【とある夢の残滓】

 ――夢の話をしよう。


 俺――巣乃檻すのおりアヤトが貧乳の良さに気付いたのはとある不思議な夢がきっかけであった。


「あなたも物好きね。こんな場所に迷い込むなんて」


 光と闇しかない謎の空間。何もない殺風景な場所。

 そこに浮かぶ様に立っていたひとりの女性との出会いがきっかけであった。

 白い肌に白い髪。白いドレスを身に纏う。スレンダーで清楚にして可憐である。天使……いや、女神と言っていい程に美しい。一目惚れである。


 おっぱい好きを自称して起きながら恥ずかしい話であるが、彼女を見るまでついぞ貧乳の良さを理解してはいなかった。


 彼女が誰なのか、と言うのは分からない。どこかの作品のキャラクターかもしれないし、思春期の妄想が生み出した産物であるかもしれない。


「あなたって何が好きなの?」


 彼女はそう言った。


「ん? そんな事聞いてどうするのか? ですって? 特に理由はないのだけれど……そうね、わたしが聞きたいから聞くのじゃダメかしら? だって、久しぶりにあった人間ですもの。あなたの好きなモノを聞きたいわ」


 それに俺はなんと返しただろうか。確か「あの本が好き」だとか「あのテレビ番組が面白かった」という他愛のない事であったと思う。


「え? いや、違うのよ。面白くない訳ではないわ。そっちの世界はわたしの想像もつかないモノがいっぱいだし……でも、わたしはあなたの本心から好きなモノを聞きたいの。だって、好きなモノを語っているというのに、あなたニコリとも笑ってないのだもの。本心から好きであれば、笑わずとももっと楽しそうに語るはずよ」


 彼女は俺に詰め寄る。紅い、燃える様な眼が俺を見つめる。訴えかける様なそんな眼である。


「だから、いいのよ。本当に好きなモノを言っても」


 そうして、俺は白状する様に、小さな声で「おっぱい」と言った。

 この時はまだ、転生する前であったから、女性の前でそんなセリフを言うなどという恥ずかしさがあった。今は完全に開き直っているが、この時点ではまだ初々しい高校生なのだ。


「驚いた。あなたって随分まっすぐなのね。あの人を思い出すわ……え? あの人は誰か? もしかして妬いてるのかしら。可愛いわ」


 彼女は悪戯そうに笑った。


「でも、わたしに惚れるなんて事は止めておきなさい。だって、わたしは悪い女ですもの。何もかもを失ってもいいのなら、話は別だけど」


 不意に彼女は悲しそうな表情を浮かべた。そして、すぐに先ほどの様に笑う。


「そう、もう時間なのね。あら、気付いてないの? あなたの体、消えてるわよ。大丈夫よ、心配しなくても。別に死ぬわけではないわ、ただ、夢から覚めるだけ」


 いやだ。いやだ。あの退屈な世界に、ただ見捨てられるだけの世界なんて戻りたくない――そんな事を思っていた気がする。今でもあの寝ているだけの生活に戻りたくはない。


「なら、また、お話ししましょう? あなたが想えば、きっとまた会えるわ。この狭間で。……そうだ。姉さんみたいな揉み応えのある胸じゃなくて悪いのだけれど、また会えたら、わたしの胸揉んでもいいわよ」


 彼女はそんな事を言う。彼女は明らかに無理をして笑っていた。見ているこっちが痛々しくなるほどに。


「なんで、ですって? そんなモノ決まってるじゃない。わたしもあなたに会いたいからよ……誤解しないで。ここって何もないでしょう? だから、退屈なのよ。それにここに来れる人なんて多分あなたぐらいのモノでしょうし。あなたがスケベだろうが、なんだろうがこの退屈な時間を埋めてくれるなら、なんだってするわ」


 同じだ。彼女もまた、俺の様にただ時間が過ぎるのを待つだけの日々を送っているのだ。


「……そう、やさしいのね」


 今でもその表情は鮮明に覚えている。

 儚い程に綺麗で、残酷なまでに美しい彼女は、悲しそうとも嬉しそうとも取れない複雑な微笑みを浮かべた。何を思っていたか、今でも分からない。

 でも、一つだけ分かる事がある。


「絶対にまた、お話ししましょう?」


 その想いだけは、強く永遠である様に同じであった。




 ――それが彼女との最後の記憶であった。


 


 


 

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