入学試験その1

 西暦2021年12月に起こった未曾有の大災害。あの日を境に各国はその対応に追われた。

 日本政府の場合はというと、15年もの年月の間ダンジョンとの生存競争を続け、未だ決着の目処すら立たない争いに多額の資金と人材を投じた。

 ある時は未到達階層へと進行し、またある時はゲートから這い出て来たモンスターの被害を受ける、一進一退の繰り返し。そんな現状を打破すべく設立されたのが、国立のダンジョン攻略者育成機関、ダンジョン学園だ。

 日本に現れた8つのゲート付近に建てられた学園は、第一校から第八校までの8校あり全国各所に点在する。


 そして俺が明日受験するのはその中でも最難関と言われる第一ダンジョン学園。日本に於いて最も攻略の進んでいる、東京都渋谷の真ん中に位置する第一ダンジョンのすぐ近くにある学園だ。

 はっきり言って受かるかどうかはわからない。特に実技試験の方は対策の立てようもなかった。実際にダンジョンに入りモンスターと戦うという内容らしいのだが、やってみないことにはわからないとしか言いようがない。


「おーい、真くん手ぇ止まってるよぉー」


「わりぃ、|柑菜(かんな)ちょっと考え事してた」


 少し舌ったらずの声で話しかけてきたのは同じ孤児院で生活している花巻柑菜。背は小さく150cmほどで、同年代の女子と比べると少し幼く見えるが、これでも俺と同じ15歳。

 背のことは本人が一番気にしているので、喧嘩した時でも言わないようにしている。


 ちなみに現在の日本では孤児院の数は昔に比べ数倍に激増しているため、孤児院出身と言っても然程珍しいということもない。付け加えるならダンジョン攻略者になろうとする孤児院出身者の数はかなり多い。と言っても数年前にゴタゴタがあったため、ダンジョン攻略者になるよう洗脳教育に近いような教育を受けることはない。むしろ自分達のいる孤児院ではダンジョンに行かないでと、涙交じりに熱弁されるほどである。


「考え事……やっぱ明日のことだよね?」


 下から覗き込むように、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる柑菜。

 昔から一つ屋根の下で暮らしていただけあって、柑菜はよく俺のことを知っている。時折自分の頭の中を覗かれてるんじゃないかと疑ってしまうほどに。


「まぁな」


 だからこそ柑菜相手にいちいち虚勢を張るつもりはない、むしろ話でもしてた方が気が紛れる気がする。なんせ柑菜も明日は俺と同じ、第一ダンジョン学園への受験を予定している仲間だからだ。


 いつもの如く柑菜は色々と理解したように頷くと、再び夕食の餃子作りの作業に戻りながら口を開く。


「緊張するよね。でも真ちゃんなら平気だよ。いざという時、真ちゃんほど頼りになる男の子はいないから。本番に強いタイプってやつだよ」


 なぜこうも俺のことを自慢げに語るのかはわからないが、何故かその言葉に大きく励まされたのも事実。

 しかしそれと同時に一つ気になることがあった、何故、どうして柑菜もダンジョン学園を志望したのかということだ。確かにダンジョンをなんとかしたいと願う人間は多い、だがどうして柑菜が攻略者になる必要性があるのかわからない。まぁ、俺自身攻略者になろうとしているのに変な質問かもしれないが、聞いてみることにした。


「一つ聞いてもいいか?」


「ん?」


 作業を止めるとまた注意されそうなので、作業はしたまま尋ねる。


「なんで柑菜も攻略者になろうとするんだ?一般の高校に通うって選択肢だってあるだろ、民営の孤児院だって学費とか全部借りられるわけだし」


 とてもじゃないが俺には柑菜がモンスターと戦うところなんて想像できないし、できればしたくもないことだ。院長先生の幾度もの説得を振り切り、柑菜が受験しようとする理由が俺には検討もつかない。

 そして返ってきた答えはやはり俺の想像の斜め上をいっていた。


「だって真ちゃん1人じゃ心配だもん」


 俺が行くから自分も行く、さも当然かのように答えた柑菜の言葉に、流石に手が止まってしまう。幾ら何でもそんな単純な理由とは予想外も予想外、しかも俺のせいという罪悪感にも苛まれる。

