戦闘スキルアップ演習 その3

 西暦2037年、ダンジョン攻略者と呼ばれるそれは、一つの職業として一般的に見做されている。

 弁護士や公認会計士、教師などと同じように国家に認められた者しか名乗ることのできないのが、日本に於いてのダンジョン攻略者の位置付けだ。

 他国の、例えばアメリカでは死んでも文句は言いませんよという旨の誓約書を書けば、ダンジョンへと自由に入ることが可能になる。実際日本人を含む多くのダンジョン攻略者がアメリカにはいる。


 もう一つの例を挙げるなら中国だろう。中国ではプロもアマチュアも関係なく徴兵し、人的物量の暴力とまで言われる圧倒数でダンジョンへと挑んでいる。

 その姿はまさに現代の三国志と形容すべき程だ。

 だがしかし、その物量で攻めるという一見単純に見えるそれが最強なのだ。

 事実、近年では中国がアメリカ以上にダンジョン攻略が進んでいるという意見すらある。

 しかも、昨年WDCO(世界ダンジョン攻略機構)を脱退し、単独国家でのダンジョン攻略というのにも関わらずだ。


 そして中国の対極ともいえる位置にいる国を挙げるとすれば、まず一番初めに挙がるのが日本。

 中国が数なら日本は質で対抗しようというのが今の日本のとっているスタンスだ。

 さらにその集大成ともいえる、ダンジョン攻略者を育成する機関。つまりダンジョン学園のような育成機関が出来て7年目にして、ようやくその努力が実を結んできたそうだ……。


