第14話 牛飼い

「も、もしやその手に抱えている袋は肉か!?」

「仄かにその香りがしますね」

「舌に合うような上等なお肉でしょうね?」


 えっ?マジで?真空パックに入ってるのに、匂いってするの?


「その前に、なんでその探偵団の恰好なんです?」

「ん?これか?事件じゃろ?そろそろ西尾が泣きついて来る頃だろうと踏んでの、用意しておったんじゃ。それよりも先に剛が肉を持って来てくれるとは思わなんだがの」


 あの人、そんなにしているの?

 刑事部課長ってけっこうなエリートなんじゃないかって思ってたけど、もしかして咲耶さま由来の手柄で出世してきたんじゃないだろうかと疑念を持ってしまう。


「そんな事よりも、早う、早う、肉をくれ」

「さっさと奉納せんか」

「こういう時は早くするものよ、夜は遅くてもいいけど」


 肉肉うるさいやつらだ。

 しっかりと3匹円状に座って、真ん中に肉を置けと言わんばかりにスペースを開けている。


「西尾さんに頼まれて、推理をお願いしに来たんだけどさ」

「なんだと!?」

「なので、推理ショーだっけ?それ聞かせて貰ったら、奉納させてもらうよ」

「に、肉はそれまでお預けだと言うのか!?」

「うん、俺も六三郎さんの事が心配だしね、肉食ってからだと遅くなるでしょ?」

「な、なんと殺生な!」

「肉を目前に置いた挙句に、我らに仕事をせよと言うのか!」

「焦らしプレイだなんて、どこで覚えたのかしら」


 かなりショックのようで、半泣きになりつつ上目遣いでこちらに訴えかけている途中で、白い煙に包まれいつもの咲耶さまと狐2匹に戻った。

 3匹ともヨダレをダラダラと垂らして、必死に肉を所望してくるが、たまにはいつもの仕返しをしたいので、お預けだ。言った通り、六三郎さんの事も心配だしね。


「わかった、わかったのじゃ、願いじゃな?」

「うん、お願い。あっ、言わないとだね――――えっとこの世で「よい、今日は良い」――――えっ?」

「今日はそんなまどろっこしい事はなしでよい、さっさと状況などわかっている事を一から話せ」


 呪文は必要ないようだ……やっぱり元々必要ないんじゃないの?これって咲耶さまを褒めてあげるだけのいらない文句なんじゃないか。

 まあ、今は置いておこう――――後でしっかりと問い詰めてやる。


 俺はパーティーの話、六三郎さんと2人で話した事、その後の流れなど細かく話した。3匹がパーティーの件で「どんな肉があったんじゃ?」「肉の種類は?」「どれほどの量があったのか?」「妾らに持ってくるという事は思いつかなかったのか?」と肉に固執する以外はスムーズに話せたと思う。

 

「小さなお社は壊れておったのか?」

「そう、台座までバキバキになってた」

「台座までしっかりと割れておったのか?」

「うん、そうだよ」


 庭のお社が破壊された事を話したら、確認はされたけど意外にも怒る事がなかった。自分が住んでいるわけじゃないからいいのかな?


「身代金は500万か――少なくないか?」

「えっ?500万って大金じゃない?」

「いや、少ないじゃろう。会社を経営しておって、土地を持っている家の爺をだぞ、リスクの高い誘拐などを冒して、たった500万じゃ割に合わんじゃろ」


 確かに言われてみれば、俺にとっては大金だけれど少ないのかもしれない。ドラマとかだと数千万円が相場だったりするか。


「飲んでなくて、車など運転で来たのは誰じゃ?」

「向井さんともう一人男の人、後俺かな?」

「ふむ、来とった社員の嫁や子供も全員飲んでおったのか?」

「えっ?いや、それは飲んでない人もたくさんいたし、子供は当然飲んでないよ」

「ふむ」


 うーん、確かにお社を壊した犯人から推測すると、あの日集まった人間が怪しいんだけど、社員さんや家族さんがこんな大犯罪をするとは思えないんだよね。

 俺は昨日が初めての参加だったけど、他の人は何度目かだったみたいだし、そうすると六三郎さんとかと知らない仲じゃないだろうし。


「よし、ここまでで判明した事を考えて行こうか。まず六三郎をあの家の者だと認識している者、尚且つ奴が社や妾の事を色々知っていると知っている者、500万を大金だと思える者、当日酒など飲んでいない者、深夜に1人行動出来た者」


 んっ?

 あれ?それって心当たりがあるんだけど――――まさか!?


「犯人は安倍剛、お前だ!」

「そんなバカな!」



「――――っと、冷静に考えるとこういった結果になるじゃろう。恐らく階段付近でお前をつけてきた者も同じように思っておるやもしれんの」

「えっ?」

「刑事の尾行ってやつじゃない、妾は初めて生で見たわ、ドキドキするの」


 満面の笑みで語ってくれているけど、それ笑えない。

 尾行されているなんて思ってもいなかったよ――――ってか、もしかして今の俺ってどういう風に見えてるんだろう?境内で独り言を話し続けるヤバイ奴?


「ちょっと、早く言ってよ!俺って今どう見えてるの?」

「ああ、それは安心せい。まあわかりやすく言うと幻影みたいなものでの、妾を認識できない者には、お主はずっと社に向かって拝んでいるようにしか見えておらん」


 ――――着いてからすでに25分以上経っているんですけど?どれほど敬虔な信徒なんだよ、俺。


「声も聞こえてないの?」

「うむ、聞こえてはおらん、安心せい」


 独り言になっていないのだけは、安心できた。

 ――――落ち着いて考えよう、尾行者は社長宅からずっと着いてきていた。肉を買うのも見ていた。お社に来てずっとお祈りしていると思っている――――だ。


 んっ?もしかして、これはもしかするぞ?


