第11話 鎌と死神

 目を開けると――またしても目をつぶっていたのか――、何十本もの蝋燭の火が揺らめいていた。十畳ほどの広さの部屋の床に、僕を囲うような形でそれらが散在する。それ以外には、正面に鉄製のドア、天井に通気孔があるだけ空間だった。


 額から汗が流れた。これだけの蝋燭が揃うと、熱量もそれなりだ。無意識に汗を拭おうとしたが、腕が動かない。


 見ると、十字架型の金属板と太い金属の輪っかによって、手首や首、胴、足首が固定されていた。いや拘束されているといった方が的確だろう。


 何がどうなっているんだ。望ちゃんにアトリエに呼ばれて、望ちゃんが描いた漫画を読ませてもらって、雑談を交わしているうちに強烈な眠気に襲われて――まさか……。


 いや、そんなことがあるわけない。早合点もいいところだ。きっと望ちゃんも別の部屋に、同じように閉じ込められているんだ。


 助けに行かなくちゃ。力任せに身体を激しく動かしてみる。無論、まったくの徒労に終わった。


 痛みが引くのを待っていると、ガチャ! と音が聞えた。ほどなく無骨なドアがゆっくりと開く。そして望ちゃんが姿を現した。


 咄嗟に声をかけようとしたけれど、その言葉は喉の奥へと引っ込んでしまった。


 望ちゃんは巨大な鎌を持っていた。それはまるで三日月を竿で突き刺しにしたような、特徴的な形だった。鎌と言うよりは斧に近いのかもしれない。望ちゃんの身長から鑑みて、柄は170cm程度、刃の部分は50cmはあるだろう。柄の先に小さな槍が付属しているからに、もう少し長さがあるかもしれない。


 服装も特徴的だった。ワンピースと呼べばいいのだろうか。真っ黒な一枚布の服で、袖が長い半面、スカート部分は結構短い。スラッと長い脚を拝むことができた。それはさておき、それら二つの要素は、さながら死神を彷彿とさせた。


「やっほー、黄道さん。気分はいかがかな?」


 望ちゃんは普段通りの溌剌とした調子で言った。


「……良くも悪くもない感じです」


「そっかそっか、それはよかった。アハハハー!」


 望ちゃんの笑い声が木霊する。魔女のような甲高い声だ。こんな笑い方をする人だったのか?


「これは一体、どういう状況なの?」


「あなたはどう解釈します?」


「……拉致された?」


「ほぅ、誰に?」


「望ちゃん、に……」


「ん~、その回答は七十点ってところかな」


 望ちゃんは鎌を肩に載せる。


「正解は『私とみちるんの二人の手によって、とある地下室に拉致監禁されている』でしたー。いやー、残念だったね。正解したところで何もないけど」


「どうしてそんなことを……」


 望ちゃんは不敵な笑みを浮かべながら僕に近づいてきた。蝋燭の間を滑るように抜けると、一瞬で三日月の鎌を僕の首に添わせた。氷のような冷たさを感じ、汗が一気に引いたような心地になる。首筋を液体が流れた感覚があったが、それが汗か血かの判断はつかなかった。


「女の子の身の上話はちゃんと聞いた方がいいですよ? もしも私が短気な性格だったら、このまま首落とされてても仕方がないんだから」


「ご、ごめんなさい……」


 謝ってどうするんだよ、とは思ったものの、間もなく望ちゃんは鎌を僕の首から下げてくれた。


「もう一回説明しますけど、私の家系は代々、殺し屋を生業なりわいとしているんですよ」


「こ、殺し屋?!」


 僕の声は情けないほどに裏返る。


「その界隈では『血染めの夕屋家』って呼ばれてましてね、まさに夕焼けの如く、現場をターゲットの血で染め上げることで有名な一族なんです。中には、毎度部屋を血で真っ赤に塗りたくったり、殺したターゲットを血の風呂に浸からせたりする人たちもいて。まぁ要は、かなり頭いっちゃってる系の血筋なんですよ、ハッハッハー!」


 望ちゃんが何に対して笑っているのかわからないけど、僕はそれに合わせて浅く笑った。


「まぁ、親は比較的普通なんですよ。でも子どもの頃、漫画家になりたいって言ったら、『親子の縁を切る!』って言いながら、デッカイはさみで首切られそうになって大変でした。どこぞのホラーゲームかよって話ですよね」


 さすがに笑えなかった。僕の胸の内の不安がゆっくりと膨らんでいくのを感じた。


「望ちゃんと満ちゃんも……そういう一面があるの?」


「ん~、まぁ親戚たちから死神姉妹って呼ばれるくらいには、死に対しては興味がありましたね。小さい頃は近所の野良猫捕まえてきて、部位とか場所によってどんな風に血が出るかとか観察しただとか、徹底的に血を抜いてみたりその血を他の猫に全部注入してみたり、色んなことしましたね。今となっては良い思い出です」


 その様子は、僕の貧相な想像力では描ききれなかった。むしろ想像できくて幸いだったかもしれない。


「ゆーても、今までは親戚の仕事の手伝いやらされてただけで、二人だけで仕事するのは今回が初めてです。……いや、これが最初で最後にしたいところですね。この依頼が成功したら、私が漫画家の道に進むのを許してくれるって、言われてるから。その兼ね合いもあって、さっきから緊張で心臓が破裂しそうです」


 その口ぶりからして、依頼主は両親なのかもしれない。そして緊張していると言っている割に笑顔が見え隠れしているあたり、望ちゃんもやはり、あちら側の人なのだろう。


「一応確認しておくけど、その仕事のターゲットって……」


「はい、あなたです」


 ショックは少なかったけれど、馬鹿みたいに早い鼓動は感じた。


「どうして、そんなことを?」


「もちろん依頼されたからですよ」


「誰に? 何の理由で?」


「そんな重要なこと、私の口から言えるはずないじゃないですか」


 一体何なんだ? この間の雷親父といい、どうしてこうも立て続けに命を狙われなくちゃならないんだ?


「ホント、『どうして?』って感じの顔ですね」


 望ちゃんの顔が、僕にグッと近づいてきた。今にも唇と唇がくっついてしまいそうになっている高揚感と、目と鼻の先にある鎌の刃に対する恐怖感とで、体が熱いのか寒いのか、よくわからなくなる。


「それじゃあ、特別にヒントをあげましょう。依頼を受けた時、一枚の紙を渡されたんですけど、そこに書かれてた名前、実は『蛇目黄道』じゃなかったんです」


「えっ? でもさっきは僕を殺すことが仕事って――」


 望ちゃんは薄っすらと笑みを浮かべた。これぞまさに死神の笑みかと思うほど、恐怖心を煽られる表情だった。


「そこにはね、『晴烈白虹はれつ きよし』って書いてあったんです」


 途端、僕の体から鉄砲水のように汗が一斉に吹き出し、爆発したように強く心臓が鼓動した。


「な、何でそんなこと、望ちゃんが知ってるの……!?」


「だからさ、そんな重要なこと、私の口からは言えないんですって。その辺の事情は察してくださいよ、ねぇ、晴烈白虹さん?」


 僕は黙ることしかできなかった。口から言葉が出てこないというよりも、頭の中に言葉が溢れて整理ができないかった。

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