第17話 ご褒美タイム
ゆっくりと、撫でるように――――根元から先まで何度も何度も。
恍惚とした表情を浮かべ、時折小さく漏れ聞こえる嬌声。
反応を見ながら、ピンポイントでそこに何度も指を当てる。
香油を馴染ませながら、丁寧に丁寧に。
「褒美を遣わそう」
突然部屋に押しかけてきて、威丈高に言い出した咲耶さまご一行。
どうせ、褒美だとかなんだとか言い訳つけて、菓子を買わせるんだと踏んでいたのだが、少し違った。
「この綺麗な尾をな、梳く権利を与えてやろうではないか」
「梳いて欲しいだけでしょ?」
「最近よう頑張っておるでな、褒美として与えてやるのじゃ、ありがたく思えよ」
「1000年ぶりであるぞ?」
「わたしたちの尾に触れる事が出来るなんて、幸運の証よ」
実は気になっていた尻尾、出会った最初からずっとだ。
「この世で一番素敵な尾を九つも持つ咲耶さまお願いします」などと言わせようとするぐらいなのだ、きっと9本あるのだろうとはわかる。だが実際に数えた訳でもないし、触れた事も無い。実はこれまでに何度か隙を見てそっと触ろうとしたことがあったのだが、それとなく移動されたり、移動させられたリしてきていたのだ。
だが、ここでほいほいと笑みを浮かべて提案を受け入れるのも癪に障る。
「うーん、褒美って言われてもな~喜ぶのは俺じゃないしな」
「何を言うか!光栄な事であるぞ!」
「触れるだけでなく、梳く事が出来るなんて幸せなのよ?」
キイチとノゾミは血相を変えたが、咲耶さまの反論がないので見てみると――――こちらに背を向け、思わせぶりに尻尾をゆらゆらと揺らせていた――――触りたい……でも……
「そこまで言うなら、褒美に授かろうかな」
誘惑に勝てませんでした。
とりあえず用意がないからと帰して、いそいそとブラシやら香油やらを見繕って現在に至る訳です。
ふっさふさでモッコモコなんですよ。
尻尾って9本が別々に出ている訳じゃなくて、1本が9つに枝分かれしていた。不思議なのは4本はふさふさなのに、5本は毛が少ないのか細いところかな。
梳く際にキイチとノゾミがいつものように口悪く、あーだこーだとやり方にケチをつけてくると思ったんだけど、意外にも静かだった。疑問に思って顔を見てみたら、羨ましそうな目で咲耶さまの尻尾を見つめながら、一列に並んでた。
「やはり人間のブラッシングは最高じゃな」
「ええ、至極素晴らしいものですな」
「同族には出来ないのが悲しいでしょうけど、感謝しなさい」
約5時間ほどかけて、しっかりと3匹の尾を梳いて撫でたところ、だらしない顔をして社の中で寝ころんでしまった。
よほどよかったと見える。俺的にもしっかりと触れることが出来て満足だ。
ただ不思議なのは、そんなに人間のブラッシングがいいという割には1000年もして貰わなかったのかだ。
「簡単な話じゃ、褒美を遣わすほどの功績を為さぬ者ばかりだった故にの」
「功績?」
「うむ、妾たちによき事をすれば功績じゃ」
えっと、結局それってこれまで供物の捧げ方が悪かったって事なのかな?もしかして肉をこれまで貰えなかったとかそういう話?
「それもあるが、それだけではないぞ」
「例えば?」
「まあ、いずれわかる、いずれな」
最後は結局はぐらかされたけど、まあ好感度アップって考えればいいのかな?神様に対してギャルゲーみたいに好感度とかどうかとは思うけど、これまでの会話から考えたら、些細な運とかももしかしたら上げてくれるかもしれないし、損はないかな。
「ところで剛よ、六三郎のひ孫の女子は誘ったんか?」
「……まだだけど」
先日、誘って社に来てみたらどうか?なんて咲耶さまが言っていたけれど、未だ誘えていない。それどころか、バイト先で挨拶するくらいしかしていない。
いや、言い訳じゃないけどさ、何度か誘おうと試みたんだよ?無い勇気を振り絞って、「六三郎さんの大事にしていた大牧山のお社行ってみない?」ってさ。でもね、なぜか毎回社長が近くにいるんだよね、そして用事を言いつけられるんだよ。だから誘えてないんだ。
「ヘタレじゃのう」
「前よりわかっていた事です」
「ヘタレ以下ですわ」
やっぱりそうですよね……そうなりますよね――――わかってた。
「まあそんな事じゃろうと思うての、色々調べてやったわ」
「調べる?何を?」
「まずな、お主の懸想しておる六花じゃがな、現在彼氏はおらぬ」
「ちょっ!」
ちょっと何勝手に調べてくれてるんだよ。結果がよかったからまだいいけど、これで「ラブラブな彼氏がいる」なんて聞かされていたら、妄想が木っ端みじんに砕け散り、どんよりした気持ちで過ごさなきゃならなかったじゃないか。
「更にじゃ、好みのタイプは年上だそうじゃ」
「そうなんだ」
「なんじゃ、嬉しそうにないのう」
ここで「やったぜ、俺の時代到来」とか喜ぶほど俺はもう単純じゃない。年上が好みっていっても、そこに〈イケメンで〉とか〈お金持ってて〉とか付属が隠されているんだよ、そうに決まっている。
「要するに自分に自信が持てないと、そういう事じゃな」
俺が喜ぶこともなく黙っていると、どうやらこちらの心情を察した咲耶さまが頷きながら聞いてきた。
「さもあらん、顔は凶悪、ケチな上にヘタレ、ごく潰しと来ておるからの」
「自己分析は大事な事ですな」
「よくわかっているじゃない」
ヤバイ、反論できないのが悲しすぎる――――いや、ケチだけは返上しよう。特にこいつらには言われたくない言葉だ。
「だがの、剛が真面目で優しい所があるのを妾は知っておるぞ」
えっ?褒められた?
