戦闘スキルアップ演習 その1

(まーた誰かに見られてる気がするんだが……)


 班ごとに分かれてモンスター戦闘訓練を開始して間も無く、最近感じていた覗かれるような視線を後ろから感じる。

 先頭には東、その後ろに俺、そして残りの3人は俺の後ろを横並びで歩いている。つまりはこの3人のうちの誰かが、最近ずっと見ていた可能性があるわけだ。


 もし俺を見ていなかった場合、俺が振り返ったことで視線を合わせるはず。逆に俺のことをジロジロ見ていた場合、その相手は慌てて目をそらすに違いない。

 そう考えると素早くかつ静かに振り返る。

 すると慌てたように目をそらす視線が3つ。


(全員が俺を見てた?いやいや、流石にそれは自意識過剰か)


 とはいってももともと言うことがあったわけでもないので、再び前へと向き直る。しかしそれと同時に後ろから音符の少し舌足らずな声が響く。


「……10メートル先の茂みにゴブリン2体。まだこっちには気づいてないかな」


 そう言ったのは背の小さい少女、大川音符。

 同い年のはずなのに歳下にしか見えないあどけなさだが、実に優秀なようだ。実技試験を受けた時、柑菜も音符と同じようにモンスターの索敵をしてくれたが、ここまで正確に索敵することはできなかった。これが合格しものと不合格だったものの差ということだろうか。


 ちなみに音符が索敵に使用しているのはエコーロケーション。魔法を使うなというルールの隙間を華麗に潜り抜けた見事な索敵。何か言われたとしても音符のエコーロケーションは、魔法ではなくタレントだから仕方ないと言い訳できる。


「じゃあいっちょモンスター退治といきますか」


 そう声をかければ東や他の班員達も軽ろやかに返事する。当然その声に不安など感じさせない。なにせゴブリンがたったの2体でしかもこちらに気付いていない。それに先ほどの話し合いで役割分担と戦略もばっちり決めてあるので、不安に思えというほうが無理があるほどだろう。


 そして前衛でパーティーの盾役である東が合図を出し草むらへ突撃。その後ろから俺と大河内が剣を持ち攻撃役として追従する。軽量化の魔法や素材を使っていない鉄の剣は少し重いので、小柄な大河内が持つと少し不安が残るが本人が平気と言っていたので平気だろう。

 流石に音符に剣を持たせるのは不安なので、他のモンスターが近づいてきたときのために待機。そして音符同様後方で待機している杏花は言わずもがな回復役。ちなみに回復役だけは回復魔法のみではあるが魔法の使用を許可されている。


 それぞれの特性を生かし、授業で習った基本を忠実に守った完璧な配役。高い防御力を誇る東が草むらを盾で横に薙ぎ払う。

 草むらの中には音符の言葉通りに背丈120cmほどで子供のような姿のゴブリン。突然の攻撃に慌てふためいたゴブリンは、悲鳴のような叫びと共に草むらから飛び出す。

 向かう先は大河内の待ち構える俺の右側。


「1匹行ったぞ大河内!」


「うっ、うわぁ!あっ」


 ゴブリンに負けるとも劣らない叫び声をあげながら鉄の剣を振り下ろす大河内。中性的な可愛らしい顔立ちが今はかなり台無しになっているわけだが、その顔が今度はしまったという顔に変わる。理由は簡単、大河内の手から剣がすっぽ抜け、あさっての方向に飛んでしまっているからだ。


  「しまった!おい東。……って聞いてねぇし」


 慌てて東に声をかけるももう一体のゴブリンとの戦闘に夢中になり見向きもしない。

 大河内はすっ飛んだ剣を見つめるばかりで思考停止中。こんなことなら女子2人も武器を持つよう言っておけばと後悔するも、ダンジョンで後悔など何の役にもたたない。


 咄嗟に動きゴブリンの背を追うが、ゴブリンは女子2人のどちらかを目掛けて疾走し距離が縮まらない。


(……ダメだ、1.5メートル届かない)


 剣を振り下ろしてもゴブリンには届かない。しかし武器も魔法も使えない状況で音符は手のひらを前に突き出す。一瞬何をするのかわからなかったが、音符の顔を見てすぐにわかった。


「音玉」


 音符の声と共に手のひらから透明の玉が発せられると、ゴブリンの動きが一瞬止まり、体の制御を失ったように体勢を崩し転がる。間違いなく今のは魔法。もう一度言おう、音符が使ったのは授業中禁止と言われた魔法である。