 その瞬間自分の中の天使と悪魔の井戸端会議が始まる。


『実技試験で邪魔しちゃえばいいんだ』

『そうね。自分は合格しつつ柑菜ちゃん足だけを引っ張ればいいのよ』

『大丈夫君ならやれる』

『自分の勝手にこの子を巻き込むのは気が引けるものね』


 しかし俺の頭の中の天使と悪魔の意見は最初から纏まっていたようだ。正直放っておいても柑菜が実技で受かるようなことはないだろうが、万が一ということもありうる。俺が行くからついて行くなんて理由で、家族同然の柑菜を危険に巻き込むつもりはない。

 あれほど院長先生に言われても決して折れなかった柑菜が、今更説得に応じるわけもない。なら柑菜が試験に落ちればなんの問題もなく、安心してダンジョン学園に通えるというものだ。

 自分の評価を下げないようにするという少し難しい条件付きではあるが、なんとかしてみよう。俺はそう決心した。


 俺と柑菜の会話は途切れ沈黙が流れる。いつまであればなんら気まずくもない沈黙だが、今回はほんの少しだけ気まずい。

 そんな気まずさを1人感じていると、ズシリと重みのある大股で歩く足音が廊下から聞こえてきた。幸いこの沈黙も長くは続かなかったようだ。


「おーい、準備できたか?もう腹ペコペコりろりんだぜ」


 声の主は171cmの俺よりも10cmほど背の高いがっしりした体躯で、柑菜と同様ガキの頃からの付き合いの須藤健悟。親友でもあり悪友でもあるこいつは、空気の読めないこと風の如し。気まずい空気を吹き飛ばすなら適任だ。

 ちなみにこいつを含めた3人が今年うちからダンジョン学園を受ける面子である。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 〜入試当日〜


 中学の制服である学ランを着て、孤児院からすぐ近くの駅まで歩いて向かう。そして電車を乗り継ぐこと2回、40分ほどかけて俺たちが向かう先は悪名高い、かの第一ダンジョンゲート前。


 当然街並みは完全に元通りになり傷跡などないが、多くの人間の間には未だ多くの傷跡を残しているあの災害。街のど真ん中に佇むゲートはやはり恐ろしいものだ。縦4m横5mもある巨大なゲートの間。闇のように深い黒の空間は、今にもモンスターを吐き出す魔窟のように感じられた。

 いや、ようにではなく事実この先は魔窟。

 覚悟なんてものは5年前のあの日に決めたはずなのに、自分の力では心臓の鼓動が速くなるのが抑えきれなかった。


「それにしても多いな、これ全員受験生だよな」


 流石は俺の悪友だ、健悟の顔に緊張の色は薄い。むしろ楽しみにしていると言っても差し支えないような、嬉々とした表情さえ浮かべている。


「そうだな、これでも試験日を3日間に分けているから、実際はこの3倍の受験生との争いだな」


 第一ゲート前、正確に言うなら第一ゲートを取り囲む、厳重な砦の入り口前と言ったところだろう。そこには自分達と同じように、制服に身を包んだ少年少女が数百人は集まっている。想像はしていたがこれだけのライバルがいるとなると余計に緊張感は高まる。


 予定されている集合時間まで約30分、もし1人であればただイタズラに緊張を増幅しまくっていただろうが、幸いにして健悟と柑菜がいてくれた。1人だと心細かったなんて恥ずかしいセリフは吐けないが、心の中で2人には感謝しておくことにしよう。だが勿論柑菜には試験に落ちてもらう。


 普段とあまり変わりない2人と他愛のない会話をしている間にも時間は刻々と過ぎ。ついに試験開始時間が訪れる。

 時計が午前9時を指し示すと同時に、試験官であろう女性のキリッとした声が響く。


「おはようございます。本日の試験の試験官を務めます三島幽々子です」


 その女性の声とともにそれまで騒がしかった辺り一帯は一瞬で静まり返る。そしてついに来たと、ゴクリという喉を鳴らす音があちこちから聞こえてきた。一部ではあれが三島かぁとか、まさかダンジョン学園の教員になったのかなど声も聞こえてきた。つまりは多少名の知れた攻略者ということだろう。


「人数が多いので手短に説明します。本日は実技試験という言葉通り、ダンジョン内で皆さんの実力を見せてもらいます。試験内容は一階層攻略、2時間以内に階層主前の扉まで来て下さい。ちなみにルールに制限はありません。パーティーを組んでも1人で行動しても構いません。採点は感知系魔法に優れた教員達で行います。私からは以上です」


