第15話 なびく音

「肉を早う、肉を早うくれんか、剛よ、いや、剛様よ」

「聡明な剛様は、いつも以上に輝いて見えますな」

「いつ来ても素敵な部屋ですわ」


 自室に入ったらこの調子です。

 俺の足に手を、前足を乗せて縋ってきています……


 この状態を楽しみたい気持ちが半分――――目の奥から「肉を食わせねば殺す」的なものを感じて若干引いているのが半分。


「はい、5個あるからわけて食べて」


――――殺意に負けた訳じゃない、渡さなければ話が進まないって気付いたから渡す事にしただけです。


「おお!牛ももではないか!」

「咲耶さまは2本お食べください」

「わたしたちは残ったのを半分ずつにしましょう」


 狂喜乱舞とはこの事か、っと納得するほどの喜びようだ。

 肉を両手に持ち高く掲げ喜ぶ咲耶さま、隅々まで舐めまわすように見ながらヨダレを垂らし続ける狐2匹。


「ひ、久しぶりのお肉じゃ、お肉様じゃ!」

「おいなりさんや、おあげで誤魔化され誤魔化してきたが、それも本日終わりますな!」

「お肉最高!愛してる!」


 ヤバイ――――お肉教っていう新しい宗教かとも思える程に盛り上がってる――――しかもまだ一口も食べるどころか、舐めてもいないのにこの状況――――実際に口に出したらどうなるんだろう?――――見たいけど、見たくない――――いや、怖い。

 ってか、おあげって肉の代用品だったんだ……


「飲み物はここに置いとくね、俺シャワー浴びてくるから、ゆっくり食べていて」

「おお!剛様ありがたや!」

「感謝いたします!」

「剛様最高!愛してる!」


 コーラのペットボトルと紙コップを置くと、俺は逃げるようにシャワールームへと走った。

 俺に過剰な感謝の言葉を言ってくれるのは嬉しいんだけど、悲しい事に一切こっちを見て行ってなかったんだよね、視線は完全に肉だけだった。




 15分ほどかけて、ゆっくりとシャワーを浴びた俺が部屋に戻ると――――肉を包んでいた個包装を必死に舐める3匹が居た――――しかも恍惚とした表情で。

 先ほどまでの殺気の籠ったような、狂信者の目じゃなくて、違う意味でイッちゃってる目だったよ。思わず開けた扉をすぐさま閉めてしまうほどにヤバかった。


 もう一度扉をゆっくりと、ゆっくりと開け中を覗くと――――さすがにもう舐めてはいなかったが、恍惚とした表情のままだった。


「満足いただけましたか?」

「おおう、肉はやはりいいのう」

「幸せだ」

「肉汁に包まれて生きたいわ」


 言動は若干戻りつつあるかな?1匹ヤバイやつがいるけど……

 

「では、そろそろ推理を再開して欲しいんですけど」

「もうええじゃろ、そんな些細な事は」

「馳走の後に、生々しい話はしたくないですな」

「どうして肉の雨が降らないのかしら」


 ノゾミはもう放っておくとして、話が違う。こちらは「願い」をしたのに、肉を食ったら手のひらを反すように、それを反故にするなんて。


「何も反故にするわけじゃないぞ、そうじゃの、明日でよかろ?」

「いやいや、六三郎さんの命が掛かってるんだって、明日じゃ遅いかもしれないじゃん」

「んっ?ああ、そんな事か。あやつはもう生きておるまいて」

「えっ?」

「爺なんぞ生かしておいても仕方ないからのう」

「いや、まだ1日も経ってないんだよ?生きている可能性高いでしょ!」


 電話でも声が聞けたそうだし、まだ生きている可能性の方が高いと思うんだ。


「ああ、言い方が悪かったの。あ奴はのう、戦争に行って帰ってきおった兵じゃ、そしてまだまだ簡単には死にそうもない程丈夫じゃった、ここまではよいか?」


 確かに、あの御歳でBQ用のそこそこ分厚い肉を普通に頬張って食べていたし、背筋もピンっと張っていて元気だった。


「でじゃ、あ奴は更に蟒蛇じゃ、酒をたーんと飲んでも足元がふらつく事や正体不明になるほど酔いはせん。そんな輩を夜中に襲ったとしてもじゃ、無傷で捕まえる事などそう上手くはいかんじゃろ。するとじゃ、あ奴は今、劣悪な環境に置かれ、手傷をおった状態じゃと考えられる。しかも芯まで凍った肉が程よく溶ける程の炎天下じゃぞ?もう瀕死か死んでおるかどちらかじゃろ」

「それでも、まだ助ける事が出来る可能性もあるんじゃない?」


 そう簡単に諦めちゃダメだ、人命が掛かってるんだから。


「ふむ、まあ肉も貰うた事だしの、しゃあなしとするか――――じゃがのう、現在では情報が少なすぎるんじゃ。まずは確認して欲しい事がある、庭の社じゃがな、ご神体はどこにあるか確認してくれ。それとの、500万と聞いて今回の誘拐劇云々は別として何を思い付くか、家主に聞いて参れ」

「それがわかれば、六三郎さんの居場所がわかる?」

「居場所はわからんかもしれんが、犯人の手掛かりにはなるの」

「わかった、西尾さんに確認する」

「では、用が出来たら呼ぶがよい。では、またの」

「ちょっと!」


 前回の事件後に交換した番号にスマホから連絡しようとしたのに、すぐさま3匹は去って行った、肉の個包装をしっかりと手に掴んで――――まだ舐めるの?


