終末はダンジョンへ
三國氏
《プロローグ》15年前のあの日
西暦2021年12月25日、世に言う最後のクリスマスの日である。この日世界各地にゲートが出現したことによって。この世界の常識は人々の悲鳴とともに崩れ去った。
建造物も何もなかったはずの場所に突然巨大なゲートが現れ、中からは異形の怪物達を吐き出し、クリスマスで賑わう人々に虐殺の限りを尽くす。
泥や埃で汚れた深緑の肌を持ち、子供ほどの背丈で醜悪な顔立ちのゴブリン。人間の頭を丸ごと飲み込めるほど大きな口を開けるオーガ。
辺りの木をそのまま引っこ抜いたような、太い棍棒を、女性の胴体ほどもある太い腕で辺りを破壊していくトロール。
人のような身体を持ち、牛の頭を持つ筋骨隆々のミノタウロス。
そんな化け物達が、突如として現れたゲートから這い出て暴れ出す。数年ぶりのホワイトクリスマスで、一面真っ白だった景色は人々の血で真っ赤に染まり。煌びやかな街並みはむせ返るほどの血の赤に支配される。
その光景はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図、人々はこの世の終わりが来たと絶望の底へと沈んだ。日本だけで死者百万人以上、負傷者はその倍ともそれ以上とも言われた過去最大の惨劇。
もちろん何もせず嵐が過ぎ去るのを震えて見ていたわけではない。自衛隊や警察など総員で事態の収拾に試みたものの、モンスターの数があまりにも多く被害は増すばかりであった。
しかし、そんな光の見えない絶望に一筋の光が射す。絶え間無くゲートの中から這い出てくるモンスター達は無尽蔵ではなかったのである。
ゲート出現から5日目の朝、まるで全てのモンスターを吐き出したかのように、突如としてゲートからのモンスターの出現が止まった。未だ暴れ狂うモンスター達に怯え、絶望に夜も眠れず避難所でうずくまりながらも、モンスターが無限ではないと知り、心に希望の火を灯したのだった。
自衛隊と警察はモンスターの出現が止まったと同時にゲート周辺のバリケード作りに取り掛かかる。自衛隊達は既にゲートから出て猛威を振るうモンスター達の被害を食い止める中なんとか人員を割き、全体からすればごく少数ではあるが民間の中から多くの勇気ある民間人をかき集めた。
多くの民間人の活躍もあってバリケード作りはすぐに完成する。怪力を誇るオーガやトロールでも簡単には壊さないように、鋼鉄製の柵を何重にも重ね。ありったけの土嚢や破壊された車、さらには既に冷たくなり硬直しているオーガやトロールなど大型のモンスターの死体を幾重にも重ね、ゲートをぐるりと囲むようにしてバリケードを作り上げた。
さらにモンスターが現れてもすぐに銃で狙撃できるよう、バリケードから少し離れたところに足場を組み上げていった。
そしてようやく日本に現れた八箇所のゲートの周辺の守りを固めることに成功する。
それが最後のクリスマスから7日目の2022年1月1日のことだ。
ゲートから現れたのは知能の低いモンスターしかおらず、それを指揮しているものの姿は一つとして無かった。ただ殺戮だけを望むかのようにモンスター達は人間を見つけては殺すそれのみ。何かを聞こうにもまともな知性を持つものはおらず、雄叫び以外の声を発するものなどいない、そのため多くの疑問が残った。
モンスター達が何故現れたのか?
ゲートの先には何があるのか?
そもそもこのゲートは何なのか何のために現れたのか?