 試験官の女性が壇上から降りると周りのざわつきは先ほどよりも数段騒がしくなる。

 ある者は顔見知り同士でパーティーを組み始めたり、またある者は自分と同じはぐれ者を探す。

 俺達は勿論前者だ。一応はライバルということではあるが、はなから誰かを出し抜くつもりもない。わざわざパーティーを組もうなど言わずとも、お互いに目を合わせよろしく頼むぜと頷くだけで十分だった。


「それじゃあ前衛は健悟、攻撃は俺、支援が柑菜ってところだな」


 現在の日本では15年前には無かった新しい国民の義務がある。それはすべての国民は10歳になると必ずダンジョンの中に入り、自身のアビリティとスキルを確認し、国に登録しなければならないというもの。

 だからお互いの持つ力と適正がどんなものかを理解した上での役割分担だ。


 数年前まではその調査で優れた力を持つとわかった子供を、大人達が攻略者にしようとするための制度の名残である。まぁ、今ではそういうこともほぼなくなったらしい。


「オッケー、俺が盾になってお前ら守ってやるからな」


 親指を突き出しながら余裕の笑みを浮かべる、悪友の頼もしさときたら。やはり持つべきものは友だ。


「……あとは回復役が欲しいな」


 とはいえまだ不安材料がある。それは回復役がいないこと。柑菜は味方の強化とかそういったアビリティを使えるが、味方の回復については専門外。そもそもヒールを始めとする回復魔法を使える人間の数は、非常に少なく貴重なのだ。不測の事態に備え回復魔法が使え、かつ、どのパーティーにも入れずにいる人を探す必要がある。

 とりあえず手当たり次第に1人ぼっちでいる女の子に話しかけたいところだ。勿論変な意味ではない、回復魔法を使えるのは女性しかいないからであって、本当なら男のほうが一緒に戦いやすい。


「そうだね。可愛いヒーラーがいたほうが士気が上がるもんね」


 しかし、若干一名見当違いな考えをしているようだ。いつもなら構ってるところだが、今はそれどころではないので放置しよう。回復役無しで初のダンジョン攻略など無謀な馬鹿のやることだ。


 そして背の高い健悟にも頼みヒーラーっぽい人を探すことにしたが、なかなかどうして見つからない。他にも同じことを考えた人が多かったようでほとんどのヒーラーは他の班に吸収されてしまったようだ。

 正直いえば当てがないというわけでもない、知り合いと呼んでいいのかはわからないが1人だけいる。しかし彼女はおそらくここにはいないだろう。なんせ彼女も俺と同じように5年前の事件に巻き込まれている。あんな目にあってダンジョン攻略者を目指そうとするなんて、相当神経が図太いか余程の変わり者だろう。俺自身自分が攻略者を目指しているのが不思議だと思うほどなのだ。おそらく彼女はいない。名も知らぬ俺の大恩人。


「あー、ダメだ。いないなぼっち女子」


「まぁ、絶対必要ってわけじゃないしな。念のためにいてほしかったけど、一階層ならヒーラー無しでも問題ないかな」


「ふっふっふー!なんせ最強の盾男がいるからな、安心してくれ」


 健悟がわざとらしく肩を落としオーバーリアクションで残念がる。

 短い時間ながら歩き回りぼっち娘を探したが、結局見つける前に試験開始の時間が来てしまったようだ。

 地鳴りと共に第一ゲートを取り囲む砦の正門が開いていき、それと同時に縦横5m以上ある巨大な扉の隙間から第一ゲートが姿を見せる。

 その姿を形容するならば地獄の入り口といったところか。当然俺には死んだ後も見ることのないであろう代物だが。

 それは現実世界とは遮断された異世界の入り口であり、見たもの全ての心奥深くに畏怖を染み付けるだろう。そんな風に感じるほど俺には禍々しいものに見えた。


 そこで再びマイクから声が響く。簡単に纏めるなら順番も無いし、各々自由にやってくれというところだ。詳しい採点基準など一切触れていないし、質問も受け付けていないようだ。

