闘仙クヌギは邪智を許さず

壱 意外なところから触れる核心

 骨丸入道の騒ぎが落ち着いた翌日。

 瀛州えいしゅう癸亥山きがいせん東京府内出張所に、五人の高校生が訪ねてきた。

 先日旧宿で拾った五人だ。幽幻貨の鋼貨との両替の件で、しばらく鳳鳴亭にアルバイトとして預けたのだ。

 椚も店主もそのつもりはなかったのだが、リョウという少年はなかなか道理をわきまえていて、何か恩返しをしたいと言い出したからだ。

 店主と話し合った結果、幽幻貨との両替ではなく、アルバイトをさせてバイト代を払うかたちで幽幻貨を渡すことになったのだった。


「この前はありがとうございました!」

「おう」


 朗らかな笑顔で頭を下げてくるリョウたちとは裏腹に、タイト少年だけはあまり機嫌が良さそうではない。

 リョウがこちらに尊敬の視線を向けることが、気に入らないのだろうか。


「店長から聞きまして、ご挨拶に」

「どうも」

「そいつはわざわざ済まねえな。で、鋼貨は足りたのか?」

「はい。五人で百二十枚もらいました。ありがとうございます!」

「そっか。差し引き二十枚なら売る場所を間違えなければ財産になるぜ。色をつけてくれたってことは、大将から気に入られたんだな」

「ええ、でも」


 と、椚の言葉にタイト少年以外は首を横に振った。


「また飯を食いに来たければ椚さんに連れてきてもらえって」

「あんまり妖魔の世界に足を突っ込むもんじゃねえよ」

「いやあ、あそこの飯だけはなんつーか」


 こりこりと頭を掻く四人。

 と、椚はじっとりとこちらを見るタイトの視線にそろそろ反応してやることにした。


「で、タイトとか言ったか。さっきからどうした?」

「ああ、こいつ鋼貨を金に換えようって聞かないんですよ。あの店の飯を食って感動しないなんて間違ってるって!」

「椚様、そのう」


 椚の後ろに立っている大葉が、何とも言えない表情で声をかけてくる。


「何だよ?」

「もしかして、椚様。この前」

「おう、お前が留守だったから木乃香と一緒に鳳鳴亭にな」

「なぁっ⁉」


 愕然とした大葉に、飲み物を運んできた木乃香が何やら勝ち誇ったような表情を浮かべる。

 別に話す必要もなかったので伝えていなかったのだが、大葉にとっては大きなショックだったらしい。一応人目もあるので食って掛かってくるようなことはなかったが、ずいぶんと恨みがましい目で見てくる。

 ともあれ、椚にとっては大葉よりもリョウたちが大事だ。


「俺もそっちを勧めるぞ。拝み屋や祓い師なんて、命を抵当に入れて金を稼ぐような真っ当じゃない商売だ。鋼貨なんてさっさと売り払って人間らしい生活に戻った方が良い。ああ、鋼貨の処分先については相談に乗ってやってもいい。値段を高くつけている奴を相手にするなら、お前たちの姿ナリじゃあちょっと危ないから」

「えっと、その」

「だから、何で僕たちより小さな君にそんなに偉そうなことを言われなきゃならないのさ!」


 とうとうタイトが激昂した。

 ずっとリョウたちに偉そうな態度をとる椚に、どうやら不満が溜まっていたらしい。

 椚は溜息交じりに木乃香の方を見た。


「木乃香ぁ」

「だ、駄目ですって椚さま! お役目以外での解呪は」

「前途ある若者を導くためさ。師匠もごねたりはしないだろ」

「もぅ。知りませんからね!」


 と、木乃香がびしりと椚に指を突きつけた。


「解!」


 どうやら真面目に解くつもりはなかったようで、木乃香は椚の身長の封印だけを狙って解く。

 力が増える感じはないが、視界の高さだけが上がっていく。

 五人の顔が驚愕に染まっていく。


「この姿なら、信用してもらえるかな?」


 口元をにやりと歪めて聞けば、タイトはぶんぶんと首を縦に振るのだった。


***


「ま、そんなわけで色々封じているんだ」


 程なく元の姿に戻った椚だったが、ようやくタイトの視線からも険は取れた。

 事情を説明すると、心なしか尊敬の視線が強くなったような気がする。


「そうなんですか」

「もう一度言っておくぞ。鳳鳴亭にはたまに連れて行ってやるが、自分で行くことは考えるなよ。あの辺りの連中は比較的気のいい妖魔が揃っていると言っても、あの日の飛頭蛮みたいに人に害を与えるやつもふらふらしてるし、旧宿に住んでる人間なんてのはもっと直接的にタチの悪い連中だ。そういう連中に混じるのは良くない」