下げて上げる、鞭で打って飴を与える――――心理トリックなんだろうけど、ちょっと嬉しいじゃないか。
「そうですか?真面目で優しいでしょうか?」
「咲耶さま、少しお疲れなのでは?」
「これこれ、キイチもノゾミもそう言うでない。真面目で優しいではないか」
うおっ、2匹の反対意見を窘めるなんて初めてじゃないか?
小うるさい食いしん坊な狐神とか思っててごめんね、咲耶さま。
「いつも妾たちの事をしっかりと真面目に考えて、美味しい甘味や肉を奉納してくれる、心優しい青年じゃ、のう剛よ」
あっ、やっぱりそこに行き着くんですね――――ええ、ええわかってましたよ。どうせそんなオチだろうなんてね。素直に褒めてくれるわけがないんですよ、ちょっとでもさすが神様とか思った俺が悪かったんですよ。
「……何が食べたいんです?」
「んっ?そういうつもりではなかったのだが……」
「じゃあいいですね」
「待て待て、そう急くでない。巷にはアイスケーキなる冷やっこくて甘くて美味しいケーキがあるらしいではないか?妾はそれが食べてみたい」
「おお、いいですな」
「アイスでケーキだなんて、一粒で二度美味しいってやつですわね」
俺があっさりと引いたら、慌てた様子で要望を細かく言い出した。
どうしてこうもこいつらはこんなにも食物に詳しいんだろうか。
やっぱり大牧山から出れないって話は眉唾もんだ。もしかしたら俺より行動範囲広いんじゃないの?
「……今度買ってきますね」
「おお、やはり優しいのう」
「ホールでな」
「1人1ホールでいいわよ」
1ホールづつ?
想像しただけでも気持ち悪くなる……
でも、肉を囲んで狂喜乱舞している姿よりもましかな――――あれは、気持ち悪いというよりも、言い知れぬ恐怖だっただけど。
事件による騒ぎもようやく終息を迎えて、社長を始めとした家族の皆さんの顔に少しづつ最近笑顔が戻りつつある。
会社でも、犯人に500万の件を漏らしてしまった子供の父親である社員さんが、責任を取って辞めるとか辞めるなとか一時期騒いでいたけれど、社長の「普通それ聞いて泥棒したり誘拐したりなんか想像できないし、わが社にお前は必要だ」っていう男前な発言で収まったりした。
子持ちの社員さんが全員子供連れて社長宅を訪れて、庭のお社を壊した事も謝罪があったらしい。そこで各子供のお小遣い&お年玉を今後数年分取り上げて建て直すって案もあったらしいんだけど、ご神体が割れてしまった事と、誰も社の由来などを聞いた事がないので重要性がわからないって事で、家の中に小さな神棚を設ける事に決まった。
因みに、俺の家の猫の額ほどの庭にも、小さなお社が祀ってある。気になって父親に聞いてみたけれど、面倒くさそうに「今度教えてやるよ、おとぎ話だけどな」なんて言っていた。そんなおとぎ話になるような由来が本当にあるか怪しいところだ、ビール飲んで顔を赤くして酔っているようだったしね。そもそもそんな大層な由来があるような社だったら、本体の家とか庭がもっと大きくてもいいと思うんだよ、うん。
肝心の大牧山の咲耶さまのお社はどんな由来があるんだろうか――――そういえば、よく他の神社とかでは紹介の看板が立っていたりするけど、大牧山には何にもない。本人曰く1000年前とかいう訳だから、少なくともそれくらいの歴史はありそうだけど……本人たちに由来など聞いても、きっと数割増しに大袈裟に話しそうだしね――――郷土史家?郷土館?市役所?図書館?わかんないけど、気が向いたら調べてみようかな。
おきつねさまのたのみごと マニアックパンダ @rin_rin_rin
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