【宿敵】

 ――死にたくない。


 そう儂が思い始めたのはいつだっただろうか。

 二十年前、やつに傷を負わされてからであったか。いや、それとも別の事か。


 ……きっかけはなんにせよ、死にたくはなかった。歴代魔王の中でも最強と呼ばれた儂が死ぬなんて、という気持ちやプライドがあった。


「やあ、魔王様。今日の調子はいかがです?」


 いつのまにか、背後に立った男は人を小馬鹿にした様な声で問いかける。


「――神の使いが何の用だ」


 シルクハットにタキシード。言伝に聞く異界の紳士風な恰好した男である。それだけ聞けば、如何にもジェントルマンな人間の様に思えるがどうにもその張りついた様な笑顔がこの男の印象を大きく変えている。全てを舐め腐っていて、自分はなにも関係はありませんと言わんばかりの俯瞰した目。そして、けして自らの本性を見せず、人を馬鹿にした様な性格。たったこれだけの事であるが、この男の印象を紳士から道化師や詐欺師と変えるには充分である。


「やだなぁ。そんな怖い顔で睨まないで下さいよ。自覚してます? あなたの顔ってけっこう怖いんですよ?」

「何の用かと聞いている」


 そう言うと男はやれやれと言った風に肩をすくめる。


「この世界に新しい勇者が現界したのを教えに来たんですから、もっと感謝して貰いたいものですね。こんなにも親切な」


 勇者。その言葉を聞いた時、腹部の傷が疼き始める。あの男につけられた儂の唯一の汚点。


 ――そうか。新しい勇者が来たのか。


 そう思うと、無性に


「いやぁ、今回の勇者は凄いんですよ。なんたって『安泰の力』の3割は引き出しましたからね。従来なら1割出すのが関の――って聞いてます?」

「あぁ聞いてるとも。良い、良いではないか」


 また、勇者と戦える。生まれてこの方、誰一人として傷をつける事が出来なかった儂の体に唯一傷をつけた男。そして、最強である儂が惨めたらしく、死にたくないと願う様になった発端を作った男。


 そんな男よりも、強い力を持った者が俺を殺しにくる。


 あぁ。あぁ。なんて事だ。今度こそ


「ハハハハハハハ!!!!!!」

「あーだめだこれ。なんかスイッチ入った」

「おい!」

「はい! なんでしょうか!」

「新しい勇者は男か? 女か?」

「えーと、確か男だった筈ですね」


 良い、良いではないか。男であるならば、こちらも全力で殺し合う事が出来る。


 死にたくはない。だが、それは戦いで死ぬならば別の話だ。


「クク、もうこのまま朽ちるだけかと思っていたが、まさかやっと儂を殺せる奴が来たとは、心が躍る」

「いやー魔王様が楽しそうで良かったですよ」

「勇者との闘いに備えて儂の新しき肉体の完成を急がねば……!」

「あぁ、前言っていた魔法生物ですか?」


 あのお堅い神は生物の創造を禁止しているが、ここは無法の地・魔界。生物を造るも殺すも思いのまま。


 今の儂の体は傷から魔力が出てしまうため、衰えていくばかりなのだ。だから、こそ新たな肉体を創造する。その為の『世界の意思』だ。

 そして、乗り換えるのだ、新たなるの器に。


「あぁ、忘れる所であった。その勇者の名前は何という?」


 大事な事だ。宿敵となる男の名すら知らずしてなんとする。


 道化師はどこか呆れた表情を浮かべながら、我が宿敵の名を口にした。


「巣乃檻アヤト」

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彼ノ魔王は胸の膨らみに想いを馳せる 土塊ゴーレム @nrhr

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