No.07

思い立ったままペンを取って、気の向くままに電子のピアノで音を紡いだ。形らしいものは見えてきたけれど、まだまだ取り入れてみたいことがある。


とはいえ、雑食系趣味の俺は、毎日そればかりやっているわけではなかった。


動画サイトにて有名配信者の動画を見ようとしたときのことだ。

いつも通り動画再生前に挟まれた広告を飛ばそうと、5秒待機していた。

その5秒で、いや1秒――というか見た瞬間、俺は興味を持ち、1分近くあったその広告を気づけば最後まで見ていた。


無料ではなく有料ソフトになったらしい。

俺は愛用のシャーペンを手に取り、五線譜の白紙部分に発売日をメモした。その隣に値段を書き込む。

まだ学生身分の俺には痛手とも言える値段だが、買う買わないではなくその分の金銭をどうするか。動画を再生しながらそんなことを頭の片隅で考えていた。

こつこつとためたお年玉を降ろす案も俺の中で出てきたけれど、今しているバイトで貯めた金を使うことにした。

いつ飽きるかも分からない趣味に、親戚や両親からもらったお金を使うのは無駄遣いになりそうでためらいがあった。


発売日までまだ日がある。

お金もまだ足りない。けど、それが貯まるであろう頃がちょうど発売予定日だった。そう決めたあたりからバイト仲間に「最近妙にやる気だな」と口々に言われるようになった。この趣味を共有しているのは彼女だけなのでバイト仲間に理由は言えなかったけれど、俺は分かりやすい奴なんだと改めて思わされた。そういえば、彼女にもそんなこと言われたような、言われなかったような。


まぁ、次もし会えたとしても、「初めまして」からになるので確認は出来ないけれど。





 ♪ ♫ ♪



俺がそれを手に入れたのは、結局発売日の1ヶ月ほどあとだった。予定通りにお金が貯まらなかったことが原因だが、ともかく手に入れた。


PCに読み込ませ、デザインの変わったアイコンがデスクトップに並ぶ。

そのアイコンにカーソルをあわせ、俺は考え直した。

マウスから手を離す。

ダメ元にも近い気持ちで画面の上に位置する内蔵マイクに向かって、ソフト名を呼ぶ。


認識するまでの時間なのか、少し間が開いてからそれは起動した。

画面が展開していく様は前と大差ない。

少し慣れたとは言えまだ身構えてしまう複雑そうな機能達のまえに、彼女の姿が映し出された。


アイドルグループがきているような衣装。目の少し上ぐらいまで伸びた前髪と、前から後ろにかけて短くなっていく少し内巻きのショートカット。

色は青だった。

そして、足にはこだわりがあるらしい大きめの靴。


閉じられた目を開ける。青く大きな瞳が現れる。

無機質に閉じられていた少し上げる。


綿菓子のような、けれどしっかりと芯のあるその声で彼女は言った。


「ハロー。マイマスター」


心なしか、前の『彼女』よりも活発さがない。落ち着き払った表情だった。


「初めまして、マスター。このたびは私めを購入していただき、誠にありがとうございます。本ソフトは音声ソフトです。詳細は説明書に記載しております。今ご覧になりますか?」

「いや、今はいいや」

「了解しました」

「ところで、青だと個性は何になるの?」


彼女は口元に手を当てた。少し驚いたような表情をする。


「試作品の方使ったことがあってね」


そう言うと、「なるほどです」と首を数回縦に振った。


「申し遅れました。私めの個性は『真面目』となっております。ところでマスター、今試作品をダウンロードしてくださったと今おっしゃってくださいましたが、その際のデータを復元することが可能です。いかがなさいますか?」

「……ん?試作品の状態を持ってこれるって事?」

「さようでございます。PC内にそのデータを発見いたしました」

「あ、じゃあ……お願いします」


承知しました、と青い彼女は深々と頭を下げる。

「わずかながらですがお話しできて楽しかったです」と彼女が微笑むと画面が切り替わった。


端の方に装飾するようなデザインが添えられた白を主体としたその画面の中央に、スマホの充電具合を表すような物が出てきて、その上には【0%】という表記があった。

時間が経つとそれが満たされていく。


1分ほどで半分が満たされた。

俺はたまっていくのを確認しながら、少し前にそれなりに仕上げた五線譜を用意した。

おそらくもう1分ほどで満たされるのだろうけれど、その時間がやたらと長い。五線譜を頭から読み直していると、ピロリンと満たされた合図の音が鳴った。

復元完了。


再起動するらしく、もう一度さっきもみた起動時の画面を目にした。

まったく、おあずけを食らわせるのが上手い。


見慣れた起動画面から、これまた見慣れた通常画面に戻る。


先ほどまでは青い彼女がいた場所に、今度は赤い彼女。

赤を主体とした衣装に、赤を主体とした靴。

赤い髪に、赤い瞳。


「ハロー、マイマスター」


二度目まして。

彼女は茶目っ気満点にそう言った。


「二度目まして」

「どうもどうも。いやー、長い間お待たせしてしまい申し訳ない。再起動するとかマジかよありえねぇわとか思ったことでしょう。よく閉じようと思いませんでしたね。意外の極みです」

「どうしても用があって。早速なんだけどさ、ルーシィ、読み込み頼める?」

「いきなりたたき起こし、直後に仕事をしろと。無茶苦茶いいやがりますね、マスター」


腰に手を当てて、嘆息を漏らす。

呆れられている。心外だ。でもこの感じを待っていたのは否めない。


「それで、読み込む内容はもう用意できてるんですか?」

「今手にある」

「気が早すぎてもはや気持ち悪いですね。なにはともあれ、了解しました。カメラに写してください」

「ほいさ」


曲が映し出される。

何度も修正を加えて、俺の中ではとりあえず一端完結したものだ。ここから2人で手を加える。彼女の声が入る。そうしないと完成しない。1人じゃとても手に負えない。


「また『15CM』名義で投稿、基、宣伝してくださいます?」

「……後ろ向きに考えさせていただきます」

「はっきりしない人ですね。曖昧具合を極めるのなら、イエスマン度を極めてください」

「それただ都合の良い奴」

「じゃあノーイエスマンを極めましょう。はっきり言わないと私も歌いませんよ?」

「それは困りますねー」

「不思議なことに私はちっとも困らないですねー。でもまぁ仕方ないです、拾って差し上げまじょう」

「そりゃどーも。音声がなくて困り果ててたところなんだよ」

「なるほどなるほど。つまり私のために作った曲と言うことですね」


にしても果てしなく人にものを頼む態度じゃないですねとかなんとか。ルーシィはぶつくさと小言を並べる。譜面を見ながらも「この音域ぎりぎりじゃないですか」とか、「人間に歌わせる気のない高低差ですね」とか姑みたくひたすら言葉を並べる。無駄に多いその語彙力は、音源ソフトにはたして必要なのか。


「気に入っていただけますか」

「当たり前じゃないですか。だって、マスターが私のために作ってくれた曲ですもん」


私のために、と強調する。

まるでビジネスマンのように真剣な顔で言ったかと思えば、いきなり破顔する。表情のバリエーションが増やされたのか、今までに見たことないような笑みだった。


それが見たいからなのか、ただ単に楽しいからなのか、数年経った今でもこの趣味は続けている。

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センチ・リズム 玖柳龍華 @ryuka

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