第17話 二人の同行者

 今朝早く僕は退院し、雨祗ちゃんと共に集合場所である東京駅へ向かった。そこで残り二人の同行者と顔を合わせることになっている。


「いい加減誰がいるのか教えてくれてくれない?」


「ここまで来たら、誰がいるのか期待してた方が楽しいと思うよ」


 期待ねぇ……。とてもそんなワクワクドキドキしていられる心境ではない。その上、僕が苦手とする人物――例えば煌星きらら――が待ち合わせていたらと思うと、いっそのこと逃げ出してしまいたくなる。


 東京駅の待ち合わせスポットとして名高い『銀の鈴』。そこに見覚えのある二人の人物がいた。


「お久しぶりでございます、黄道様。見違えるようにご立派になられましたね」


 一人は、鴻森こうもり白露はくろさんだった。


 高身長かつスレンダーなボディ、高く結った黒髪、ストライプが入った紺のスーツを完璧に着こなしている姿は、まさに仕事ができるカッコイイお姉様という印象を受ける。少しハスキーな声色とハキハキとした口調も相まって、この人になら、執拗になぶられても喜ばしく思えてしまいそうだった。


 だがその顔につけている、お祭りの出店でよく見かけるプラスチック製のお面が、その雰囲気を台無しにしていた。無機質な笑顔を振り撒くキャラクターの顔が、ピエロのような恐ろしさを醸し出して、近寄り難かった。


「お久しぶりです、白露さん」


 僕は会釈した。


「多分足を引っ張ることしかできないですけど、どうぞよろしくお願いします」


「そんなことはございません。私も若輩ものではございますが、鴻森の名に恥じぬよう、黄道様と雨祗様を全力でお守り致します」


 天下の天杜家は四つの分家を抱えている。蛇目じゃのめ家、虎雨とらがめ家、鬼洗おにあらい家、そして鴻森家の四つだ。僕の家の蛇目家が、天杜家が立ち上げた企業や施設の経営や管理などを任させているのと同じように、各家には、天杜家との特徴的な関係がある。


 鴻森家の人たちは、天杜家専属の諜報部隊に属している人が多い。世界に大きな影響力があり、表にも裏にも敵が多い天杜であるからに、スパイや忍者と呼べるような人員も多く必要としているのだろう。


 雨祗ちゃんの話によれば、白露さんはその中でも選りすぐりのエージェントだそうだ。それゆえに素顔を晒すことを控えているのかもしれないけれど、そのセンスはいかがなものか……。


「白露さん、そのお面はさすがに似合ってないよ。取った方がよくない?」


 雨祗ちゃんは単刀直入に言った。今日はプリントTシャツとオーバーオールという格好で、髪型はいつも通りのお下げだ。


「えっ、に、似合っていませんか? わたくしとしては一目惚れしたほどに気に入っているのですが……」


 あ、気に入っているんだ。というかその口ぶりだと自分で買ったっぽいな。


「それとわたくし、雨祗様の見目麗しいお顔を見ると顔が真っ赤になって何も手につかなくなってしまう性分ですので、申し訳ございませんがこのままでいさせてください」


「あぁ、そう言えばそうだったね。OK、そのままでいいよ」


「ありがとうございます」


 まぁ、お面を被っていること除けば頼れる人だから心配はない。問題はもう一人の方だ。


「ったく、天杜の身内どもは変人しかいねぇのかよ」


 あなたの家も大概だと思いますよ、とは言えなかった。満ちゃんの鋭い目は、そうさせるのに十分な効果があった。


 敵だったはずの満ちゃんが同行する理由。それは今回のターゲットである陽牢石火と直接面識があることと、その情報を教える代わりに同行させろと、本人からの強い要望、あるいは要求があったからである。抹殺されてもおかしくない状況でそんなことをいう満ちゃんも凄い。そしてそれを快諾した雨祗ちゃんも大概だ。


「昨日の敵は今日の友」という古い言葉があるけれど、僕はどうにも彼女に苦手意識を持ってしまった。今日の彼女の服装、大きめの半袖のパーカーにショートパンツ、そしてウエストポーチいう快活で可愛らしいコーディネートには、目に嬉しいものだ。でも言葉遣いと表情は相変わらずで、どうにも仲良くなれる気がしない。


 姉の望ちゃんは絵に描いたような天真爛漫な人なのに……。姉妹でこんなに差が出るものなのか。


 ちなみに望ちゃんは、今もなお入院中だ。きっと今日も手のリハビリに励んでいるはずだ。そんな状態では、さすがに同行するのは無理があった。もとより、望ちゃんは陽牢石火に会っていないそうで、そのカードを切ることはできなかった。


