無才の虹 ~天杜雨祗と殺し屋たち~
紙男
プロローグ 蛇目恒星との一方的会話
突然だがクイズを出題する。「ものごとをうまくやりとげる能力」を意味する言葉を答えろ。
シンキングタイムを設ける必要もないだろう。さぁ、答えろ。
正解、答えは「才能」だ。類語として、才覚、才幹、才腕、器量、素質などが挙げられる。
では次の問題。「才能を持っている人間」を意味する言葉を答えろ。
これは少しだけシンキングタイムを設けてやろう。五……四……三……二……一……零。さぁ、答えは?
そう、「天才」や「秀才」だ。それ以外には、俗才、異才、奇才、鬼才、英才などが類語にある。
では最終問題。先に述べた七つの言葉、天才、秀才、俗才、異才、奇才、鬼才、英才を、劣っている順に並べかえろ。
シンキングタイムは――ほう、必要ないか。なら言ってみろ。
俗才<英才<秀才<異才<天才<奇才<鬼才の順、だな。
正解だ。なんだ、思っていたよりかできるじゃないか。
前置きはこのくらいにしておくか。
私はね、長年疑問に思っていることがあるんだ。それは我らが愛しのお嬢が、先に挙げたカテゴリーのどこに属するのか、ということだ。
今さら説明するまでもないが、お嬢は無尽蔵の才能をお持ちだ。
絵画、彫刻、書道、華道、茶道、舞踊、歌謡、演劇、ピアノやバイオリンなどの楽器の演奏、指揮、作詞作曲、執筆、写真などの芸術系のみならず、陸上競技、球技、水泳、武道、スキーなどのスポーツ、車や重機などの運転、数学、物理学、語学、哲学などの各学問、はたまた占星術や奇術の類いに至るまで、やることなすこと全てに珠玉の業を見ることができる。枚挙に暇がないとはまさにこのことだ。
お嬢が経験していないこともまだまだ沢山あることを考えれば、その可能性は宇宙が如く無限大だろう。
まさに才能の塊。全知全能の女神。天はあのお方に、ニ物や三物では飽き足らず、与えられるだけの万物を与えたと言っても過言ではないはずだ。
だが大変悔しいことに、いずれの分野においても、世界にはお嬢よりも秀でた者が存在する。お嬢よりも秀でているのだから、彼らは間違いなく鬼才だ。するとお嬢は自ずとその下の奇才ということになってしまう。腑に落ちないが、これが現実だ。
しかし、だ。「木を見て森を見ず」ではないが、その鬼才たちに匹敵する才能を無尽蔵に持ち合わせているお嬢の方が、鬼才たちを凌駕していると言っても過言ではないのではないだろか?
このあたりは言わば、スペシャリストとゼネラリストの関係性。どこまで論じても平行線。やるだけ時間の無駄なのかもしれない。
ただ私としては、いや、我々としては、お嬢には常に鬼才として、輝かしく存在していてもらいたいと
さて、ここからがいよいよ本題だ。
私は今さらながら、そして思い出したように、お前に興味が湧いた。蔵の中を整理していたら、幼き日に親戚からプレゼントされた小難しい書物を偶然見つけて、当時は題名しか読まずに「つまらない」と思って放り投げたのに、改めてそれを見て不思議と中身に目を通したいなどと思っているような心境だ。
お前はお嬢とは対極の存在だ。月とスッポンなどという表現では
そんなものに興味を持つなど、長年三ツ星の評価を受けているレストランのオーナーシェフが、赤の他人の幼子が初めて作る目玉焼きを食べたいと言っているようなものだ。論外。同じ土俵に上げるだけでも無礼千万の大羞恥だ。
だが、それゆえに寧ろ、小さな疑問の種が生まれてしまった。何故お嬢は、無才のお前に溢れんばかりの好意を示しているのか、とな。
ウチの家系の者の中には、お嬢への尊敬や敬愛があまりにも強すぎて、お前のことをかの黒光りする害虫以上に嫌悪する輩もいるそうだな。思い当たる節があるだろ?
かく言う私も、お前に興味を持った途端、不覚にもお前に嫉妬を抱いた。聞けば、お嬢が純真無垢な幼き時分だった頃の話といえども、お前に「将来私をお嫁さんにしなさい」などと仰ったというではないか。
そんなことを知ったからには、お前のような無才者に対して、線香花火の火花のよりも小さな嫉妬が心を蝕んでいるのだ。それゆえさすがの私もお前を眼中に入れざるを得なくなった。
疑問が疑問たる理由はもう一つある。これは身内でも、私を含む限られた者しか知らないことだが、お前とお嬢は、いわゆる敵同士の身の上だ。その事実が、かの有名な悲劇の二人と重なるようで少しだけ釈然としないが、そのことについては割愛しよう、話が脱線し過ぎるからな。
およそ二十年前、お前の親族は我らが
それを一人で殲滅させたというのだから、私にとってはさすがは主と感服するところではある。だがそれゆえに、今以上に人畜無害な赤子を、お前を殺さなかった理由がわからず、腑に落ちなかったこともあった。まさかあのお方がお前如きに
今回の一連の事件も、元凶はそこにある。お前さえ殺しておけば、お嬢が怪我をすることもなく、私もお前に嫉妬することもなかったのだ。この怒り、お前にはわかるまい。今回もしぶとく生き残りやがったからに……。今からでも遅くはない、直接この手でお前を殺しておきたいくらいだ。
お前もお前だ。やんごとない理由があったとは言え、お前は、お嬢の父親はもちろん、お嬢や
だなのにお前は、私が見る限り、どこにでもいる普通の無才者だ。殺意も
なぜお前は我々を怨まない? 殺意を向けない? こうして冗長に、饒舌に喋りつつもいまだにその答えを探して頭を働かせているが、一向に答えは見つからない。
釈然としないが、私はお前に問いたい。
天杜家に仕える人間として、お前の便宜上の親として、そして一人の男として問いたい。
お前は我々のことをどう思っている?
もとより、お前はお嬢のことをどう思っているんだ? 答えろ。
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