 地面をまるで人形のように力なく転がるゴブリンが停止した場所へと駆け寄り一刺し。

 確かに重量があったはずのゴブリンだが、倒した後はいくつもの光の粒になり、タンポポの綿毛のように風に舞い消えていく。

 その光景を静かに見つめている班員達の表情はその光景が綺麗で見惚れているわけではなく、自分達の散々な連携に対しての気不味さだろうか。

 まぁ、当然といえば当然だ。ここに入学した時点でエリートであると認められたも同義であり、自身の力に自信を持っていたわけなのだから。

 であればこそ、最初に口を開くべきは俺だろう。一応このパーティーのリーダーということになっているわけだし。

 そう考えている間にも東が盾でゴブリンを殴り倒す。


「えーっと。それじゃあちょっと反省会しよっか。音符、近くにモンスターは?」


「……大丈夫。いないよ」


「じゃあ全員集合」


 言いたいことは山ほどある。なにせ授業でやったパーティー戦の基本というやつを何一つ理解できていないのだ。というかこれでよく実技試験に受かれたと不思議にさえ思う。


「集まったな、そんじゃ今自分の何がいけなかったか話し合ってみようか」


 俺からあれこれ言ってもいいが、ここは本人達に合わせた方がベター。それに俺自身、人にあれこれ言われるよりはその方がいい。自分の嫌なことは人にはしない、子供の頃からよく言われたことだが、大人になればなるほどそれが重要な事だと理解させられる。

 というわけでしばらくは静かに見守らせてもらうことにしよう、と心の中で決意する。


「あっ、あのっ!」


 いつの間にか剣を拾い終え、気不味そうな顔を浮かべる大河内がそう言って手をあげる。


「何?」


「えっと、そのぉごめんなさい。僕がミスしちゃったから滅茶苦茶になっちゃって」


「だーっはっは!あれは酷かったな。剣を投げるってどんなミスだよ」


「うっ、ごめんなさい」


「それに大川……だっけ?魔法禁止って言われたのに躊躇ねぇのなほんと。怒られても知らんぜ俺は」


「……魔法がなきゃ怪我していた。それにモンスターをこっちにやったのは誰だと思う?」


「そりゃ大河内だろ?」


「……違うと思うけど。それより最初に自分の役割果たさなかった人が悪い」


「つまり何が言いたいんだよ。俺がなんかミスしたって言いたいのか?」


「言わなきゃわかんないの?あなたそれでよく実技試験に合格できたわね。わからないんだったら、馬鹿犬みたいに同じとこグルグル回ってたらどう?あなたにはぴったりの光景だわ」


 反省会とは突き詰めて仕舞えば他人のミスの掘り起こしあいなのかもしれない。誰が何をミスしたか、何がいけなかったのかを話し合う場なので当然かもしれない。だがそれにも言い方というものがある。特に最悪なのは悪気がなく他人にはっきり言ってしまう人間、つまり今の東そのものだ。

 そして売り言葉を即買いしてしまう人物がいれば最悪の二乗だ。

 しばらく見守るつもりだったが水と油というか火に油というか、東と大川の話し合いが口論になっているので止めに入ることにする。

 とはいえこれくらいの言い合い俺のいた孤児院じゃよくあったもんだ。と少し懐かしむ程度には余裕がある。


「はいはいストップだ、二人とも」


 しかし熱の入ってしまった東はまだ止まる気がないらしい。


「いいやまだ言い足りねぇ」


「……ふんっ、それはこっちのセリフよ」


 そんなことを言って自分よりずいぶん背の低い大川を睨む。

 普通これだけの体格差があれば怯みそうなものだが、どうやら大川も一歩も引く気はなさそうに睨み返している。


「反省会をしようとは言ったけど、言い合いの喧嘩をしろなんて言ったつもりはないぞ。それにあんまりモタモタしてると授業の査定に響くし。今は建設的な話だけにしようか」


 授業の査定という言葉が効いてくれたようで、渋々という言葉をつけざるを得ないが東と大川は口を噤んでくれた。


「それじゃあ……杏花。後ろから見てての感想言ってくれるか」


「えっ、私」


「あぁ、頼むよ」


 杏花に話を振ったのは反省会でまだ杏花が発言していないというだけでなく、杏花の観察眼を信じてのことだ。

 昨日だって"真司君、気合い入れる時とかよく首鳴らすよね"とか

 "真司君、今日も左側寝癖ついてるよ。寝る時左側向いて寝るんだへぇ〜"などと言われた。

 つまり杏花は周りをよく見れる視野の広い観察眼の持ち主という可能性が高い。


「じゃあまず一番初めなんだけど────」


 そうして杏花は淡々と言葉を重ね、杏花が話し終えるまで誰一人として口を挟むものはいなかった。

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