第16話 外れた推理

 お社の中、3匹の狐が走り回っている、奇声を上げながら。

 真ん中には積まれた各種生肉の塊、牛もも、豚肩ロース、丸鶏などなど。


 持って行って差し出した時はもっとすごかった。連続で白い煙が立ち上がり、様々な衣装に身を包んだ3匹が、ヤバい目つきで踊りまくっていたのだ――――もちろん奇声を上げながら。コスプレなのか変化なのか迷うところだが、咲耶さまは衣装を変えるだけで、身長も顔も一切変わっていなかったのだが、キイチとノゾミは年齢や顔つき、身長なども様々に変えていた。お爺さんや御婆さん、農夫に学生服を着た子供、ランドセル姿……挙句どこかで見たようなアニメの主人公の姿まで見せていた。


「ご満足で?」

「もしや剛様は神か!」

「剛様ありがとうございます」

「肉剛様愛してる!」


 神様に「神か」って言われるのってどうなんだろう――――しかも肉を渡しただけで。


「これほどまでにくれるとは思わなんだぞ」


 うん、俺もビックリしたよ、西尾さんから渡された時にはね。

 今回、この解決後の供物奉納には西尾さんは来ていない、今朝肉を山ほど俺の家に持ってきただけだ。何やら色々忙しいらしく、「咲耶さまにくれぐれもよろしく」なんて言われたけど、この様子を見る限り、きっと聞こえていないし、もし聞こえていても覚えてはいないだろう。


 狂乱の踊りを見つつ、俺は事件解決への推理を思い出す。












「では、肉たん――――咲耶探偵団の推理ショーを始めようか」

「よっ、サヤーロックホームズ!」

「名探偵のお出ましだ!」

「〇月ありさもビックリ!」


 合いの手は忘れてはならないらしい。

 まあ、これで解決するなら安い物だと思って、心を無にして声を上げる。


「まずの、犯人は子供じゃ、年の頃はお主より少し下くらいかのう」

「なんで?高校生?」

「そう急くでない、順を追って説明する故にの。庭の社を壊した件じゃな、ご神体が外に落ちておったって事はな、外に出したんじゃ。子供はのう、お宝があるとでも思っておったんじゃろ、それで出してみたが、落としてでもして壊してしもうたんじゃな。そこで慌てて、すべてを壊したんじゃよ、台座までな。よう考えてみい、台座なんて普通壊そうと思わんじゃろ?それをわざわざしたって事はだ、壊さなければならない理由があったか、何かを隠す為じゃ。この場合はご神体の事を知られないように全てを壊したに違いあるまい」

「うーん、そこまで壊す必要なくない?それにそんな音しなかったし、たくさん人いたよ?」

「子供が一人ですべてやったとは言っておらんぞ?社を壊したのは複数じゃろう、子供同士で集まって、わいわいがやがややっておるついでじゃろうて」


 確かに子供たちは子供たちだけで集まって何かをしていた。食事したり遊んだり。そして神棚やお社の奥にあるご神体には興味があるのはわかる。かくいう俺も、小さい頃に気になって祖父や両親に聞いたものだ。


「次に500万の身代金じゃ。主は車を購入する為にすでに金庫に入れてあった。主はなきっとその事を社員に言っておる、「車購入資金を銀行から下ろしてきてしまってある」とでもな。それを聞いた社員は家でな、言ってしもうたんじゃ「社長車買うらしい、その金も下ろして着て準備出来てるらしい、500万一括だってよ、いいな~」なぞとな。それを聞いた伴侶はこのような事を言ったはずじゃ「羨ましい、社長さんは良いわね~そんなお金があって」なんての。もしやすると、もっと羨んだり、妬んだりして愚痴を言うたかもしれんの。普通はそこで終わる、他人の家の他人の金の話じゃ、だがのう、そこで聞いていた子供は違ったんじゃな」


 言葉まで予想するとは相変わらずすごいな――――「じゃ」とか「の」をつけなくても喋れるのに、わざわざ古い言葉を使うのは何か意味があるんだろうか?

 ってそんな事を考察している場合じゃない、高校生くらいの子供がいるのは――――2人くらいかな?パートのおばさんと、河合さんっていう運転手さんだ。

 500万が羨ましいのはわかる、そんなポンっと現金一括で買えるなんて俺も羨ましい。だけど、誘拐してまで欲しいかな?


「でな、まあ六三郎が外に出たのは偶然じゃろうて、社の破壊を見てではなかろうよ、だったらその場で問うはずじゃろ?「誰かやったんだ」とな。じゃが、それはせなんだって事は、壊された事は知らなんだのじゃろうの。何が目的で出たのかはわからん、そこはもう済んでしまった事じゃ、気にする必要はない。重要なのは、夜に1人で外にでた事じゃろう」


 庭の社は関係ないって事は、ますます俺の言葉が重要性を増すって事だ。責任なのか後悔なのか、俺の心にずしんと音をたててのしかかってくる気がした。


「子供じゃがの、一度家に帰ってから戻って来たのか、家族と別れてぶらぶらしておったのかはわからんが、六三郎を見かけて思い付いたのじゃろうて、誘拐をな。計画性も何もない、ただの思い付きの犯行じゃ。ただ現代の子よの、足がつかんように携帯を変えたりなど色々策を練ったんじゃろうて」


 そう、携帯電話は毎回発信番号が違ったらしい、場所も大牧市ではあるが転々としていたようだ。調べでは置き引きや盗難があったものばかりだった事がわかっている。誘拐事件で最も難しいと言われている現金の受け渡しだが、高速道路から下に投げ落とすという単純なものだった。ただ時速何kmなど細かい指示はあったようだが。