「質問があるんだけどさ、尾行している人ってさ、俺が肉の袋を手に持ってるって知ってるんだよね?」

「そうじゃ、買うたところもみておろうな」

「じゃあさ、ここで咲耶さまたちに奉納したらおかしく思わないかな?」

「何もおかしくないじゃろう?供物を捧げるんじゃ、普通じゃろうて」

「うん、何もない状態だったら普通だね。だけど疑っている人物が奉納した物だよ?もしかしたら確認のために、俺がいなくなったら見に来て、持って帰るかも知れないよね」

「「「!!!」」」


 思った以上に3匹が衝撃を受けた顔をしている。

 狐状態なのに、手に取るように心境が溢れ出ているのが面白い。「まさか」とか「でも」とかそれぞれブツブツ呟いているのがちょっと怖いけど。

 ちょっと考えれば、奉納していないかのように幻影を見せ続ければいいとは思うんだけど、どうにも肉が食えないかもしれないという衝撃で思いつかないようだ――――だからと言って、教えてあげる訳もないけどね。


「の、のう剛よ、もしや妾らは肉を目の前にして、匂いまで嗅がされて、あげく仕事までさせられた上に食べさせて貰えんという事に相違ないか?」

「まあ、現状だとそうなるね」

「剛よ!お主はなんという酷い男じゃ!」

「畜生にも劣る男よ」

「ゴミムシの分際でよくも」


 いや、畜生にも劣るってさ、その畜生そのものに言われても。そしてゴミムシは傷つくから止めて欲しい、蔑むような目付きで見るのも止めて欲しい――――なんか、中学の時のクラスメイトの女子を思い出すから――トラウマを刺激するから……


「俺が悪いんじゃないでしょ、悪いのは刑事と、こんな事件を犯した奴だと思うんだけど」

「「「・・・・・・」」」


 そんな恨みがましい目で見ないで欲しい。俺は間違った事は一つも言ってないはずだ。


「咲耶さま・・・・・わたしがこやつを尾行している卑怯な輩を食い殺して参りましょう」

「わたしも手伝うわ……人間の肉など美味しくもないけど、しょうがないわ」


 えっ?食い殺すってなに?なんでそんな物騒な発想が生まれるの?とっとと解決してくれればそれで済む話なんだけど?


「ちょっと、それダメだって、更に俺が疑われるじゃん」


 そう、俺を尾行している刑事が殺されるって、明らかに犯人扱いされるに決まってる。


「で、ではどうしろというのじゃ!?あれもダメ、これもダメ……妾は無力じゃ」

「えっと、とっとと事件を解決すればいいんじゃないです?」

「それでは、今日食えんではないか!」

「やはり、あやつを食い殺して参りましょう、それが一番手っ取り早く確実で御座います」


 ヤバイ、こいつらヤバイ。

 キイチとノゾミの目はすでに正気じゃなさそうだし、神様のくせに無力とか言っちゃってるし――――しかもそれが「今日肉を食べたい」っていうくだらない話からってのが笑えない。

 そもそも神様やその眷属が、人間を食い殺すとかありなの?ねえ?


「ちょっと!わかった、いい方法があるから!」

「なんじゃ、言うてみい」

「俺が家まで持って帰っているような幻影を見せればいいんじゃないの?」

「「「……」」」

「これ剛よ、近う寄れ」


 3匹が顔を見合わせたと思ったら、咲耶さまが前右足をクイクイと動かし俺を呼んでいる。

 これは「よく思い付いた、褒めて遣わす」感じかな?

 俺が近寄って行くと、通常の人型へと姿を変えた咲耶さまが、手を俺の頭の上に持ってきた――――神様みたいに――って神様なんだけど、頭を撫でるのかな?



――――イタッ!


 撫でるんだと思って、目を瞑ってたら、頭を叩きやがった!

 驚いて思わず目を開けたら、3匹の呆れた顔がそこにはあった。


「中身がないのかと思うて叩いてみたが、どうやら入ってはおるようじゃのう」

「ゴミが詰まっているのでしょうな」

「カスでしょうね」

「どういう意味だよ、ってかいい案だったでしょ?」

「そんな事が出来る訳なかろう、幻覚を見せれるのは社の庇の下までじゃ。だいたいそんな大がかりに出来るのであれば、ここら一帯をすべて牧草地にでも見せて、牛飼いを引き寄せて食卓にしておるわ」


 あ、無理なんだ。

 って、牧草地に変えて牛を引き寄せるって発想が怖い。その上それを食卓と呼ぶとか・・・・・・


「やはりあの者を排除するしかないでしょうな」

「そうね、わたしは右足を食べたいわ」


 また物騒な事を言いだしたんだけど――――あれ?術を使えるのは社の近くでしかっていうけど、この間俺を家から魂だけにして引っ張って行ったのは――――んっ?家?


「ねえ、家に来て家で食べる訳にはいかないの?」

「「「・・・・・・」」」

「家でだったら、持って帰っても不思議じゃないし、みんなも食べれるんじゃないの?」

「そ、そういう手もあるの」

「ま、まあ小童にしてはいい思い付きやもしれん」

「た、たまにはいい事言うじゃない」


 目を泳がせつつ、顔を上気させてやがる――――完全に忘れてやがったな。


「よし、ならば主の家に行こうではないか」

「そうですな、とっとと移動しましょう」

「善は急げですわね」


 いそいそと立ち上がって、俺を置いて階段へと歩き出した3匹。


「推理は?」

「そんなもん後に決まっておろう、まずは移動じゃ、それからじゃ」


 そんなもんって……

 まあ、なんか俺も無駄に疲れたから、家に帰りたかったのでいいとするかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る