何一つとしてわからず、その答えを知るものはこの世界には誰一人としていない。
当然誰かが調べなければならない、いつまたモンスターの大群が押し寄せてくるかわからないのだから。
そして政府は第一次ゲート調査団を急造で組織する。第一次ゲート調査団が組織されたから2日目の1月3日、第一次ゲート調査団は結成してすぐにゲートの中の調査へと乗り出すことが決定した。
再び大量のモンスターが湧き出て来るのではないか。そんな不安にかられながらも、第一次ゲート調査団はゲートの中へと入る人員は決定されたのだ。
ゲートの中に向かうのは、完全武装した自衛隊や、様々な学者や一部の報道機関。ちなみに過去例を見ないダンジョンという謎に対し、ありとあらゆる分野の学者が呼ばれたという。自分の命よりも是非この目で見て謎を知りたい、そんなマッドサイエンティスト達が何人もいたそうだ。
そして、運命の1月3日。第一次ゲート調査団は碌な作戦も立てられないまま出発する。勿論、碌な作戦も立てられなかった原因の一つは、まともな作戦を立てる時間すら上が与えてくれなかったこともある。しかし1番の理由はゲートの先に何があるのか何もわからないという、あまりにも未知の出来事にまともな作戦を立てられなかったことだ。
そして最終的に何があっても対処できるように、できる限り全て準備するという大雑把な作戦になった。
第一次ゲート調査団が向かうのは日本に出現した8つのゲートの内の一つ、東京都渋谷区に現れたゲート。
調査団はゲート周辺のバリケードを一時撤去し道を作ると、まず最初に先頭の自衛隊員の車両が真っ暗な闇のゲートの中へ、まるで奈落の底へと消えるように進んでいく。
最も勇気がいるであろう先頭を進む自衛隊員が一瞬完全の闇の世界を抜けると、そこには全く別の世界が広がっていた。
高くそびえるビル街のど真ん中にあるはずのゲートの先は、周りをゴツゴツとした岩場に固められた薄暗い洞窟に通じていたのである。
先頭を進む自衛隊員にも多少の驚愕はあったが、それでも当然ゲートの先がこの世界には存在しない異世界であるという可能性は十分に予測できていた。
そして先頭を進む自衛隊員はゴクリと唾を飲み込みそのまま中に進もうとする。だが、その時問題が起こった。
ゲートをくぐった瞬間、自衛隊員の乗る車両のエンジンが止まってしまったのだ。
こんなタイミングできちんと整備された車両が偶然整備不良を起こし車両が止まる、そんな可能性まずありえない。あったとしても万に一つでしかない。
それよりも十分に考えられる可能性としてあげるならば、この空間において自分達の知らないイレギュラーが起きているということだろう。
自衛隊員は慌ててブレーキを踏み停車する。先頭がいつまで経っても立ち往生していては後ろに続く長蛇の列がつっかえてしまう。車両の後ろにロープをつけて引っ張って貰うしかない。
そう考えた自衛隊員は慌てて無線機を手に取り後続車両へと連絡を取ろうとする。
『…………………』
しかし、いくら無線機を弄ろうとも連絡が取れなかった。しかも連絡が取れないどころか無線機からはノイズすら聞こえてこない。
騒然としていた車内は一瞬完全に沈黙した。
車両はエンジンのかかる音すらせず、無線機はノイズすら発さなくなった。何かある、ここでは自分達の知らない何かがある。
とにかくこの異常事態を後方へ直接伝えなければならなくなった自衛隊員等は、無言のまま己のなすべきことを理解し互いに向かい合い静かに頷く。そして手元にある銃器を握り締め恐る恐る車両のドアを開け外へとゆっくり音を殺し地面に足をつける。
自分達が先程潜ったゲートがある車両後方に向かうべく、彼らは洞窟に背を向けると歩き出す。
すると突然、洞窟内で何者かの足音が響く。
じゃっじゃっじゃっじゃっじゃっ!
