P 05

『リュートっ、お疲れ様ー……っふふ』


 プリシスの声が半分笑っているのが伝わってきて、僕は混乱の後、むっとした。


「何笑ってんだよ、人が死んだっていうのに」

『いや、だってHP0になる瞬間がちょっとね。おっかしくって。あとリュートは死んでないよ、ちゃんと人間の格好で帰ってきてるじゃん』

「ま、まぁ……。でも何で僕、笑われなきゃいけないんだよ」

『さっきリュートの戦うとこ録画してたし、見てみる? 笑うから』

「う……。何で終わったのか知らないから、見せて、下さい」

『おっけー』


 プリシスから先程まで居た戦場の画面に切り替わる。拳銃を構えた僕と翼を広げたメジョが映っている。まさにこのシーンだった。

 メジョが地を蹴って、僕は拳銃の引き金を引いているようだった。


 一匹のメジョと僕の弾が向かい合うのと同時に、もう一匹のメジョもすぐさま翼を広げたと思えば圧倒的な速さで僕の後ろに回っていたのだ。


『ここからスロー再生ね』


 プリシスの声の後、画面がゆっくりと動き出す。


 え?


「弾が……水!?」 


 驚いたことに、勢い良く発射された水弾がメジョの片頬に潤いと輝きを与えただけで、その直後、僕は前後のメジョたちに叩かれて消えていたのだ。


『ね、笑うでしょっ? くくっ、あははっ』


 プリシスが画面に戻ってきたと思えば今度は口元に手をあてて笑っていた。


「いや全然笑えないって、使えないじゃないか、この拳銃……!」


 と、腰あたりに手を伸ばすが、今は仕事着だった。部屋に戻るとここの服装に戻るのか。仕事着だとなんだか落ち着かないから、普段着に着替えようかな。机にスマートフォンを一度置いた。


『ねぇ。リュートは、さ。信じる……って怖い?』

「え?」


 僕はズボンを履き替える途中で思わず股のあたりを手で押さえた。あ、そうだ、プリシスは画面を向けたところしか見えないんだっけ。今はテーブルの上にあるし、安心して着替えを続ける。


「怖いか……。うーん、信じるのが怖いというか、信じても意味ないかなとは思う……かな」

『はぁうあああ……! だよねぇえ……!』


 スマートフォンの画面から盛大なため息が聴こえて、着替え終わった僕は眉間にシワを寄せてスマートフォンを持ち上げる。


「なんだよっ」

『いやぁ、水鉄砲の理由が分かるっていうか?』

「水鉄砲の理由?」

『私が、あんな戦力にもならない武器を何でリュートに渡さなきゃいけないの。私はいつだって最高の武器と防具をリュートに装備させてるんだよ?』

「え……意味わかんないんですけど……」

『まー……まずは自分がいかに強いかっていうことを思い出さないと、いつまでも水鉄砲と全身激痛かもね』


 いつまでもメジョを潤すだけ。あとあの痛み。また叩かれて終わるなんてそんな惨めな。


「は!? え、それは困るよ、魔物を倒さなきゃいけないんだよね?」

『もっちろん。ヒーローの意味がない。人の命を助けてこそ、自分の命と繋がるんだから』

「あっ」


 人の命を助けて、という言葉に、僕は先程意識が消えかける時の記憶が脳内で蘇った。

 あの時、僕の名を叫ぶ女性の声がしたけど……。


「あのさプリシス、さっき僕の名前叫んだ? その、僕が消える瞬間」

『ううん、笑ってた。あまりにもおっかしかったから』

「おい!」

『ごめんごめん。それよりも、その声はヒロインだね』

「ヒロイン……。どうして僕の名前を知ってたんだろう」

『助けて、聴いてみれば?』

「えっ! 教えてくれないの?」

『謎のままの方が助けるモチベーション上がるでしょう?』

「モチベーションって!」


 突っ込みつつも、確かにさっきよりも助けるという気持ちが増したかもしれない。


『あと、早めに助けたほうがいいと思う』

「え、どうして?」

『彼女にも、あの場所にいるタイムリミットが決まってるから』

「ええええ!? じゃあ、今もその、リミットは近づいて……」

『うん、もちろん。だから、早く自分が強いってこと思い出して、助けなきゃ! じゃないと、リミットきたら虫だよ』


 最後の虫という言葉にどうしても震え上がってしまう。それに、ヒロインの人がこのゲームに巻き込まれているなんて凄く申し訳ないじゃないか。人の命なのに……!

 それに、あんな火事の現場に一人で……。


「って、今もあの火事の中なのか!?」

『そうだよ。じゃ、気を取り直して、行っちゃう?』

「そんな軽いノリで言うなよ! っていうか早く言ってくれよ! 行く、行くよ!」


 プリシス、明らかに楽しんでないか!?

 僕は転送される中で今まで何をやっていたんだと後悔しつつ、腰に装備された拳銃を確かめて強く目をつむり深呼吸した。

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