第13話 通常運転
座敷に緊張が走り、静寂が訪れた。
そんな中、電話のコール音だけが、空気も読まずに鳴り響く。
トゥルルルル――トゥルルルル――トゥルルルル――
警察の人が何やら合図をしたようで、顔を強張らせた社長が受話器を取った。
「ああそうだ――――急にはムリだ――――そんな訳ないと言われても――――わかった、16時だな――――努力する」
受話器を置いた社長の顔は真っ赤になっていた、よっぽど犯人に強い怒りを抱いたのだろう。横に座っていた六花ちゃんが、心細さや不安、怒りからか俺のTシャツの裾をギュッと握りしめていた。
いつもなら、脳内で「キター」とか叫んでいる俺だが、さすがにそんな状況でもない。
だけれども、それを解消するために手を握って安心させてあげる事も出来ない、ただのヘタレ。
電話内容だが、500万円を旧札の現金で用意する事、16時に再度電話する事、の2点で、突然用意など出来ないと説明したのだが、「そんな訳ないだろう」と取り合ってくれはしなかったそうだ。
俺はもちろんの事だが、犯人に怒りを感じている。そして、昨晩咲耶さまの話題を出さなければ、六三郎さんが家の外に出る事も、誘拐される事もなかったのではないかと罪悪感に襲われている。だがそれを口にすれば、六花ちゃんも責を感じてしまう恐れがあるので言えない。
悲しい事に、俺はここにいても何もできないのだ、無力だ。
警察からはこれ以上俺に質問はないらしいので、「じゃあ俺帰ります」などと薄情な事を言えるはずもないので、せめてにとBQセットの洗浄や、庭の掃除をさせて貰う事にした。もちろん社長一家には固辞されたし、家に帰っていいとも言われたんだが、帰る気にもなれなかったし、何か出来る事をしたかったんだよね、自己満足なんだろうけど。
庭に出て、まずは掃き掃除。昨夜真面目に隅から隅までやったつもりだったけど、やはり明るくなったらけっこうな量のゴミが散乱していた、特に菓子の包装紙。
ついでだから、小さなお社を磨いておくことにしよう、六三郎さんも大事にしていたようだし――そんな事を思いながら、用意して貰った雑巾とバケツを片手に近寄ったら――――見るも無残に破壊されていた、台座の石までバキバキに。
昨夜六三郎さんと話した時は、確かに壊れて等いなかった。だって、軽く手を合わせたしね。それが今や見る影もない。
社長家族の元へ戻って、お社の件を伝えた、もちろん警察にも。
だけど、なぜ?どうして?いつ?である。
まず、いつ?であるが、俺が六三郎さんと話した時から今まで誰も確認していなかったので、その間なのは確かである。掃除の際にそのような音はしなかった。深夜、庭がよく見える座敷の灯りはずっと点いていた、また六三郎さんを除くすべての家族が居たが音は聞こえなかった。警察に連絡してからは、家の近辺に覆面の捜査員が散らばっているが、誰も庭に侵入した者はいないそうだ。となると、破壊できたのは俺が六花ちゃんに呼ばれて社の前を離れた後から、社員さんみんなが帰るまでの出来事だ。
だが、誰が何の目的で小さな社を壊すというのだろうか?
警察の人が社長に確認していたが、特に金目のものが祀ってあるとかそういうわけでもないらしい。
一つ思いついた事がある。俺が咲耶さまの話をして、六三郎さんが大牧山のお社の事が気になっている状態で、庭の小さなお社が破壊されているのを発見した事で、大牧山のお社にすぐさま出かける気になったのではないか?という事だ。
あくまでも推論であるのだが、気になって仕方がない。ただ、現状確かめる術もなければ、犯人もわからない。お社に関係するから、咲耶さまに聞いた方が早いのかな?なんか碌な事にならない気もするけど……
とりあえず、掃除を済ませてしまおう。
お社は、もしかしたら誘拐と関係があるかもしれないという事で、警察の人が調査するらしい。俺は反対側の隅で、ホースと洗剤でバーベキューセットや網を細かく丁寧に洗った。すべてが綺麗になったのは、13時過ぎだった。
「剛くん、ありがとう。お寿司取ったから、よかったら食べて」
ホースを纏めていたら、六花ちゃんが呼びにきてくれた。
朝から何も食べてないからお腹は空いているのは確かなんだけど……連日ご馳走になるのも申し訳ないし、何よりこんな状況の中で食事出来る程、胆が据わっている訳もない。そういった訳で固辞したんだけど、「お願い食べてって」と六花ちゃんの縋るようなお願いの声に、頷くしかなかった。
座敷に戻ったら、各人の前に寿司桶が並べてあった。きっと特上寿司ってやつだろう、豪華な桶にウニやカニなど高級食材を使った寿司が詰めてある。
奥さんと六花ちゃんが警察の方を含めたみんなにお茶を淹れていたので、手伝う事を申し出たのだけれど、「座ってて」と背中を押され座敷に戻されてしまった――――居辛い。八十郎さんの奥さんは疲れからか、自室で寝ているらしいので、5人が座敷の机の前に座ったところで、食事が始まったのだが、当然の事ながら空気が重い。会話もなく、義務的に食べるみんな。
「暗くなってても仕方がない、食事くらい明るく食べよう。ところで剛くんは、うちの六花と付き合っているのかい?」
無理に作った笑顔の八十郎さんから、突然爆弾発言がぶち込まれた。
思わず口に入っていたイクラをマシンガンの弾のように吹き出しそうになったよ。思わず横に座っている六花ちゃんを盗み見ると、顔を真っ赤にして下を向いている――――可愛い。
「ち、違いますよ、滅相もない」
「滅相もないって……なんだ違うのか」
「はい、そうです」なんて言ってみたいけど、事実違うしね。
そして、社長の目が鋭いんです――――なにか殺気すら感じる目をしているんです――――不思議な事だけど、誘拐なんてとんでもない事件の最中だけど、いつもの社長で少しだけ安心した。
「彼女はいるのかい?」
「……いないです」
「じゃあ、どんな子がタイプなのかな?」
「いない」じゃなくて、正確には「いた事はない」なんだけど……
タイプって……こんな状況だけど、これはチャンスなんじゃないかな?もしかして八十郎さん、おぜん立てしようとしてくれているのか!?