「夕屋満、私のことはともかく、天杜家のことをけなすのは聞き捨てならないですね」


 満ちゃんの発言を聞き、白露さんは一本前に出た。


「ほぅ、だったら何だっていうんだ? 私をメチャクチャのグチャグチャに殺しちまおうってのか?」


「それ以上雨祗様を冒涜ぼうとくするような言動をしたならば、それもやむを得えません」


「はっ、鴻森だか子守りだか知らねぇが、テメェみたいな恥ずかしがり屋の照れ子ちゃんは、テメェの血で顔が真っ赤に染まってるのがお似合いだ」


「殺し屋としてはまったくのヒヨッ子のくせに、威勢だけは一人前ですね。それなら私は、あなたの死に顔を象った純白のデスマスクを作ってプレゼントして差し上げましょう」


 満ちゃんと白露さんは人目を気にせず、ジリジリといがみ合う。


 僕は二人の間に入り、懸命に二人を落ち着かせた。その間、雨祗ちゃんは必死に笑い堪えていた。


 こんな調子でこの先大丈夫なのか? その時はそう思っていたけれど、だが今では、そんな心配が小さく思えるほどの厄介事が立て続けに起こり、最早呆れてしまうほどだった。


 まず、白露さんが外国人観光客から声を掛けられまくった。くだんのお面が要因だ。「カッコイイお面だね。どこで買ったんだい?」とか「あなたもそのアニメのファンなの? 私もなのよ。写真撮ってもいいかしら?」とか「これから仮面舞踏会にでも行くの? 良い個性しているわね」などと言われまくっていた。


 最初は恥ずかしがって雨祗ちゃんの後ろに隠れていた白露さんだったが、お気に入りのお面を褒められたら嬉しくならないわけがない。いつしか前に出て、悠長かつ自慢げにお面の説明をしていた。


 その間に雨祗ちゃんが、どこからともなく男の子を連れてきた。どうやら迷子らしい。そんなのは駅員や鉄道警察に任せればいいものの、雨祗ちゃんは勇んで男の子の親を捜した。具体的にやったことと言えば、男の子の名前と誰と来たのか、そしてこれから行く予定の場所を聞いて、十分程度駅構内を歩いただけだったが。


 男の子の同行者である母親と姉はすぐに見つかった。たまたま近くにいたのか、それとも雨祗ちゃんが超絶な推理をしていたのかは定かではない。ともあれ一見落着と、白露さんの元へ戻った。


 その隙に満ちゃんが迷子になっていた。連絡手段も手掛かりもないからに、三人手分けして捜し回った。


 三十分近くかかってようやく、僕が満ちゃんを発見した。駅ナカにある売店で、阿保みたいに弁当を買っていたのだ。「そんなに買ってどうするんですか!」かと半ばキレ気味に尋ねたところ、「全部食う以外にあるかよ」と平然と答えたので、それ以上は何も言えなかった。


 ともあれ、これで一段落だと思っていたところ、白露さんが新幹線の出発時間を間違えて覚えていたことが発覚した。満ちゃんと合流したことを電話で知らせた際、本人からそう告げられた。僕と満ちゃんは懸命に駅構内を走り、出発二分前に乗車した。その直後に雨祗ちゃんが乗車、軽く迷子になっていた白露さんは、出発ベルが鳴り終わった瞬間に乗車した。


 乗ってからも、席の座り方で悶着が起こった。雨祗ちゃんは僕の隣を激しく所望していたのだが、そうすると白露さんと満ちゃんが隣になってしまうので、それを避けるために僕は雨祗ちゃんを説得して白露さんの隣に座ったのだけれど、雨祗ちゃんが前の座席を回転させたものだから、今度は白露さんと満ちゃんが通路側の席で向かい合う形になって険悪なムードになり、それを改善するため僕が通路側に座ろうと提案したら、雨祗ちゃんがご立腹してしまいそれを必死に宥め……と言う過程がダラダラとあったのだ。


 揉め事はまだ終わらない。その後間もなく、満ちゃんの弁当を羨ましがった雨祗ちゃんが、お弁当を賭けてリバーシで勝負することになった。何故そんなものを持ってきているのかがそもそも疑問だが、この際無視しよう。


 一回勝負のはずだったが、雨祗ちゃんがたった十手で満ちゃんに勝利したため、満ちゃんは再戦を要求。今度は最後までゲームが進行したものの、五十石以上の差をつけて雨祗ちゃんが圧勝した。それでもまだ納得がいかない満ちゃんが再々戦を申し込んだところで、今に至る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る