アベンジャー

 今日の授業も全て終わり、俺は現在生徒会室へ向かっている。ちなみに途中すれ違った来宮さんに、一緒に生徒会室へ行こうと声を掛けたところ、何故かすごい拒否反応で断られたので気持ちはかなりブルーだ。


「もしかして嫌われて……いや、多分用事があったんだろうな」


 そうに違いないと決めつけると、生徒会室の前で止まり軽く扉をノックする。ノックすれば待ってましたとばかりにすぐ帰ってくる返事。俺は扉を開け生徒会室へ入る。


「失礼します。多桗真司です」


「よく来たね。とりあえずそこに座ってくれるか」


 少し緊張しながら開けた扉だが、俺を出迎える友好的な表情で氷のような緊張感はだいぶ氷解された。昨日、敵意剥き出しで睨んでいたのが嘘のようだ。

 そして勧められるままに席に座り、自己紹介をする。本当なら昨日会った時初めにやるべきだったんだが、と謝られればこちらも笑って許すくらいの度量は持ち合わせている。ともかく誤解が解けたのであればそれでよしとしておこう。


「それで、会長が来る前に一つ話しておきたいことがあるんだが、いいかな?」


 声のトーンを少し下げ尋ねてくる沖田先輩の顔を見れば、かなり神妙なご様子。願わくば面倒事でないことを祈るばかりだが、会長に聞かせられない用事というだけで、かなり嫌な予感がする。


「改まってどうしました?面倒事なら聞きたくないんですが」


 正直になんでも言えるというのは俺の長所一つだろう。もちろん相手は選ぶし、沖田という人物はこの程度で気分を悪くするような男ではないと知った上でだ。


「その心配はない。むしろ面倒事に巻き込まないために話しておきたいことだ」


 そうであれば聞く必要がある、いや、聞かねばなるまい。沖田先輩の言葉を信じ、俺は一度頷き了承の意を示す。

 沖田先輩は覚悟を決めるように小さく息を吐き、そして重々しく閉ざされた口を開く。


「多桗、君はダンジョンに怨みを抱いているか?」


 締め付けられるような重苦しい空気、いよいよ雲行きが怪しくなってきたようだ。そんなことを思いながら否定の言葉を返す。


「いえ、特にそういうことはありませんけど」


「そうか、ちなみに僕達はあった。いや、正確にはまだ完全に消えたわけではないが。それでも僕達は会長に救ってもらったんだ」


「救ってもらった?」


「あぁ。だが僕達はその会長の心を救えていない。会長は自分の身を滅ぼそうともダンジョンを攻略するつもりなんだ」


「知らぬ世代のAV……ですか?」


 15年前のあの日を知るか、知らぬかという意味で呼ばれる、知る世代知らぬ世代という区分がある。大まかに分ければ15年前のゲートが現れた日に小学校1年生、つまり当時6歳くらいから上の人間を知る世代。それより歳下の人間を知らぬ世代と呼ぶ。俺もそして先輩方も知らぬ世代だ。

 しかし知る世代である親が、子にダンジョンへの復讐心を植え付けてしまうことも少なくない。

 そんな現象ことを知らぬ世代の|復讐者(アベンジャー)、と呼ぶ。特に15年前被害にあった人間の子供なんかには多いらしい。


「確か君は孤児院出身だったね。だとすると少し縁遠い話かも知れないけど、僕達も知らぬ世代の復讐者だったんだ」


 いつの間に俺の個人情報まで調べたのかという問いは後回しにするとして、確かに孤児院ではあまりいない。というか何年か前にダンジョン攻略者になるよう教育している孤児院が大きな社会問題になり、孤児院では厳しい監査があるため、逆に孤児院の方がダンジョンに対する憎しみを持つ人間は少ない。

 一方実の親に育てられた人は、親からダンジョンの恐怖に恨み辛みを聞かされ育って、洗脳に近い教育でダンジョンへの憎しみを持つ人の増加が最近では大きな社会問題になっているとも聞く。

 昔に比べて数が急増したと言っても孤児院の数はたかが知れてる。しかし一つ一つの家庭全て回って、憎しみを子に引き継がせるなと監視することなど不可能。そのため現状まともな対抗措置はないらしい。


 ともあれ、これでだいたいの話の流れがわかった。俺がなぜ生徒会長に呼ばれ生徒会に入らされたこと、沖田先輩達生徒会メンバーが俺を生徒会に入れさせないよう邪魔をしたこと、その辺りの疑問もほぼ解明したと言っていいだろう。