「あ、はい」

「飯代はこっちの円で構わないから、安心しろ。大将は人間向けの食材を表で買ってるんで、円があると助かるんだ」


 逆に、鋼貨の両替は表で目立つからやりたくないのだと言う。

 徹底的に目立つのを避ける店主が、かつてどのような厄介ごとに巻き込まれたのか。七代目刑部ぎょうぶ狸の過去も、機会があれば聞いてみたいものだ。


「分かりました。それなら、鋼貨はお任せします」

「いいのか?」

「最初から、止められたら先生に任せようって話してたんです。レートは別に構わないんで、よろしくお願いします」

「そうか。で、元々の百枚についてだが」

「先輩に渡します」

「脅されたって言ってたよな。何に使うつもりか知ってるか?」


 五人は顔を見合わせると、言いにくそうにしていたが、リョウが意を決したようでようやく口を開いた。


「後で、使わせてやるからって言われて。タイトのやつも俺たちも興味がないわけじゃなかったんで、断り切れなかったんです」

「ふむ」

「椚先生は、その。願いを叶えてくれる腕輪のことは、ご存知ですか?」

「……あン?」


 椚は目を円くした。

 まさか彼らからその話を耳にするとは思っていなかったからだ。


「や、やっぱり馬鹿馬鹿しいと思いますか? でも、本当に願いを叶えたって話も聞いてて」

「信じないわけじゃねえが。その先輩とやらは、何故知ったんだ?」

「その、えっと。知り合いが使ったとか、で」

「そうか。人助けはしとくもんだな」

「え?」


 リョウが首を傾げる。


「悪いが、そいつに会わせてもらわないといけなくなった」

「ええっ!?」


***


 リョウ達の先輩とやらは、同行してきた椚と大葉に剣呑な視線を向けてきた。


「何だてめぇら」

「マサ先輩。えっとその」

「リョウ君たちとちょっと縁があってな。話を聞かせてもらいにきた」

「てめえには聞いてねえんだよガキぃ!」


 いつも通りに椚が口を開くが、当たり前のようにマサとやらは椚を子供扱いしてきた。椚ではなく大葉の方を用心棒と思ったようで、じろじろと大葉を睨みつけている。


「大葉」

「腕輪のことについて、聞きたいことがある」

「ンだよてめぇ、ガキのお守りかぁ? めんどくせえな、タイト! てめぇ、ちゃんとユウゲンカは持ってきたんだろうなあ!?」


 どうやら本人は幽幻貨についてまったく知識がないようだ。普通なら彼らの年代であればそれが正しいのだが。

 価値についても理解していないようだ。高校生の少年五人に集めさせようというのだから、それも仕方ないか。


「お前の知り合い、?」

「っ! てめぇ、何知ってやがる!?」


 今度の反応は劇的だった。

 マサは形相をより凶暴なものに変えて、椚に詰め寄る。


「椚様に近寄るな」


 それを大葉が押し留めるが、マサは止まらなかった。


「どけやてめぇ!」


 ポケットから――ある意味では定番の――バタフライナイフを取り出して、大葉に突きつける。

 が、大葉もまた普通ではない。そのバタフライナイフを掴むと、そのまま力を込める。


「離せこらっ……え」


 大葉が手を離すと、ナイフは棒のようにひしゃげて潰れてしまっていた。唖然とするマサ。


「大葉ぁ、それ以上はいい」

「はい」


 拳を握り締める大葉に、椚がやんわり釘を刺す。

 困惑するマサに歩み寄ると、その額に軽く指を当てた。瞬間、マサがくたくたと地面に崩れ落ちた。


「うっ? あっ」


 起き上がろうとしているが、マサは全身に力が入らない様子で困惑しながらじたばたと暴れる。


「力が入らないだろ?」

「あっ、あいおいあ」

「大したことはしてないさ。筋肉の一部に力を入れられないようにしただけでな」


 主要な臓器の動きは阻害していないので、命に別状はない。

 マサがこちらを見る視線に、敵意だけでなく怯えが含まれてきたのを感じ取る。


「さて、お前。その様子だと、腕輪を広めているやつと持っているやつを両方知っているな?」

「ぐっ」

「俺は瀛州癸亥山の椚。その腕輪と、腕輪を作ったやつを排除するつもりだが、お前は腕輪を何に使うつもりだった?」

「む」

「術を解いてやるよ。冷静に話をしようぜ、な?」


 椚が軽くパンと手を叩くと、マサの体がびくりと震えた。しばらくじたばたと何やらもがいた後、マサはゆっくりと立ち上がった。


「てめぇ。ガキのくせに、何モンだ」

「仙人ってやつさ。あの腕輪は危ねえからな。早々に作ったやつを見つけ出すつもりだ」

「排除って、殺すのかよ」

「場合によってはな」


 マサの危険な問いを、椚は否定しなかった。

 じっとこちらの目を見て、嘘がないことを理解したのか、マサがようやくゆっくりと頷いた。


「腕輪を買ったのは、俺の婆さんだ」

「婆さん」

「ああ。爺さんが死んで、もう一度だけ会いたいって、ちっちゃな願いさ。でもよ、大事な願いでよう」


 壁に背を預けて、俯く。


「婆さんがどうやってユウゲンカを手に入れたのかは知らねえ。爺さんはずいぶんと怪しい商売もしてたからな、そのツテだと思う。俺にだけは教えてくれたんだ、コウカ百枚で魔法の腕輪を買った、これで爺さんに会えるってな」

