幕間の章

【魔女の恋】

 ――それは掛け替えのない、私の大切な思い出。


 私――レーヴル・オルトルート・ツィルファーは魔女ウィッチの家系に生まれました。古い、古い魔女の家です。

 私のご先祖さまは故郷である――最果ての大陸『魔界』から離れ、この地にやってきたと聞きます。つまり、敵対する筈の魔族の血が私には流れているのです。


 最低の地です。だって、人は私達に罵詈雑言を浴びせるし、食べ物だってこれといって美味しい訳でもありません。何の面白味も感じる事のできない、灰色の世界です。

 

 ――『金髪のブロンドオルトルート』

 災厄の魔女にして、忌むべき私のご先祖さま。魔族でありながら、人と恋におち、大陸を渡った一人の魔女。そして、その愛のために国を滅ぼした大罪人。

 だから、私は昔からその血を恨んできました。だって、みな私をいじめるのですもの。私は何も悪くはないのに。

 

「魔女がきた」「敵が何しに来た」「消えろ! 魔族が!」


 そんな石を投げられる日々。幼かった私をまるで害虫の様に嫌う人々。もう沢山です……だから、


 それがいけなかったのでしょう。私は、教会に連れて行かれ、罪を償う事になりました。死人は出ていないのだから、何を償う必要があるのかと、当時は思いました。修行不足ですね。


 ですが、それは結果的に良かったのです。なぜなら、私は違う私を知る事が出来たのですから。


「キミには、我らが神の血が流れている」


 神父さまは言いました。人はみな、デール神様の血を引く子孫であると。

 その言葉に私はひどく感銘を受け、感動したのを覚えています。救われた様な気持ちでした。だって、魔女だけが私ではない、と知る事が出来たのですから。あの時の気持ちは今でも忘れられません。興奮してしまってその日の夜は眠れず、布団の中で何度もその言葉を呟いてしまう程です。


 ――そうして、私はこのデールの町の教会で修行を積む事になりました。










 




 ――私が教会で修行を始めてから、10年という月日が経った頃、あの方が現れたのです。


「シスターさん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 凛々しき男性の声。少し幼顔ですが、男性らしい顔つき。中背中肉で、髪は特に手入れなどはしていないのか短髪でボサボサです。しかし、不思議とそこに不潔感はなく、こういう髪型なのだと信じ込んでしまう程。腰には剣をぶら下げて、簡易ですが鎧を纏っていました。

 ――巣乃檻すのおりアヤトさま、その人です。


「ここらへんでアルラウネが出る森があるって聞いたんだけど、どっちにあるか分かる?」

「アルラウネ、ですか? それならば東の森で目撃した方がいると聞きますが、あなたはなぜそこに?」


 なんとも浅ましい事です。その時の私はあろう事か、アヤトさまを疑っていました。もしかして、魔族がこの神聖な地に攻め入ろうとしているのでは――と、ありもしない頭で考えていました。


「あぁ、酒場の爺さんが、アルラウネに襲われて怪我したらしいんだ。爺さんには日ごろお世話になってるし、勇者として駆除しておこうと思ってな」


 その時、私は自分を恥じました。そして、この方はなんて、誠実な人なんだとそう思いました。人を疑ってしまう様な私とは大違いの尊敬するべき人なんだと。


「ところで……」

「?」

「おっぱい揉んでもいい?」

「セクハラです!!」






 ――アヤトさまと出会ってから、数時間が経過しました。


 東の森。デールの町は四方が森に囲まれていて、その東に位置する森。東はドラムス神聖帝国の町『ソルニア』に通じる関所があります。そのため、日々人の通りは多い。今回アルラウネが出たとなれば、駆除しなければ酒場のおじいさんの様に新たな被害者が出てしまう事でしょう。