それは地面を素足で走る音。
自衛隊員は慌てて振り返り目を凝らす。薄暗い洞窟の奥、そこには100cmほどの子供のような姿の生き物がいた。だが当然それは人間の子供なんかではない。
その生き物は外に出た自衛隊員へと全速力で接近していく。知能の低いゴブリンの狂ったような甲高い叫び声が洞窟内に響く。
「ゴ、ゴブリンだ!!」
ゲートの中から現れ、街中で暴れ回ったゴブリンをゲートの外で何十体も倒した。そのゴブリンを彼等が見間違うはずもない。
自衛隊員は大きな声で叫ぶ。ゲートから出てきた中では最弱のモンスター、彼らはゴブリンを何十体も屠っている。しかし彼らは言いようもない恐怖に背筋を凍らせる。
拭いきれない恐怖、恐らくその理由は心の底ではわかっている。ただ認めたくなかった、認めてしまえば人間はこのゲート中では無力な生き物へと成り下がってしまう。
|牙や爪(ちから)を持たない代わりに|武器(ちから)を手にした人間がモンスターに屈する。そんなことあってはならない。
自衛隊員は己が持つ武器(ちから)を握りしめ銃口をゴブリンに向け狙いを定める。そして引き金を引いた。
「おい、嘘だろっ!うわあああぁぁあ、出ない出ない出ない玉が出ない」
車に無線機にライトまで使えなくなっていたのにも関わらず、彼等は銃は使えると思っていた。
いや、銃だけは使えると信じたかったのだ。心の底では十分にわかっていたはずでも認めることができなかった事実。ゲートの中では銃すらもその役目を果たさない、彼らはその事実をまざまざと見せつけられ恐怖した。
しかしゴブリン自体はさほど強いわけではない、小柄で非常に凶暴だが力は大の大人と同じくらいだ。
訓練で鍛えられた自衛隊員よりはかなり劣るだろう。
ただしゴブリンは素早く、そして予測のできないデタラメな動きで襲ってくる。
さらには銃が使えずパニックに陥る彼等では、ゴブリンのいい獲物になる可能性も十分にある。
自衛隊員の一人はパニックのあまり、ナイフを出すことも忘れ、アサルトライフルを両手で握り締め頭上高くへと構えた。
玉が出ないなら殴り倒す。そう思ってゴブリンを睨み付けたその瞬間、自衛隊員の頭の中にある言葉が浮かぶ。
【ファイヤーボール】
「ファッ、ファイヤーボール!!!」
自衛隊員は頭上に掲げたアサルトライフルから右手を離し、既に10メートルほどまで迫るゴブリンに手のひらを向けて大声で叫ぶ。
ファイヤーボール、本人でさえ突然何を口走っているのかさっぱりわからなかったが、自衛隊員の右手からは突如として拳ほどの大きさの火の玉が現れた。
そしてその火の玉は襲い掛かるゴブリンめがけて、真っ直ぐに解き放たれる。
直進していたゴブリンは避けようとする間も無く火の玉の直撃を喰らい、あっという間に全身が火に包まれる。
言葉を発せず奇声しかあげないゴブリンは、断末魔の叫びをあげもがき苦しんだあと光の粒となって消えていく。
ゲートの外でゴブリンを殺したあと、光の粒になって消えたという報告は一度もない。ゴブリンやオーガ達の死体はそのまま残り、消えることなど聞いたこともない。
だが確かにゴブリンは炭ではなく、光の粒になって消えたのだ。このゲートの中ではそれが当然であるかのように。
その光景を見たもの全てが唖然とし、なんと言葉を発せばいいのかすらもわからず沈黙が続く。直接見た出来事のはずなのに、その光景を頭の理解が追いつかないのだ。
しばらくの沈黙の後、ようやく誰かが絞り出すように言葉を発する。
「……今のは……魔法か?」
ゲートの中は外の世界とは全く違うルールの存在する場所だった。
電子機器はもちろんのこと、武器弾薬、さらには研ぎ澄まされた刃物ですら切れ味を完全に失う。そしてその代わりに、アビリティと呼ばれる魔法の力。タレントと呼ばれる特殊な個性が発現する。
そんな未知の領域へと続くゲートの中を、人々はダンジョンと呼んだ。
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