戦闘スキルアップ演習 その1
4月8日、入学3日目。教室の自分の席に座っていた俺は何処からか視線を感じた。今日で何回目とも言える、こっそり盗み見るような視線。
「誰かに見られてる気がする」
するといたずら好きな少年が浮かべるような表情の東が、机に両手を乗せ前のめりになって口を開く。
「おいおい、それって自意識過剰ってやつか?やっぱり女子の視線か?」
最初に出てくるのは盛大な溜息。こいつに相談した俺がバカだった。
「はぁ、お前に相談したのは間違いだったかもな」
視線を送ってくるのはAV寄りの人間かもしれない。少し考え過ぎかもしれないが昨日の沖田先輩の忠告もある、考えないよりは警戒した方が何倍もマシだろう。だが、相談するなら杏花にするべきだったようだ。
「そんな怒んなって、軽い冗談だろ。まぁ、真司は悪目立ちしてるもんな。あんま気にすんなって」
悪目立ちという言葉を否定したいものの、自分自身よく理解してるため否定できないのが残念だ。別に地味な学園生活を送りたかったわけではないが、これが望んでいた形かと問われれば全力でノーと言いたい気分にもなる。
「だといいんだけどな。ところで話は変わるけど、東ってAVか?」
「AV?アダルトビデオのことか?」
そう言って笑った東の生き生きとした表情ったらない。そういう下ネタは中学までにしてほしいものだ。とにかく今は真面目な話をしたいのでそこはスルーする。
「そっちじゃない方のAV」
「あっ、家庭内暴力な」
「そりゃDV」
「えーっと、じゃあ……」
「復讐者って意味のAV。アベンジャーの略な、これでいいか?」
「あぁ、アベンジャーね。わかってるわかってる。でも違うぞ。俺が攻略者になろうと思ったのはAVだからなんて理由じゃねぇ」
一応、念のため聞いただけだが、やはり違ったようで安心する。そもそも東がAVなんてガラでもない。流石に失礼なので本人には言わないでおくが。
「それじゃあなんで攻略者になろうとするんだ?」
興味本位だがその理由とやらを是非とも聞かせてもらいたい。俺以外の人が何を思い、何故過酷で生死のやり取りすらあるこの道を選んだのかを。
「はっはっはー。よく聞いてくれたまえ」
他の男子生徒と比べてもかなり分厚い胸板を名一杯に張り、誇らしげな表情で続ける。
「地位、名誉、金。一流攻略者になりゃなんでも手に入る。しかもダンジョンの最奥にゃとんでもない宝があるって話だしな。俺はそれが欲しいのよ」
「……ふーん、そうか」
前半の地位、名誉、金、とやらはいい。事実S級いや、B級以上の攻略者であればその3つは手に入る。それに、人が何のため命をかけているかなど他人が口を挟めることではない。だが最後の答えはツッコミを入れざるを得ない。全くもって面倒でしかないがツッコんであげるとしよう。
「ダンジョンの最奥に行ったことある人間がいないのに、何でそんなこと言えんだよ」
誰かが手にしたもしくは実際に見た人間がいる。そういった信頼性の高いソースがあるならば多少信じてやらなくもないが、そんなもの聞いたことがない。つまりダンジョンの最奥にあるものなど結局のところ憶測、もしくは願望でしか語ることはできないのだ。
ちなみに今目の前にいる人間が抱いているのは間違いなく願望だろう。
しかし東は顔色一つ変えることなく、自信満々に言い返してくる。
「ダンジョンの最奥には宝がある。間違いない。多分凄ぇモンスター倒せば宝が貰えて、そしたらゲートが閉じて世界に平和が訪れる。それがテンプレだろ」
「確かにテンプレだな」
「だろ!」
まるでクワガタを見つけた少年のように目をキラキラと輝かせる東に、俺はただしそれはゲームの話だろとは言えなかった。それに本人が命をかけてもダンジョン攻略者になるという理由に、ケチをつけるような野暮をするつもりはない。俺にだってダンジョン攻略者になる理由があるし、他人に言われて曲げようという類のものでもない。
ともあれ、せっかくできた友がAVではなかったという事実だけ判れば、あとはどんな荒唐無稽な夢を見ていようが構わないだろう。