 本来であるならば、その様な駆除は町の警備隊の仕事ではありますが、この男が何をしでかすか分かった物ではない。と、私もアヤトさまについて行くことにしました。

 結果的にこの判断は正しかったと思います。だって、これがなければきっと私はアヤトさまとは――。


「なにも打たなくてもいいじゃないか」


 アヤトさま、頬を抑えながら言いました。先程のセクハラ発言で衝動的に私がビンタしてしまったのです。もうちょっと軽めに殴れば良かったと反省。


「今日会ったばかりの女性の胸を揉もうなど、恥ずべき事とは思わないのですか?」

「あー、そういうのはもう気にしない事にしたんだ」


 そう、アヤトさまはどこか楽しそうに笑いました。まるで、この世全てを楽しんでいる様な、生きている自体が幸せであると言わんばかりの笑顔でした。

 この時の私は彼のその笑顔がどれだけの過去を積み重ねてたどり着いた結果の笑顔だとは知らずに――。ただの変態だと思ってましたが。


「……おかしいですよ、あなた」

「よく言われるよ」

「それならば……」

「静かに」


 突然、アヤトさまは立ち止まり、しっーと喋るのを止めるよう、ジェスチャーを取ります。


「なにか、聞こえなかったか? こうズルズルって何かを引きずる様な」

「いえ、私はなにも」


 その時、確かにズルズルと何かを引きずる様な音が聞こえてきました。それもすぐ近く。


「――随分近いですね」

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「今度はなんですか」

「アルラウネって、別に精液垂らさなくても寄って来るんだな」

「こんな時に冗談を言う人がいますかァー!!」


 そんな私の悲鳴に似た叫びと共に、地面からまるで巨大な蛇を思わせる植物の化け物――アルラウネが現れたのです。











 ――戦闘はそこまで時間もかからず、大した苦戦もなく終わりました。

 まぁ、当然の結果でしょう。なんたって、あのアヤトさまがついているのですから。


 ですが、アヤトさまはそんな私とは真逆の事を言うのです。


「さっきの魔法すごかったな!」


 興奮しているのか、私の手を握り、子供の様に目をキラキラと輝かせています。


「火がばーんって出て、あいつをごぉーって! あんな凄い魔法見た事ない!」

「お、落ち着いてください。あの程度、所詮は初級魔法。そんな、凄いものじゃ……」


 初級炎系魔法フレア。私が唯一仕える魔法にして、私の罪の証。消える事のない咎の炎。それはいつだって、私を燃やし続けて――。


「落ち着ける訳ないだろ。だって、あんなにも強力で――」

「やめて!!」


 そんなお世辞なんて、聞きたくない。


「これは罪よ! 魔女としての! 『金髪のブロンドオルトルート』の! そして、私の! 消える事のない――」

「なおさら、じゃないか」

「え?」


 まるで私を諭す様に。アヤト様はやさしく。


「シスターさんの過去に何があったかは知らない。その魔法で人を傷付けたのかもしれない。でも、今回はそれで人を助けただろ」


 あぁ――。本当に――。


「これで、町のみんなは安心して、関所を通れるようになる。それに何より、俺が助かった! シスターさんがいなければ、俺はアルラウネに殺されていたかもしれない! だから、そんな悲しい顔しないでくれ」


 一陣の風が吹く。木々は祝福の歌を鳴らす。世界が彩られていく。被っていたシスター帽が風に攫われ、私の金色ブロンドの髪がなびく。


「……レーヴル」

「え?」

「私はシスターではなく、レーヴル。神に仕えし魔女、レーヴル・オルトルート・ツィルファーです」


 多分、その時の私はとっても晴れやかな顔をしていたでしょう。だって、こんなにも救われた気持ちになったのは、神父さまのあの言葉を聞いた以来ですもの。


「あぁ、俺はアヤト。巣乃檻アヤト。勇者というのを一応やっている。これからもよろしくな、レーヴル」

「はい!」


 それは、私の掛け替えの無い人との大切な出会い。私に色をくれた綺麗で美しい思い出。一生忘れる事のない、愛しき記憶。








 ――だから、それを踏み荒らす虫は燃やさないと。

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