「で、どうなった」

「爺さんの声が聞こえた。婆さんの幻聴じゃねえぞ、俺も聞いたからな」

「声だけか」

「ああ。声が聞こえて、それだけでも婆さんはとても喜んでた。でもよう」


 そこから先は、何となく。現場を見た椚には理解できた。


「段々と婆さんがおかしくなっていくんだ。爺さんの顔が見たい、爺さんと手をつなぎたいってな。爺さんの声も、それを後押しするような言い方なんだよ」


 思い出したのか、マサの顔から感情が抜け落ちていく。

 軽く震え出すマサは、既にこちらに聞かせている自覚も薄れているようだった。

 全身を抱きしめるようにして、続ける。


「それで、その日から婆さんの体がぶくぶくと妙な膨れ方を始めたのさ。当たり前だけど、俺は腕輪を捨てろって言った」

「捨てなかっただろう?」

「ああ。爺さんに会えなくなるから嫌だと悲鳴を上げてよ。いなくなっちまった」

「いなくなった?」

「ああ。爺さんに会いに行くって叫んで、な」


 マサはようやく顔を上げてこちらを見た。その時の怯えと怖れ、そして悲しみに満ちた目で。


「なあ、教えてくれ。婆さんはどうなっちまったんだ」

「残念だが、そこまでは俺も掴んでいない。だが、恐らくお前たちの所に戻ることはないだろう」

「そっか。やっぱりな」


 覚悟はしていたようで、マサはさほど動揺を見せなかった。


「俺は売り手の名前は知ってる。鋼貨で腕輪を買って、婆さんを見つけて。腕輪を作ったやつをブチ殺してやろうと思ってたんだ。面白ぇだろ? 作ったやつも自分を殺すって願いだとは思わないはずさ」

「自分もああなるのを覚悟か。すげえな、お前」

「俺はこんなだからよ。爺さんと婆さんだけは、こんな俺でも見捨てないでくれたんだ。仇ぐらいは取りてえ」


 鋼貨の集め方といい、その後の考え方といい。方法は褒められたものではないが、見上げた心意気だ。

 世の中もまだまだ捨てたものではない。


「無関係なこいつらを巻き込んだことについては、許せる筋合いじゃねえが。その悔しさについては理解できる。後は俺がやってやるから、この件については妙なことを考えるなよ?」

「ちっ」


 不承不承という様子で、マサは口を開く。

 だが、こちらの関わるなという言葉に対しては返答しなかった。


「売り手の野郎は、多摩に住んでる城崎キザキってやつだ。そういう品を扱うやつについては、そっちの方が詳しいだろう?」

「まあな。多摩の城崎か。ありがとよ」


 と、椚はタイトから鋼貨の入っている袋を受け取った。


「こいつは俺が預かる。それなりに信頼できる筋で両替して、こいつらに戻すぜ」

「ああ。分かったよ」


 決して視線を合わせようとはしないマサ。椚は仕方ないなと思いつつ、リョウたちを引き連れてマサの前から立ち去るのだった。


***


 少年たちを帰らせた後、事務所に戻ってきた椚は城崎という人物の調査を道士たちに命じた。

 そして自身はスマートフォンを取り出して、今回の件について調べているであろう人物に連絡をとる。


「どうやら、妖魔と人間が組んでるぜ仁島さん」

『やはりそうか』

「ああ。こちらは多摩の城崎というやつが、腕輪を売りさばいているって情報を掴んだが」

『それは重要な情報だ、感謝する。こちらは、腕輪を手にした人間が向かう先を追っているところだ』

「そっちも進んでいるようで」

『少しずつだがね。何か分かったらすぐに連絡する。抜け駆けはしないから安心してくれ』

「ああ、そこは信頼しているよ」


 通話を切ったところで、椚は自分を見る数人の視線に気づいた。


「どうした?」

「あの、椚様。どうして妖魔と人間が組んでいると?」

「簡単なことさ。妖魔と人間では求めるものが違うからな」


 椚はリョウたちから預かった鋼貨を手に取って言う。


「銭を欲しがるのは人間だけさ。妖魔は最悪、物々交換でも構わない」

「ええ、それは分かりますが」


 幽幻貨は、妖魔にとってはお遊びに近い。そこに価値を見出すのは人間だけなので、人間が関わっているというのは確定だと見ている。


「で、呪物なんて危険物を扱う以上、ああいう人を作り替えるような呪物を人に売るなんてのは、やり口がおかしいんだ」

「おかしいというのは?」

「客が正気を失ったら、もうそいつには売りつけられないだろ? 呪物を取り扱うやつが客を新規開拓するなんて、リスクしかねえよ」

「なるほど!」

「だから、間違いなく人を何らかの形で食うタイプの妖魔が協力している。両方が得をする取引なんだろうな」


 納得したという様子の道士たち。


「どちらにしろ、だ。この呪物は世の中に存在していいものじゃねえ。とっとと見つけて、しっかり追い込むぞ」

「はい!」


 果たしてどんな妖魔が黒幕なのか。

 椚の意識は、すでにそちらに向けられているのだった。

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