 あいつらの行動には苛立ちと呆れが伴うが、とりあえず今は六三郎さんの救出だ。西尾さんに電話して、咲耶さまの質問を伝えた。あと、俺に尾行がついていた事に対しての苦情も。「疑っていないからこそ、尾行を敢てつけれた」とかなんとか言われた、納得できるような、出来ないような……まあ、西尾さんはあくまで警察の人だって事で、そして情に流されないプロっていうわけだ。




 西尾さんからの返答の電話がないまま、夜は更け朝を迎えた。

 当事者であり第三者である俺は、何度も電話したり様子を尋ねたりすることが出来ないのがもどかしい。だけれど、何も出来ないのが現状だ。出来るのはただ返答の電話を待つ事だけ。


 何をするわけでもなく、ただダラダラと時間を浪費して、時計の針が縦に一直線に並んだ頃、ようやく待望の呼び出し音が鳴った――――それは返答ではなく、最悪の報せだった。犯人にお金を渡したが、返されたのは六三郎さんの居場所であった。すぐさま警察が急行したのだが、すでに事切れており、最悪で悲しい結末を迎える事となったとの事だった。

 感じたのは怒り、どうしようもない悲しみと後悔だった。社長宅に向かう際に、六花ちゃんに六三郎さんの事を知っているなど口を滑らせなければ……そんな思いが駆け巡った。


 知り合いが亡くなるってのは辛いんだな。

 上山さんの時は、犯人扱いされマスコミに追い掛け回されていたからか、感傷に浸る事もなかった。だけど今回は違う、知らずに加担してしまったかもしれない、会ったり話したのはほんの少しだけど、お世話になっている社長のお爺さんが犯罪に巻き込まれてなくなったっていうのは、かなりショックだ。虚無感?なんていうのかわからないけれど、全てのやる気が出てこない。


 翌日、ようやく西尾さんから回答を知らせる連絡があった。質問を元に推測して犯人を捜してはいるようだが、未だ捕まっていないので、咲耶さまにくれぐれも頼みたいとの伝言付きで。

 その気持ちは俺も一緒なので、せっせと部屋を片付け、貰い物の茶菓子を用意した後、合図の言葉を口にする。


 ――――コンコンコン


 不思議だよね、「コンコンコン」と言えばいいだけとわかっているんだけど、なぜか手をついて4つ足状態で獣のように、上を向いて鳴いてしまう。

 それに意味がない事はよくわかっているんだけど……俺、咲耶さまたちに毒されてきた?

 いや、大丈夫だ。

 俺はまだあんなに図々しくないし、口も悪くないし、肉賛美で踊ったりしない。



 ――――ビラビラビラビラッ


 突然変な音が聞こえてきた――――振り向くと、3匹が手に肉の包装袋を持ってました……ビニールが風になびく音だったようです――――まだ持ってるのかよ……


「呼んだか?」

「ああ、うん」


 床に置いた豆大福6個を確認して、目の前に輪になって座る3匹。膝の上にはビニールを大事そうに置いて豆大福へと手を伸ばす。


「おお、これは大福餅を得意とする花花堂のものではないか」

「肉もいいですが、これも美味いですな」

「肉が一番だけど、これも美味しいわ」


 こうも肉肉と言われ、綺麗になったビニールまで大事にされているのを見ると奉納してあげようかとも思えるが、ここで甘やかせば図に乗るのは見えている。


「そう、それはよかった。それで、咲耶さまの質問の答えを貰ったんだけど」

「そうか、聞かせい」


 大福を頬張る咲耶さまに西尾さんからの答えを聞かせる。時折「ふんふん」と頷きながら、何やらいやらしい笑いを浮かべ始めた。


「ようわかった、うむ。でだ、物は相談じゃ、ちょいと話を聞いてくれんか?」


 多分あれだろう、解決したら肉をくれとかそういうのだろう、今回ばかりは予想が出来る。なんたって、言いながらチラチラと膝の上に視線を落としてるのが丸見えだからね。


「解決したらの、肉をくれんか?」

「それは願い?」

「いや――――足元を見よるのう、いつからお主はそんなに底意地が悪くなったんじゃ」


 その言葉まるっと3匹に言ってやりたい。

 毎回毎回足元を見て、供物を強請ってきたのはどこのどいつだよっと。でもそんな事言って、拗ねられても面倒くさそうなので、せめてもとニヤニヤして返す。


「「咲耶さま、ここは折れましょう」」


 肉への願望の為に、2匹が裏切ったようです。


「――――ふむ、しゃーなしとするか……よい、願いとしてカウントするがよいぞ」

「わかった、じゃあ無事解決して犯人が捕まったら、肉を用意して持っていくよ」

「「「頼むぞ」」」


 上手い事いったようだ、借が1つ減り、更に肉を用意するのは西尾さんなので俺の懐が痛む事も無い。


「では、なぞ解きを始めようではないか」


「「「コンコンコココーンッココココーンッ」」」


 落ち葉を頭に載せ、天に向かって一叫び――――白い煙と共に時代遅れの衣装に身を包んだ3匹が現れた。

 

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