第一章 雷親父/日鷹 雷鳴(Hidaka Raimei)

第1話 地震雷火事オヤジ

 地震雷火事オヤジ。


 世の中にある恐ろしいものを順に並べた表現として使われている。


 いや、使われていると言うほど、使用された場面を思い出せない。だから「使われている」というよりは「用いられている」くらいの言い方がいいだろう。それとなく「表現として存在しているよ」というニュアンスになっていそうな気がする。


 気がするだけです、はい。



 地震。地面が揺れ動くこと。


 地球の断層の運動や火山活動などによって発生する。


 日本に住んでいる限り、この災害からは絶対に逃れられないだろう。


 ひとたび巨大な地震が起きたならば、人類が築き上げてきた文明や文化はあっという間に瓦解する。


なまずが暴れると地震が起きる」という伝承があり、江戸時代には「鯰絵」という錦絵にしきえが広く出回った。


 鯰はともかく、誰かの気まぐれで突然発生するという点では、大変恐ろしい。僕が幼少の頃に起きたあの大震災のことを実例に挙げれば、疑いようはない。



 雷。雲と雲、あるいは雲と地表の間で起きる放電現象のこと。


「神鳴り」が語源と言われる。そのことからわかる通り、古では神の意思によって発生するものとして、人々から恐れられてきた。


 平安時代、菅原道真ふじわらのみちざねの怨霊が起こしたとされる激しい風雨落雷が京都を襲ったが、道真が所有していた桑原という領地だけは雷が落ちなかったという伝説がある。そのことから、雷鳴が聞こえると「桑原、桑原」と唱えるようになった。


 いつの時代においても、あの閃光と爆音は、人を恐怖させるに相応しい。



 火事。建物などが燃えること。


 飲み込むように燃え広がり、あらゆるものを消し炭にしてしまう様子は、いうまでもなく恐ろしい。火は身近な存在でありながら、油断をすれば容赦なく牙を向く。


 被害の規模と進行速度が尋常ではないことから、放火は殺人に次ぐ重罪とされている。


 台所や風呂場によく貼られる「火の用心」のお札は、日本神話に登場する火の神、火之迦具土神ひのかぐつちのかみのご利益があるお札である。そして火之迦具土神がまつられている秋葉神社は、世界的電気街、秋葉原の名前の由来だったりする。



 オヤジ。これは一説には「親父」ではなく「大嵐おおやじ」のことだとされているが、ここでは敢えて親父としよう。


 今のご時世ではすっかり肩身が狭い親父もとより父親だが、バブル期以前くらいまでは、一家を支える大黒柱として君臨していたのだろう。「バッカモーン!」などと声を荒げたり、ちゃぶ台をひっくり返したりして、堂々たる威厳を妻子に示していた画が、漫画やアニメのそれらから目に浮かぶ。


 また近所には必ず「雷さん」だとか「雷親父」などと呼ばれている、怒らせたらそれはもうおっかない大人がいて、子どもたちを厳しくも暖かく見守っていたらしい。それにおいても、空地から一斉に逃げ出す子どもたちの画が容易に想像できた。



 僕は今、くだんの雷親父とはまるで違うけれども、それとは別の意味で恐ろしい雷親父と対峙している。場所は近所の空地ではなく、帰宅途中にある解体工事中のビルの敷地中だ。


 打ち上げたボールで窓ガラスを割ってしまい、怒鳴り散らされるのならまだわかる。だが相手は何も言わず、なおかつ僕が相手に何か粗相をした覚えもないのにも関わらず、僕はそいつから命を狙われている。


 その人物は僕に雷撃を放ってきた。まさに雷親父だ。


 一体どうしてこんな目に……。

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