 という内容の授業を昨日聞いた。確か科目名はダンジョンと世界情勢。

 まぁ、それはいいとして。

 今、俺は喉が傷むのことを引き換えにしても声を大にして叫びたいことがある。それは「お前ら人の話聞いてた?質とか以前の問題だろっ」である。


 そして今まで何度となく言われた、数ではなく質の時代なのだ。という言葉が虚しく頭の中を駆け抜けていく俺の目の前で、厳しい現実が繰り広げられている。


 モンスターとの戦闘でミスを重ね、その都度話し合いをして改善に努めようとするも全て裏目。

 前衛でモンスターを足止めに味方の盾になるはずの東は、ゴブリンとの戦闘に夢中になりゴブリンを取り逃がし。

 大河内はあの後も順調に剣をすっ飛ばし、今日だけでなんと4回も剣がすっぽ抜けるという大記録を叩き出している。

 さらに後方で控える音符は東と蘭丸を呆れたように見た後、授業中禁止と言われている魔法で撃退する。


 もういっそのこと、パーティーを解散して自由にやってくれ。そう言えたらどんなに楽だろうかと思うほどに第8班の連携は最悪だった。


「ごめんね真司くん。多分あの時の私の意見が悪かったんだと思う」


 今日で5度目となるゴブリンとの戦闘を終えると同時に、心配そうな面持ちの杏花が小走りで駆け寄ってきてそう言った。

 自分ではそれなりに得意だと思っていたポーカーフェイスで負の感情を隠していたつもりだが、流石の杏花さんにまでは隠せなかったようだ。

 なんせこのパーティーには大きな問題が3つもあるのだ。


「いやいや、そんなことはないぞ。杏花の言ったことは合ってたと俺も思う。ただ……」


「……ただ?」


 ただ言われたことができていないからミスが続く。

 相手が最弱モンスターといわれるゴブリンでなければ、何度敗走していたかわからないほどだ。

 だが、そろそろどうにかしないと本気でまずい。

 おそらくしばらくはこの班で授業を行うのに、入学一週間目で周りから出遅れては追い付くのは相当大変になること間違いない。


「おーい東。ちょっといいか」


「なんだいリーダー。今度は完璧だったろ、盾でゴブリンがドッカーンって吹き飛んだんだぜ」


 会心の笑みと共に太い二の腕のこぶを作りガッツポーズ。

 しかしだ、実に言いづらいことだが東が今するべきはガッツポーズではなく反省。

 だって自分の役割忘れてるんだもん。


「でもゴブリン3体も後ろに来てたぞ。|盾(タンク)の仕事はモンスターを全部引きつけることで攻撃することじゃない」


「わかってるんだけどつい血が燃えるんだよ。モンスターを倒せってさ」


 自分の役割を全く理解していない東には後で説教するとして、今はもっと単純かつお手軽な手がある。

 そう、要は煽ってしまえばいいのだ。


「ふーん。もしかして東でもゴブリン3体とかいると攻撃防ぎきれないとか?なら仕方ないし半分は俺が引き受けてもいいぞ。いや、むしろその方がいいな。盾(タンク)なんて一番の大役だもんな、東一人じゃ荷が重いよな」


 杏花と音符は苦笑いし俺へ視線を送る。どこか呆れたような視線をだ。

 その意味は言われなくてもわかってる、幾ら東でもそんな単純な煽りに乗るのかということだろう。

 だが俺は断言しよう、東は乗ると。


「いやいやいやいや、俺以外にタンクできる奴なんていないっしょ。ほんとにマジで。もう一体も通さねぇって」


「えー、でも難しいんでしょ?」


「全然イージー。ゴブリンがちゃんと俺を攻撃するように一番目立てばいいんだろ。任せてくれって」


 そう言って俺と肩を組みだした東に杏花と音符は呆れたように肩を竦める。

 ともあれ東はなんとかやってくれるだろう。

 あと問題は大河内蘭丸か……。


「なぁ、大河内。モンスター怖いか?」


 東とは違い大人しそうな大河内にできるだけ優しく、責めているわけではないと伝わるよう話しかける。


「ご、ごめんなさい。僕何度も何度も同じミスして。実技試験で克服したつもりだったんだけど……ほんと足手まといでごめんなさい」


「大丈夫大丈夫、俺は全然気にしてないから」


 この場合、大河内が正常でむしろ俺たちのほうが異常なのかもしれない。

 襲ってくるモンスター達はみな全身から溢れ出るような殺気を放っている。

 それを真っ向から切り伏せ倒さねばいけないのだ。


 そんな命がけのやり取りが日常と化すダンジョン攻略者になろう、というからには正常ではいられない。それこそ異常者にでもならねばやっていられないこと間違いない。

 だからこそ、大河内が今すべきは直ちにこのダンジョン学園から去るか、みんなと仲良く異常者への第一歩を踏み出すかの二択をすることかもしれない。

 もちろん俺のオススメは前者。なんせ前者を選べば、ゲート付近に幾重にも張られた防御を突破し、現実世界で暴れるモンスターに八つ裂きにされるまで大変に平穏な生活が保障されるのだ。