 夕飯何がいい?と聞いた時一番返されて困る返答である、何でもいいよと一緒だ。ある程度注文を付けてくれた方がやりやすい。

 だが自由にやれと言われた以上、自由に自分の力を見せるしか道はない。冷静かつ的確に攻略を進めさせてもらうことにしよう。


 何よりも冷静であることが重要だと自分に戒めていると、隣にいる健悟が何か言いたげにこちらに視線を送ってきている。長い付き合いだ、勿論察しは容易につく。いや、長い付き合いでなくともこれだけうずうずしている様子を見れば一目瞭然。


「もっと前に行きたいのか?」


 俺たちが今立っている場所は後ろも後ろ。最後尾といっても差し支えのない場所だ。


「あぁ、先頭の方がモンスターたくさん倒せるし採点が有利なんじゃないのか?ここじゃ完全に出遅れちまってるぞ」


 健悟の言っていることも一理あるが、俺の考えは少し違う。これはマラソン大会ではなく海に飛び込むペンギンのようなものだと思う。

 海に飛び込む前にみんなでわちゃわちゃくっ付いているペンギンの姿は、側から見れば非常に可愛い光景にも見える。しかしその実、ペンギン達は海の中が危険かどうか知るためにみんなで押し合っているだけ。しかも最初のペンギンが入った後も、結局天敵がいるかは確認できないため飛び込んでいくしかないという滑稽具合だ。

 だから先頭で後ろから押されてスタートしたり、中央でごちゃごちゃした乱痴気騒ぎの中で揉みくちゃにされるより遥かにマシだろう。


「大丈夫、まぁ、俺を信じてくれ」


「そうかならいい」


 信じろ、ただその一言で十分だ。健悟はそれ以上は何も聞かず前方に視線を移す。

 どうやらファーストペンギン達がダンジョンの中へと進み始めたようだ。

 ゲートの横幅は広いため列はどんどん進みあっという間に俺たちの番へと近づく。

 近づけば近づくほどゲートは威圧感がある。しかも闇の中は一切見えない。その威圧感に柑菜だけでなく、流石の健悟も顔が強張っている。


「さて行くか」


「おう」「うん」


 このゲートを潜るのも2回目とは言え流石にすぐには慣れそうにない。既に安全確認を終えた入り口付近だとしても、恐る恐る左手から闇のような空間に手を突っ込むことは減点対象にしないでもらえるとありがたい。


 左腕が入り右足を入れそして意を決して顔も通過させる。

 ゲートを抜けるとそこには広大に広がる見渡す限りの大草原。先程までいた都市部のアスファルトなど微塵もない、全くの別世界。まぁ、当然か。ここは日本であって日本ではない場所。いや、もっと正確に言えば日本の東京にあるゲートの向こう側にある異世界と言ったところか。


 青々とした芝生を踏みしめ先ずは第一歩、俺にとっては非常に大きな一歩。ダンジョン攻略者として踏み出した大きな意味のあるものだ。俺の中では人類が初めて月に降り立ったあの一歩に匹敵するほど重要なもの。


 しかしいつまでも感慨に浸っている場合ではない。先にゲートをくぐっていたライバル達の背が現在進行形で離れていってる。

 制限時間は2時間、焦る必要はないがあまりのんびりはしてられない。


「なぁなぁ、どっち行くよ?こうも広いと2時間で階層主前の扉とやらに辿り着けねぇんじゃねぇか?」


 焦りがちに尋ねてくる健悟、しかし進む方向なんて考えなくても簡単にわかる。なにせ下を見れば一発なのだ。

 俺は無言のまま指で地面を指す、馬鹿でなければそれだけで察するだろう。


「ん?どうした小銭でも落としたのか?」


 そう答える健悟の顔は真剣そのもの。そうだった、こいつは馬鹿だった。


「ダンジョンのスタート地点は必ずここだろ、しかも今までの延べ人数だとえらい数の人が歩いているわけだ。それも次の階層に向けて歩く人数が圧倒的に多い。だから───」


 そこまで言うと健悟がようやく理解し、俺の言葉を遮る。


「つまりあれだな。芝生が削れて土が露出してるこの跡を辿れば着くってわけだな」


「そういうこと」


 先人達が残してくれた足跡を辿れば勝手にゴールまで到着できる。つまりはそういうことだ。俺達を引っ掛けのためにわざわざこの跡をつけてまわったという可能性はゼロではないが、まずそんなことありえないだろう。

 それにあまりのんびり考えている時間もない。他の受験生達は既に跡を辿り前進している。

 俺達は後を追うようにして既に踏みならされた草原地帯を進んで行くのだった。

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