 六三郎さんの死因は、咲耶さまが予想した通りだった。怪我による体力の低下から衰弱死らしい。大牧山の南西にある大牧山小学校の、プレハブで出来た用務員倉庫より見つかった。頭を鈍器で殴られていたとの事だ。


「イナリのババアの時もそうじゃったが、金とはほんに人の心を狂わせるのう。剛、お主も気を付けよよ、具体的に言えば貯め込まず、お世話になっておる狐などに供物として奉納するとよいじゃろうて」


 よくわかったな~なんて感心していたら、自ら全てを台無しにする発言がでてきました。


「ああ~今度肉を持ってくればいいんでしょ?」

「うむ、たんと頼むぞ」


 咲耶さまが鷹揚と頷き、「では、肉を待っておるぞ」と言葉を残し去って行ったので、俺は西尾さんにすぐ電話し、咲耶さまの推理ショーの内容をしっかりと伝えた。その中で「やはり」などの言葉が挟まれた事から、ある程度までは絞られていた事がわかった。





 

 

 5日後、犯人が逮捕された事がわかった、俺は西尾さんから電話を受けたのだが、毎度の事ながらマスコミも大きく報道していた。

 犯人は咲耶さまの予想は大きく外れていた、まずは社員さんの子供という推理だったが、真実は社員さんの子供の友人だった。咲耶さまの想像通りの会話が家庭でなされ、それを友人に話したそうだ「500万とかいいよなーもっとオヤジの給料あげろよ」的な事を。それとすでに金庫にある事もだ。それを聞いた犯人は当初盗みに入ろうと思っていた、いや実際に家に侵入したそうだBQの日に。だが運悪く家に戻ってきた六三郎さんに見つかってしまい、逃げる事となった。追いかけてきたので、金庫を壊す為に用意していた金槌で、闇に紛れて襲撃したらしい。その場所が小学校の近くだったこともあり、そこの卒業生だった犯人は、この時期は用務員も出勤していない事を知っていたので、倉庫に監禁した。あとはパチンコ店などで携帯電話を置き引きしたりして、誘拐劇を行った。

 なぜ真犯人がわかったかというと、警察はまず社員さんの子供を疑っていた。咲耶さまの推理もそれを後押ししていた。だが携帯電話を盗める状況になかったことがわかった。そこで盗難場所の防犯カメラを確認したところ、犯行現場こそ映ってはいないが、各場所に共通する人物が挙動不審な動きをしつつ映っていた。それを調べていくと、社員さんの子供の同級生であり友人だったわけだ。盗難事件でまず事情を聴いていたのだが、その際の会話で犯人しか知り得ない情報を知っていた為に、御用となったらしい。

 ところどころ疑問もあったが、細かい情報は教えてくれなかった。


  庭の社を壊したのは子供たちで間違いなかった。数人が知り合いに「中にお宝がある」と唆され、盛り上がったついでに中を見て取り出した際に落として壊してしまい、証拠隠滅を図る為に全てを壊したそうだ。だた、誰がご神体を落としたのか、誰が証拠隠滅と言い出したのかは記憶にないらしく、わからないままのようだ。


 犯人は六花ちゃんと同じ高校で、1歳上、俺の一歳下の18だった。

 どうやら以前に六花ちゃんに告白して玉砕した事があり、その逆恨みも犯行動機に含まれているようだと週刊誌で知った。


 俺はというと、犯人に怒りもあるし、六三郎さんの死に悲しみもあるのだが。どこか〈俺の言葉が死に繋がっていたわけじゃなかった〉事にほっとしている自分がいた、そしてそれに気づき自己嫌悪に陥った。


 司法解剖から戻ってきた六三郎さんの葬儀もしめやかに行われた。

 俺の両親を始め、近隣の皆さんのほとんどが駆け付け、人柄を偲んで涙する姿が多く見受けられた。だが一方でその人たちに無遠慮にマイクを突き付けるマスコミが多く現れ、社長や社員さんの怒号が響いてもいた。


 余談だが、その際に六花ちゃんがカメラに映され〈可愛すぎる被害者の曾孫〉としてネットなどで大騒ぎになり、後日山ほどの人が押しかけてきて、また社長の怒号が響き渡ったのは言うまでもない事だった。






「一部間違っておったか、そうか妾もまだまだよのう。だが約束は約束じゃわかっておるな?」


 犯人逮捕の連絡を咲耶さまに伝えたところ、上記の言葉を言われたわけだ。

 そうしてそのまま西尾さんに「解決後の褒美は肉がいいそうです、大量に求めています」と伝え、現在に至る。


「何を呆けておる――――ハッ!肉は分けんぞ!」

「あ、うん、大丈夫」

「じゃあ、なんじゃ?ああ、六三郎の曾孫へ懸想で悩んででもおるのか?」


 肉を囲んで狂喜乱舞し続ける3匹をぼうっと眺めていたら、咲耶さまがとんでもない事を言いだした。

 懸想って恋だよね?確か。いや、いいなって思うけど――――ってなんで知っているんだ?


「なんで知って……」

「ここに連れてくればよかろう、曾孫ならもしやすると妾らが見えるやも知れんぞ?共通の秘密が出来るかもしれん、それは親密になりやすかろうのう」


 俺の質問には答えぬままに、初めて役に立つことを無償で言い出した、初めてだ。

 そ、それはもしかして恋の予感!?

 もしかして、もしかするかもしれないのか!?


「お主は単純でいいのう」


 素敵な予感に顔を緩ませたのをニヤニヤ笑いながら見ている3匹――――肉に狂喜乱舞しているお前たちだけは言われたくないよ!!

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