第6話 三つの質問
階段を慎重に降りながら、僕は雨祗ちゃんに尋ねる。
「お疲れのとこ悪いんだけど、三つだけ質問していい?」
「スリーサイズはね――」
「聞いてないよ」
聞いたとしても、その数値にはまるで期待できないだろう。背中から伝わる柔らかさは皆無に等しい。
「まず、その格好は何?」
ずっと触れていなかったが、雨祗ちゃんは社交ダンスで着るような服装だった。ドレスの色は真紅、スカートの丈が短くて、まるで牡丹の花のようにフリルが幾重にも層を作っているデザインだ。靴も同じく真紅で、本革張りのパンプスだ。それだけなら違和感ないのだが、赤いフレームの眼鏡と三つ編みのお下げが普段通りであるからに、少々ミスマッチに思えた。
「あぁこれ? 放課後に言ったこと覚えてない? 今日裁縫教室に行って来てね、そこ作ったんだ。ローブもセットでね。あ、靴と鞄は昨日作ったやつね。似合ってるでしょ?」
そこは「似合ってるでしょ?」ではなく「よくできてるでしょ?」とか普通の人は言うのだろう。少なくとも僕ならそう言う。
でも雨祗ちゃんには、今回初めて本格的にやったであろう裁縫や革細工においても、それができてしまう。彼女にとって「やればできる」ことは、太陽の周りを地球が回っていることと同じくらい、至極当然のことのようだ。僕は改めてそれを認識した。同時に、雨祗ちゃんが裁縫道具一式を持っていたことに、ようやく納得ができた。
「うん、よく似合ってるよ」
「えへへ。で、次の質問は?」
「どうして僕の居場所がわかったの?」
「教室が終わった後に、スマホでこうちゃんの居場所調べたからだよ」
「今さらっと凄いこと言ったね」
僕のスマホのGPSをキャッチしたのだろうか。でも僕のスマホはしばらくの間圏外だった。まさかとは思うが、僕の身体に発信器か何か埋めこまれているのではなかろうか。
「そしたらあの雷親父と対峙しているところが映ってたからさ、付き添いで一緒だった七夕さんにセスナの運転頼んで、文字通り飛んで来たってわけ」
「そうなの……まぁともあれ助けに来てくれてありがとう」
「当然だよ。こうちゃんがピンチなら、たとえ火の中水の中草の中、どこへだって助けに行くよ」
それが本当にできてしまうのだから、やっぱり雨祗ちゃんは凄い。
「じゃあ最後の質問だけど――」
「ん? 質問にはもう三つ答えたでしょ」
「え、まだ二つ目だよ。三つ目の質問なんていつしたよ?」
「うん、たった今したよ」
「えっ? あっ、えーっ!? それはズルいよ! ノーカンだよ、ノーカン!」
「三つは三つだよ」
雨祗ちゃんの含み笑いが聞こえてきた。くっそ……一本取られた。
「まぁ、そう不貞腐れないでよ。今晩はハンバーグだよ。早く帰ろうよ」
早く家に帰った方がいいことは確かだ。雨祗ちゃんは大丈夫だと言っているが、我慢している可能性は十分にあった。帰って誰かしらに診てもらった方がいい。
ちなみに最後にしようと思っていた質問は「さっき言ってた『デビュー戦』って一体何のこと?」だ。
おおよそ予想はついている。だが、やはり本人の口から直接聞きたい。機会を見つけてもう一度聞くことにしよう。
「あぁそうだ、こうちゃん」
一階に到達したタイミングで雨祗ちゃんは言った。
「今後のために、一つだけ言わせてもらっていい?」
「何?」
「緊急事態だったとは言え、間取りがまったくわかってない建物の上の階を目指して進むなんて、自殺行為以外の何物でもないからね。そういう場合は、重機の周りを回ったりして入口からとっとと逃げた方がいいよ」
「以後気をつけます……」
もとより、以後こんな危険な目に遭わないことがないことを、ひたすらに祈るばかりだ。
「ま、一緒にガンバろ。完璧な人間なんて、この世にはいないんだから」
その言葉は、人によってはきっと嫌味に聞こえるだろう。だが僕は雨祗ちゃんのその言葉が好きだった。雨祗ちゃんのような人も、僕たち凡人と同じようなこと言うのだと安心できるから……いいや、普通に励まされれば嬉しいものだ。
「うん、頑張るよ」
工事現場の前に停まっていた車に乗って、僕たちは無事屋敷に到着した。
玄関に入る前、ふと庭の方を見ると、そこにセスナが止まっていた。学園長から貰ったものを雨祗ちゃんが改造し、僕を助けに来た時に使ったそれに間違いない。そう思う理由は、そのボディには僕の顔写真がデカデカと貼られていたからだ。あれを雷親父や通行人に見られていたかと思うと、顔から火が出そうだ。
「あ、そうだ! 明日セスナで登校しようよ」
「絶対に嫌です」
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