【贅沢】
見違える程に綺麗になった少女が俺の前に立っていた。
ここは、魔界。この世界にある辺境の大陸であり、悪魔たちの巣窟。常に分厚い雲が光を遮り、まるでずっと夜である様なそんな場所。
そこの中心部にまるで威光を輝かせるために高くそびえ立つ魔王の城・
「あ、あの、どうですか? アヤトさま?」
気恥ずかしいのか、たどたどしく答えるアーリナスの少女・ライン。
メイドたちに綺麗してもらったのか、白銀の髪はサラサラとしていて美しい。腰ほどに長く伸ばした髪が、まるで動物の尻尾の様に揺れている。
ここに呼んだ時とは別物である様に肌は白い。来たときは黒く汚れていたが、今はそんな汚らわしさなど微塵もなく、キメ細やかで綺麗だ。歳相応のプニっとした感触が健康的な印象引き立たせる。
思わず、つねってみたくなる柔らかそうな頬だ。つねった。
「や、やめてくらはい」
おぉ、すごい。伸びる。柔らかい。まるでつきたての餅を触っている様だ。吸い付くような肌である。
今はかつての様な骨と皮しかないので思ってしまう程にやせ細っていた頃の姿など微塵もない。とても健康的な少女である。
白と黒を基調としたドレスを纏っている。詳しくはないが、こういうのをゴスロリ服というだったか。フリフリのフリルが沢山ついていてとても可愛らしい。人形の様である。
「あぁ、とても似合ってるよ」
「そ、そうでしょうか……」
照れているのか、ラインは真っ赤にして顔を伏せてしまう。
なんというか今のラインは小動物を見ている様な、そんな可愛さがある。見ていて飽きないというのはこういう事を言うのだろう。
ラインもまんざらでもないのだろう。照れてはいるが、この服を気に入っているようで、クルクルと回ったりしている。
「気に入ったのか?」
「はい! とても可愛いです!」
ラインは鏡に映る自分の姿をまじまじと見つめながら、そう言った。
「……まるで、わたしじゃないみたい」
満足してもらえたならば、俺としても満足だった。
「魔王様。いかがでしょうか、指示通りとても可愛らしく仕上がっていると思います」
後ろに控えていた、メイドである。メイド服を身に纏い、黒いストレートの長髪が特徴的だ。また、巨乳である、重要な事だ。
「ちなみに、このゴスロリ服ですがブルストの伝統的な貴族服を悪魔的に改造したものでして、フリルをより沢山つけることで、可愛さ、そして少女らしさをより引き出す事に成功していると自負しております。また、ドラムス周辺のみで取れる特殊繊維で縫っておりまして大変丈夫に出来ており――」
「説明はそこまでで良い」
「え、ですがまだ、説明は終わってないのですが」
「大丈夫だ」
メイドは残念そうに俯く。そんな態度取られたら、少し悪い事をした様な気になってくるじゃないか。
「――ところで、これ以外にも服はあるのか?」
「!? もちろんです! 私の手にかかればどの様な服でも用意できます!」
「だ、そうだ。ライン、キミが良かったらでいいのだが、他にも可愛い服を着てみないか?」
そういうと、ラインは目を輝かせた。こう見ると本当に歳相応な少女であり、どのような境遇であったかなど忘れてしまう。
「着てもいいんですか!?」
「あぁ、好きな服を好きなだけ着るといい」
「では、この! キモノ? というのを着てみたいです!」
――そうして、ラインのファッションショーが始まった。
――あれから何時間たっただろうか。
着物から始まり、ドレスにワンピース、チュニック、ノースリーブ……
男装なんかもあった。
ラインは疲れてしまったのか、ソファですやすやと寝息を立てている。満足そうな顔をしている。
「寝てしまいましたか」
メイドは床に散らばった服を片付けながら言った。
「あぁ、本当にいい顔で寝ているよ」
「そうですね」
メイドも優しく微笑んだ。なんというか、母性的な笑みである。
しかし、急に真剣な顔つきになり、俺の方を向いて言った。
「――魔王さま。少し真面目な話をしてもよろしいでしょうか」
「もしかして、ラインの事か?」
「はい」
メイドは頷くと、重々しく口を開いた。
「彼女の着替えをしている時、私にこう言ったんです。『こんなにも贅沢をして、いいのかな……』と。お風呂に入っている時も、眠る前だって仕切りに言うんですよ。こんなの人としては当たり前の権利だというに」
「…………」
それにどう返答していいのか、分からなかった。俺が軽々しく口を挟んで良い事なのか迷ったからだ。
思い返してみれば、ラインはファッションショーの時も他の時も、嬉しそうに笑う割には心から笑っているようには見えなかった。俺に遠慮しているのか、アウルスの仲間たちの事を思っているのか。
おそらく、後者であろう。
俺の能力で本当ならば、アーリナス全員を呼ぶつもりであった。しかし、なんど試そうがラインしか呼ぶ事が出来ないのだ。だから、結果的にライン一人だけが人としての生活を享受することになってしまったのだ。
「可愛い服を着たいなんて女の子として当たり前です。それなのに、彼女はそれを心から楽しんでいる様には見えなかったんです。魔王様、どうにかする事は出来ませんか?」
「――ラインの心はアウルスに囚われている」
「え?」
「俺も彼女がどう思っているかは分からない。でも、確かに彼女は嬉しそうにしていた。これが、俺に遠慮している事かもしれない。だが、それでもいい。彼女が、彼女たちが、心から笑えるならば俺は――」
どんな事もやる。そう口から出かけて飲み込む。本当にどんな事もなど、出来るだろうか。
「アヤトさまぁ……」
ラインの寝言で俺の名前を呼んでいた。
ラインを見る。この幸せそうに眠る少女を本当に救う事が出来るのだろうか?
――いや、違うだろう。
俺は彼女を、彼女たちを救うために魔王へと堕ちたのだ。魔王になった時に決断したではないか。
「俺は彼女を、彼女たちを救うためならば、何でもしよう。例え手を汚す事になったとしてもだ」
あぁ、そうだ。なんでもしよう。
所詮は死人。この命に未練などないだから。
――彼女のために死のう。
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