【抑止の力】
「そっち言ったぞ! アヤト」
俺――フォルネス・フォークラーは叫ぶ、仲間である勇者に向かって。
日の光も通さぬ
「任せろ!」
そう、アヤトは言うと剣に魔力を乗せ、切り裂く。どれだけの固さであろうとも、奴に切れないモノなどあるものか。
一頭は殺した。あとはもう一つの首を切れば、終わりだ。
その瞬間、脇腹に衝撃が入る。その衝撃により吹っ飛ぶ。大蛇の尻尾による攻撃である。
だが、この程度ならばダメージを受けた場合には入らない。暴虐のグラルに比べれば全然軽い。
「大丈夫ですか!」
レーヴルが駆け寄ってくる。走るたびにおっぱいが揺れている。それを見るだけで元気になってくる。
「この程度平気だ、それよりアヤトを……」
「ん? 呼んだか?」
アヤトの方を見るともう大蛇を倒しているではないか。大蛇の頭は切り裂かれ、辺り一面血の海と化している。そんな中、アヤトはどこかとぼけた表情で言った。
「さ、門番は倒したし、お宝回収して帰ろっか」
強者というのは、こういう奴の事を言うのだと思う。流石は俺が認めた男だけの事はある。
――尊敬するべき友だ。
酒場。デールの町にある、老人が営む少し寂れた酒場である。しかし、そのオンボロの外見からは想像も出来ない程に料理は上手く、酒がすすむ。
そんな酒場に俺たちは夕食がてらに立ち寄っていた。
「今回の報酬は50万ぐらいだっけか?」
「あぁ、これだけあれば数日は魔王軍との戦いに集中できる」
先ほどのクエストはドラムス神聖帝国王家からの直々の依頼であった。未開のダンジョンから宝を持ち帰って欲しいというものだ。
懐が心もとなかったから、このクエストは素直に嬉しかった。これで数日分の資金に出来るだろう。
「それにしても、先ほどの勇者さまは凄かったですね」
と、レーヴルはいつものようにアヤトを褒める。クエストが終わるたびにこれなのだ。これで本人は好意を隠せている気なのだから、笑わせる。
「いや、あの蛇はそこまで強くはなかったさ。それよりも……レーヴルの胸の膨らみの方が断然強い。埋もれたい」
アヤトはアヤトでブレない。常に自分のやりたい事だけをやる男だ。それで人助けをやるんだから、根っからの善人なのだろう。
まぁ、何でもかんでも胸の話に持ってこうとするのは悪い癖だと思うが。
「なんで私の胸の話になるんですか! セクハラですよ!」
レーヴルは赤面し腕で胸を隠す。それでも隠し切れない豊満なバストは確かに無類のおっぱい好きのアヤトでなくとも、目がいく。スケベな肉だぜ……。
「そういや、おまえいつもセクハラっつうけどさ、セクハラってなんだよ」
そう俺がレーヴルに問いかけると、レーヴルは信じられないといった表情を浮かべる。
あっこれはやらかしたか?
「あなた、それでよく騎士になるなどと言えましたね。自国の法ぐらい知っておくべきでは?」
「いや、法律ぐらいは頭に入ってるさ。だが、そんな言葉は聞いたことがない」
「セクシャルハラスメントだろ?」
と、アヤト。
もしかして、知らないのは俺だけなパターンのやつか?
「アヤトも知ってるのかよ!」
「この国に来たばかりの勇者さまですら知っているのになぜ、この国に生まれ育ったあなたが知らないのですか」
「いや、そんなこと言われても聞いたことねぇし」
聞いたことが無いものを聞いて何が悪いというのか。
「しょうがないですね。なら、私が教えてあげましょう。嫌がる女性に対し、性的な事を強要、もしくは性的なイタズラをする事をセクハラと言います。ちゃんと覚えてくださいね」
……嫌がるねぇ。側からみたら、そこまで嫌がってる様には見えなかったけどな。
「なるほどなー、つまり横文字にして格好つけてるって事か。アヤトのウェル・オブなんとかと同じだな」
そういうと2人は驚いた様な表情を浮かべる。あれ? また俺ミスったか?
「よく世界の一端たる力とただの用語を同じに出来ましたね……」
「世界の一端だぁ? なんだアヤト、お前そんな訳わからんもん使ってたのか」
「まぁね」
呆れかえるレーヴルとは対照的に、特に興味も無さそうにアヤトは答える。
確か、世界の意思だったか。レーヴルが言う様に本当に世界の一端たる力ならば、本当に凄い力なのかもしれない。
「それで? どんな力なんだ?」
俺は問いかける。大蛇を余裕で瞬殺出来るだけの力である。それはもう凄いのだろう。
「あなた、そんな事も知らないのですか! それなら、私が教えてあげますわ!」
レーヴルは立ち上がり、胸を張る。大きい。
「世界の意思とは、世界の一端たる……えっと……」
「もしかして、お前も実はよく知らねぇんじゃないか?」
「ぐっ……」
図星のようだ。
「アヤトも知らないのか?」
「--安泰の力だよ」
アヤトはステーキを切り分けながら言った。分厚い肉から肉汁が溢れる。
「世界を安泰させる為に振るう、言わば正義の力」
「なんとなくは分かるが、もっと具体的に言ってくれねぇか?」
「注文の多い殿方は嫌われますわよ」
「レーヴルには言ってねぇだろうが」
いちいちカンに触る女である。
「安泰--つまり、平和な世にする為にしかこの力は使えないのさ。例えば、さっきの蛇は外に出ればきっと多くの人に危害を加えてしまう。だから、それを未然に防ぐために世界が俺に力を与えた」
「つまり、抑止力ですのね」
抑止力、つまり世界の平和を乱す連中に対してのみ力が使えるという事か。そして、それを防ぐためならあらゆる魔法を行使できる、か……。
それってつまり。
「チートじゃね?」
思わず、本音が出てしまった。世界を救うための勇者とはいえ、それは余りにも強大な力だ。ズルい。
「そうだよ」
意外にも、アヤトはステーキを口に運びながら、すんなりとそれを認めた。
「まぁ、平和を乱す連中にしか使えないけどね。それに……」
「それに?」
「俺が世界を乱そうとした時もまた同じ」
アヤトにしては珍しく冗談を言う。冗談に決まってる。だってそんな、まるで敵対する事を考えなければ出てこない答えを言うはずがない。
「あ、あはは。冗談だよ、冗談」
「ですわよねぇ。勇者さまが冗談言うなんて無いですからびっくりしてしまいましたわ」
「そうだよ、びっくりさせるなよ!」
「ごめんな、ははは」
あぁ、そうだ。アヤトが、敵対などするものか。人間を裏切るなどあるわけがない。
「そうだ、レーヴル。聞きたいことがあるんだけど」
「なんですの?」
「貧乳って知ってるか?」
--そうして、夜は更けてゆく。ごくごく小さな亀裂など気づかぬまま。
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