俺は小さく胸を撫で下ろし、次の授業の支度を始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゆとり世代。年齢的に言えば俺達の親くらいの歳だろうか。その頃には今の俺達にはない実に素晴らしい制度があった。
土日休み。なんとも羨ましい響きだろうか。しかしそれは現代っ子の俺達には無縁の幻想でしかない。なんせ俺達はこうして土曜日だろうと、授業のたまにダンジョンの中へと来ているのだから。
土曜日の授業日程は1〜4限目がダンジョンにてスキルアップ演習。5、6限目は学園に戻ってのシュミレーター演習。という濃密かつダンジョン学園らしい授業内容だ。
そして午前中丸々使って何をするのかと言うと……実は俺達もまだ知らされてはいない。
「詳しい説明は後でします」とだけ言われ、言われるがままにダンジョンまで連れてこられたわけである。
そんな状態のまま俺達1年A組はダンジョン1階層のスタート地点で集合する。ようやく本日の授業内容の説明を担任である鬼嶋先生がしてくれるようだ。
「えー、これから皆さんに行ってもらうのは基礎中の基礎、昨日の講義でも話したパーティー戦闘の基礎訓練です」
おそらく昨日の午前の授業で習った、戦闘基礎学のことだろう。座学で学びその後実践で試す、実に無駄のないカリキュラムと感心するばかりだ。
学校で習った知識が人生で何の役に立つのかなどとよく聞くが、ダンジョン学園では無縁のようだ。
そして鬼嶋先生はさらに続ける。
「今回は5人1組の班を作ります。と言っても班員はこちらで考えておきましたので、今から発表していきますね」
先生は胸ポケットに手を入れ一枚の紙を取り出し読み上げていく。
「それでは次は4班を発表します。多桗真司君、剛力東君、大川音符さん、灰音杏花さん、|大河内(おおこうち)蘭丸君」
大川と大河内とはまだ喋ったことはないが、東と杏花に関してはその性格も多少は知れた仲。どのような基準で班を決めたかはわからないが、先生グッジョブッとお礼を言いたいくらいだ。
「よろしくねっ」
後ろから弾みそうになる声を必死に抑えようとして、少し失敗したような声で話しかけてきたのは杏花。彼女も俺と同じく多少縁のある人と組めて嬉しかったということだろう。
「こちらこそ。また回復お願いします。大川さんと大河内もよろしく。あと東も」
「おいおい俺はついでかよ」
「いや、まぁ否定はしないけど」
簡単ながら班員達と挨拶を交わし、その後再び口を開いた先生の言葉に耳を傾ける。
「では今発表したパーティーでモンスター討伐をしてもらいます」
さらに先生は何事か思い出したようにわざとらしく手を叩き微笑む。目を軽く細め艶やかな唇を緩めた微笑み、おそらく多くの男子を魅了しているだろうが俺は目は騙されない。あの笑い方をする女性は悪女だと相場が決まっている。まぁ、生徒会長の演説に見惚れて盛り上がっていたクラスの男子達には見破れないだろうが。
「そうそう、魔法の使用は一切禁止ですので」
やはりというべきか碌でもない内容。魔法無しでモンスターと戦え?何かのとんち問題ではないのかと疑いたくもなるほどだ。
でも大丈夫よ。先生はそう言って背後にある木箱に手を突っ込む。
そして金属と金属の擦れ合うような音を立てながら取り出したのは鉄製の剣と盾。
要はこれで戦えということか。
「これは技術サポート科の2年生が1年生の頃に作った失敗作もとい。授業で製作した剣と盾であり、皆の相棒とも呼べる代物です大事に扱ってくださいね」
無いよりはマシ、全く便利な言葉だ。他に選択肢もなさそうなので、それぞれ剣と盾を適当に見繕い準備を整える。
「やれやれ、頼むぜ相棒」
見るからに切れなそうな、いっそ刃引きされているのではとさえ思える|剣(なまくら)を見つめ呟く。
頼りなさそうではあるが、ゴブリン相手なら最悪鈍器として使えばいいだけのことだ。何事もポジティブに考え、何ができないかではなく、何をできるかを必死に搾り出すこととしよう。
そうして波乱のスキルアップ演習が幕を開けた。
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