 もちろん決めるのは大河内だ。俺から何かを言うつもりは今のところない。

 とりあえず今は同じ学び舎に通う仲間として、先ずはモンスターとの戦闘に慣れてほしいところ。


「なぁ、大河内。剣じゃなくて盾にするか」


 そう言って大河内に提案するも、聞き捨てならないとばかりに大河内よりも先に東が反応する。


「ちょいちょいちょい!さっき|盾(タンク)は俺に任せてくれたんじゃねぇのかよ。俺への信頼はそんなもんだったのか」


「勘違いするなよ東。剣の代わりに盾を武器にするだけでタンクはお前だ。あとゴブリン逃しまくってる今、俺のお前に対する信頼は絶賛急降下中だ」


 そして悄げる東を尻目に大河内の目を真っ直ぐに捉え、もう一度尋ねる。


「盾で時間稼ぎをしてくれればそれでいい。モンスターを倒すのは俺がやるから」


「うん、ありがとう真司さん」


「さんは付けなくていいよ。普通に呼び捨てで呼んでくれ」


「うん……真司」


 先程まで半べそだったのかウルウルと煌めくような瞳で上目遣い……。

 これが女子だったら抱きしめたくなるような愛くるしさだったことだろう。

 だが、男だ。

 ともあれ、これで一応の目処が立った。

 あとは実際にやるだけ、そう思ったところで何か納得いかないとばかりに東が口を開く。


「いいのか真司?剣のほうがリーチあるし楽なんじゃね?」


 東がそう思うのも最もかもしれないが、剣と盾であれば盾の方が恐怖は薄まるだろう。

 盾は振らなくても両手で握りしめておけばいいのだ。

 それに盾でゴブリンの攻撃を受け続けることで、徐々にモンスターの敵意に慣れてくれれば万々歳。


「いいんだよ盾で。別に今すぐダンジョン攻略者にならなきゃってわけでもないだろ?中間試験とかまでになんとかなってくれればいいよ」


「ふーん、そんなもんかね。あんまりのんびりしてられても困るけどな」


 東に敵意はないのだろうが、できれば小声で話してもらいたかった。と申し訳なさそうに肩を竦める大河内を見て思う。

 思ったことを素直に言えるのは悪いことではないが、時に人を傷付けるといつかは学んでもらいたいものだ。


 残る問題はあと一つ。

 それは大川音符のことである。


 俺達前衛がミスばかりしていたからあまり強くは言えなかったが、言わないままにしておくわけにもいかない。そう決心を固めて口を開く。


「それと……大川さん。ちょっといいかな」


「何?」


 そう言ってキョトンとした顔で軽く首を傾げる姿は、東と口論していた時とは打って変わって、実に可愛げのある女の子らしい仕草。

 東といがみ合ってた姿が印象に強く残りすぎていたが、こうして普通の表情を見れば間違いなく男子には好印象だろう。


「念のため剣……いや、盾でいいから持っていてくれないかな?あと魔法は今後禁止の方向で」


 とは言ってみたものの、おそらく断られるだろう。

 なんせ東が同じようなことを何度か言っているが、全て素気無くあしらわれている。

 先ずは魔法無しでも俺達となら戦えるという信頼を勝ち取らねばならない。

 それまではルール破りにも目をつぶろう。


 そう思った矢先、音符は他愛もないかのようにさらりと口を開いた。


「えぇ、わかった。あなたがそう言うならそうするわ」


「そうだよね、前衛が心配だもんね。でもちゃんと守るから魔法だけは……」


(あれ今なんて言った?東の時みたいに簡単に頷くわけが……)


 頭の中で大川の言葉を繰り返し唱え、慌てて理解を追いつかせる。


「えっ、いいの?」


「だって守ってくれるんでしょ?なら信じるわ。あと私のことは音符でいいわ。大川さんなんて呼び方長いでしょ」


 確かに呼び方は重要。最初の授業でもあったが、咄嗟の時にすぐ呼べるよう呼び方は短く。と言われたことを思い出す。

 特に同級生の間では普段から呼び捨てで呼ぶことが推奨されるほど。

 ……ではなくて。まさかこんなに簡単に頷くとは予想外も予想外。

 もしかすると単に東とはソリが合わなかったということなのかもしれない。まぁ、それはそれで困るが今は置いておく。


「わかったよ音符。とりあえず武器を取りに行こう。俺のオススメは細剣とかレイピアみたいな軽い武器かな。もしくは盾」


 すると音符はちらりと視線をずらし、おそらく東の持つ盾を見てから再び口を開く。


「なら軽い細剣にしておくわ。流石にレイピアは素人に扱えないでしょう」



 俺のおかげもあり流れるような潤滑な話し合いが終わり、全員で一度ゲート前に戻る。

 音符は武器の入っている箱から何本か細剣を選び片手で何度か振るも、よくわからないからこれにすると言って剣を決め。

 大河内は盾はデカけりゃデカいだけいい、という東の謎のアドバイスにより非常に不恰好で、一瞬盾が歩いてるのかと見間違えるような盾を選んだ。


「さて、リベンジマッチといきますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る