よし、言っちゃおう――――「六花ちゃんみたいな子がタイプです」って。
「ぼ、僕のタイ「剛は今は勉強とバイトが恋人だ・よ・な」――――ハイ、ソノトオリデス」
「勉強もバイトか、真面目だな~六花なんてどうだ?」
「それどころじゃないよな?なあ?剛?」
「ハイ、シャチョウノイウトオリでゴザイマス」
普段の社長と変わらずに安心するどころか、怖いよ、怖すぎだよ。
目が笑っていない、言葉の一つ一つに「殺すぞ」って副音声が聞こえてくるほどだよ。この話題はヤバイと本能が言っている――――さっきから箸で寿司を掴めないのは、その表れだろう。
「じゃあ、六花は剛くんなんてどうだ?」
八十郎さん、気持ちは嬉しいけど、もうその話題は止めて!
お願いだから、社長の目を見て!空気を読んで!
そして何より、俺の妄想という幸せを壊さないで!
「――――わたしは……「ご歓談中すみません、安倍剛くん、ちょっと話いいかな?」」
六花ちゃんが言いかけたら、西尾さんに邪魔をされた。
いいタイミングで割り込んでくれた。ここで決定打を浴びたくはない、辛い結果になるのは目に見えているんだし。妄想はハッピーエンドのままにしておきたいんだよ。ヘタレとでも、なんとでも言えばいいさ。
救いの神西尾さんの話は、庭の社が壊された事と、昨夜の六三郎さんがとの会話の関係性だった。そこで俺が思いついた推論を話したところ、西尾さんも同意見だったようだ。元々六三郎さんの事を知っていたらしい、お社で咲耶さまに頼まれた供物を届けに行った際に、何度か鉢合わせしたとの事だ。俺が亡くなった上山さんと会ったのと同じように。
「六三郎さんがお社を大事にしているのを知っていた人間が犯人である可能性が高いね」
「顔見知りの犯行ってやつです?」
「うん、たまたま剛くんが咲耶さまの話をしたり、僕が事件に携わった事で発覚したけれど、普通お社の事など気にされない可能性もあるから、お手柄かもね」
「そうですか」
顔見知りって事は近隣住民って事かな?
でも、昨夜庭でお社を壊せたのは、社員さんの家族が可能性として高いんだよね――――あの中に犯人がいるとは思えない。みんな仲良かったし、良い人たちばかりだし。
「剛くん、今日咲耶さまに会う?」
知っている人たちの顔を思い出して色々考えていたら、西尾さんから優しい声で尋ねられた。もしやこれは、「ちょっと解決頼んじゃってよ」的な声色ではあるまいか。
「うーん、予定にないですね」
そういえば、「明日肉持ってこい」とか言ってた気もするけど……
「六三郎さん心配だよね――――もしここで解決したら六花ちゃん喜ぶだろうね」
クソッ、いやらしい言い方しやがって。
でもさ、最終的には西尾さんが解決する事になると思うんだよね、咲耶さまの事を全員が見えて話せるならいいんだろうけどさ。それに俺は供物プラス肉体労働などが要求されるけど、西尾さんはお取り寄せ供物だけで済むという、不公平感もあるし。
「現状、僕はここを離れるわけには行かないんだよね。しかも行先はお社だなんて、言い訳にならないしさ。解決後の供物は僕がすべて負担するよ?」
「わかりました……お願いしてみます」
供物の金銭負担に折れた訳じゃない。立場的に俺が行ってお願いするしかないって事がわかったからだ。まあ、帰りに肉を買う用のお金は頂いたけども。
もうこれ以上、現時点で社長のお宅にお邪魔していても用がないという事もあったのと、社長の強いすすめもあって、帰宅する事となった。
途中、業務スーパーで、オーストラリア産牛もも肉1kg2180円を5個購入してお社へと向かった。
――――そこには、すでに前回化けた時と同じ、イギリスの有名探偵風の咲耶さまと、少年探偵団の恰好をした狐が2匹待ち構えていた。
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