第12話 誘拐事件!?

 宴もたけなわ、家族ごとに集まって手に持った花火を楽しんでいた。規模が規模だけに、花火と聞いて空高く打ちあがる物を想像していたけれど、現実はとても微笑ましい夏の光景の一コマだった。家族単位の為か、1人飯をしていた2人はいつの間にか消えていた。こういうとぼっちみたいだけど、別にはぶにされていたとか、溶け込めないとかじゃなくて、誰かがくれば普通に対応している2人だったんだけどね。

 俺はというと、六花ちゃん――じゃなくて社長と並んで線香花火をしています。

 呼ばれて駆け寄ったら、どこからともなく現れて、俺の肩を抱いて強制的に座らせられという形です。ほんの少し、ここまで邪魔するって事は、もしかして本当にフラグが来てる?なんて妄想したんだけどね、うん、瞬間社長の持つタバコが太ももの隙間に落ちてきました、目がマジでした――――やっぱり心読めるんじゃないのかと疑惑が……


 そんなこんなで、わいわいと楽しみ宴も終了です。

 最後に社長から日頃への労いと感謝の言葉が述べられ、気持ち新たに仕事を頑張ろうと締められた。

 社員さんがみんな帰っていく中、俺も挨拶をして帰ろうとしたら――――捕まりました、後片付けだそうです。ある程度は奥様方がまとめてくれているんだけど、細々としたものや、椅子やらBQセットを隅に運ぶ仕事はあるわけです。幸い清掃は明日やるらしいので、免除されたんだけどね。

 食べ残しや包装ゴミなどは袋に入れ、手を付けてない食材などは用意されたクーラーボックスにしまう。毎年の恒例行事らしく、俺以外の3人、社長と奥さんと六花ちゃんは手慣れた様子で片づけていて、俺はそのお手伝いをするという形だった。六三郎さんと八十郎さん夫妻はすでに家に戻ったのか庭にはいない。


「おう、剛ありがとな、後は明日ちゃちゃっとやるだけで済む」

「「剛くんごめんね、手伝って貰っちゃって」」

「いえいえ、あんまりお役に立てずにすみません」


 日頃お世話になっているわけだし、バイトなのにこの会に参加させて貰ったわけだし、何よりも六花ちゃんと仲良く話せたのが大きいので、かぶりをふって応えた。


「ちょっと中で手を洗ってお茶飲んでけ」


 確かに手は焼き肉のタレやら炭で汚れているので、素直にお誘いを受けてお邪魔する事にした。

 案内されたのは30畳はある座敷で、仏壇がある部屋と床の間がある部屋が続きになっているようだ。


「おう、そこ座ってろ、俺はちょっと着替えてくる」


 社長に指さされた座布団に座って、出された麦茶を飲んでいると八十郎夫妻が現れた。次に着替えを済ませた奥さんと六花ちゃん。そして社長が最後に――――「爺がどこにもいねえけどどこ行った?」と不思議そうに首を傾げながら戻ってきた。

 すでに夜の10時だ。散歩に出かけるような時間じゃない。だが俺には思い当たる節がある、そう「悪い狐達」発言と考える姿だ。もしかしたら説教しに行ったのかもしれない、神様に説教って不思議な話だけど。


「もしかしたら、お社に行かれたのかも」

「ん?お社って大牧山のお社か?」

「そうです、さっきその話になったので」

「話になったって……この時間にあんなとこ普通行かないだろうよ」


 思った事を言ったのだが、返って来たのは正論だった。

 確かに普通ならこの時間にあんな暗い場所に行かないよね。でも、咲耶さまを知っているなら話は別な気がするんだけど。



 トゥルルルル――トゥルルルル――トゥルルルル――


「こんな時間に誰だよ」


 突然鳴り響いた固定電話に愚痴を言う社長。

 「お爺さんかもしれませんよ、どこか泊まるとか」と言いながら席を立ち、電話に向かう奥さん。


「はーい、東野です」

「えっと――――何をおっしゃっているのかわからないのですが」

「それは!――――ちょっと!?ちょっと!?ちょっ――――」


 のんびりした顔と口調だったのが、困惑気味に眉に皺を寄せはじめ、最後には真っ青な顔で受話器に問いかける奥さん。

 何の電話なのだろうか?