「つまり全部誤解だった。と」


 その言葉を聞いた沖田先輩は申し訳なさそうに苦笑いし、他の2人の先輩はそっぽを向きあからさまに知らんふりしている。成る程成る程、完全に図星というところか。


 入試での俺の戦いようを聞きAVと勘違いした会長と、その俺を排除しようとした生徒会の他のメンバー。結論、どうやら俺は誤解のせいで昨日の騒動に巻き込まれた。ということで間違いない。


 これはいよいよ、誤解を生む原因となった噂を流した人物を、ただちに特定しなければならないようだ。おそらく俺の学園生活において最優先事項だろう、ということを心のメモ帳に書いておく。


「すまん。とはいえ君がAVじゃなかったのはありがたい。これで僕達も随分動きやすくなったよ」

「……あぁ、悪かった。詫びは沖田が何かしてくれるだろう」

「あははー、多桗君ごめんち」


「まぁ、いいですけど。とりあえず会長に俺がAVじゃないかって言った人とかわかりませんかね」


 謝罪を受け入れつつ、俺は真犯人の正体を尋ねる。ある意味ではこの人達も被害者のようなものだ、文句を言うのは真の加害者に対してであるべきだろう。

 しかし俺の言葉に3人は肩をすくめ、期待には応えられないと態度で示す。


「そう……ですか」


 残念だが知らないのであれば仕方がない。自分で探すとしよう、最悪会長に直接聞けば済む話だ。


「僕達もそれとなく会長に探りを入れてみるよ。君がAVという噂は結構広まってるらしいからね。類は友を呼ぶ、そんなことわざがあるように、AV同士でパーティーを組むことは珍しくない」


「そうなんですか。でも目的が同じ同士で組むのは自然な流れですね」


「だが気をつけた方がいい。AV同士で組んだパーティーのモンスター討伐率は高いが、同時に死傷率、全滅率は群を抜いて高い」


 嫌な話を聞いてしまった。だが往々にして嫌な話とは大抵重要な話でもある。なにせ他のAV達が俺も周りに集まる前にただちに誤解を解き、俺は健全たる攻略者であると示すことの重要性を肝に命じることができたのだ。

 嫌な話ほどしっかりと受け止める、俺の心の辞書に載せていいレベルの名言だろう。


「わかりました気をつけます。ところで自分は何をすればいいんですか?生徒会に入るとは言いましたけど、その辺りの話とか全然してなかったので」


 そう尋ねると沖田先輩は何か心配したような面持ちで聞き返してくる。


「本当に良いのかい?」


 疑問を疑問で返すのは好きではないが、質問の意味がわからないのであれば仕方がない。


「えっと、何がですか?」


「生徒会入ることだよ。昨日は成り行きでそうなってしまったが、もちろん拒否権はある」


 成る程、どうやら沖田先輩は細かな気遣いのできる良い先輩のようだ。だが、今更断る気はない。


「えぇ、昨日は手も足も出ず負けましたから」


「確か昨日は負けたら生徒会に入らないというルールだったが」


「そういえばそうでしたね。まぁ、細かいことはいいですよ」


 俺自身すっかり忘れていたが、沖田先輩が俺に勝ったら生徒会に入れさせないとかいうルールだった気もする。

 ともあれ、俺のAV疑惑を晴らすのにも生徒会に入っていい噂を流せることを考えれば悪くない話だ。


「それで俺はどんな仕事をすればいいんすか?」


 書類仕事などであれば面倒だが、AVパーティーに誘われるよりは何倍もマシだろう。


「実はまだ決まってない。というより生徒会メンバーの選出はまだ先でね、この時期はまだ内定というか候補に話をするだけなんだ。正式な発表は再来週だよ」


「そうだったんですか。それじゃあ自分はこの辺で帰ります」


「わかった。時間を割いて悪かったな」


「いえいえ、お気になさらず。重要な話もいろいろ聞けましたので」


 そう言って俺はさっさと立ち上がる。用事も済んだことだし何より生徒会長に会うのは面倒なことになりそうだ。生徒会に入っても極力生徒会長には近づかないようにしたいものだ。

 話の最初に面倒事に巻き込まないためとか言いつつ、十分面倒事に巻き込まれてる気がしないでもないが、見たくない現実には目を瞑ることにしよう。それがいい。

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