま一緒になっただけ」
「あの! あなたも乗っていかれますか?!」
母親は窓を開けて白露さんに呼び掛けた。すると白露さんは、顔の前で素早く手の平を振り、遠慮の態度を示した。そう言えばこの人、人見知りだった。
車は速やかに走り出した。白露さんの姿は間もなく見えなくなった。
僕は雨祗ちゃんにメッセージを送った。
『何で白露さん置いて行ったのさ』
『白露さんって、あぁ見えて隠密行動が得意な人だからね むしろ私たちと別行動を取って、何かあった時に助けてもらう感じにしてもらった方がいいと思ってね 無理言ってそうしてもらったんだ』
『もらったんだって、いつの間にそんな算段をつけたんですか』
『アイコンタクトで』
マジかよ。まぁ、お互いの了解が取れているのならいいか。これで一方的にやられていたことだったら、白露さんはきっとこの雨よりも激しく泣いているに違いない。
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