「どうした?悪戯電話か?」


 火のついていないタバコを咥えた社長が、面倒そうな顔をして奥さんの方を向いた。


「いえ……それが、お爺さんを預かった、身代金を用意しろって……」

「「「「「はあっ?」」」」」


 奥さんの困ったような返答に、誰もが同時に声を上げていた。


「爺を誘拐って……で、相手はなんて言ったんだ?」

「えっと、身代金の用意をしろっていうのと、警察は連絡するな、また連絡するよ」

「いくらだ」

「言ってなかったわ」


 お爺さんの誘拐ってあるんだね、誘拐=幼児っていう風に思ってた。いや、問題はそんな事じゃなくて、大事件だ。俺はどうしたらいいんだろうか?ここに居ていい人間じゃない、家族じゃないし。でも、この状況で「僕帰ります」なんて言える訳もない。


「悪戯じゃあ――ねえよなぁ」


 社長がボソッと呟いた。

 そう、そういう場合もあるんだよね。


「じゃあ、僕はお社周辺を探しに行きましょうか?」

「いや――悪いだろ、さすがに」

「大丈夫です、家の前ですし」

「じゃあ、帰るついででいいんで、軽く探してみてくれるか?で、そのまま帰ってくれ。悪いな、みんな酒飲んでいるんで送れなくて」

「いえ、こちらこそ遅くまでお邪魔してしまいました。じゃあ、もし見つかったら連絡します」


 この場への居ずらさから出てきた言葉だったのに、思いの外感謝されてしまい少々戸惑ったが、連絡する旨を伝えて帰る事にした。


「まあ、その内ひょっこり戻ってきそうなんだがなー。六花ならわかるが、爺を誘拐とか――なあ」


 気持ちはわかるけど、俺には下手に頷けない。他の面々も同じように思っていたらしく、微妙な表情を浮かべていた。



 俺は玄関前まで送りに出てくれた社長家族に再度挨拶をして、探しながら帰る。途中の道には、誰一人歩いていなかった。寝ている可能性もあるが、一応咲耶さまに話を聞きに行くとするか――――階段は夜の闇に加え、鬱蒼とした森独特のそこはかとない恐怖の元が襲ってくる。咲耶さまたちを知った現在では、以前ほどの怖さは感じないが、それでも背中をぞぞっと走るものがあるのは確かだ。

 お社に着くと、意外にも奥から仄かな灯りが漏れていた。


「咲耶さま、起きてますかー」

「なんじゃ、こんな遅うに――――もしや肉か?さっそく肉を持ってきたのか?」

「いや……BQの帰りだからない。それよりも六三郎さん来てない?」

「なんじゃ――――来ておらんぞ?――――肉はないんじゃな?」

「自分だけ食って、持ちもせず訪れるとは腹が立ってきますな」

「服からいい匂いが漂ってきますわ」


 ダメだ、頭の中は肉の事しかないようだ。

 キイチやノゾミならまだ狐の恰好をしているから、俺に纏わりついて臭いを嗅ぐのはわかる。だが、咲耶さままで必死に鼻をひくつかせている姿は、どう見ても神様のあるべき姿じゃないような気がするんだけど・・・・・・。


「で、六三郎がどうした?」

「いや、行方不明で」

「それがどうして妾らが知っていると思ったのじゃ?」

「いや、咲耶さまの話を六三郎さんとしたから、来たのかと思った」

「来とらんの、あやつもええ大人じゃろ、どこぞにしけこんでおるんじゃないのかの?」


 まさか本人を前にして「悪い狐ども」なんて言えない。さすがに言えない。

 それにしても来ていないのか、どこに行ったんだろうか。


「して、あやつとなんの話をしたんじゃ?」

「いや、いつも咲耶さまたちと何の話をしているか聞かれたから、供物を持って行ってるって言っただけだけど?」

「ほうか。稀に見る美女だとか、美しい尾が素敵とかそういう事じゃな、うむ、わかるぞ」

「それは話してない」

「なんでじゃ!」

 

 「なんでじゃ」はこっちの台詞だよ。どうして当たり前のように、自分への賛辞の言葉を話していると思えるのか不思議だ。ただでさえ、そんな話した事ないのにも関わらず。


「肉も持ってこん、挙句に誉め言葉も言えん男のおのこはとっとと帰れ」

「早う帰って、明日肉を買ってこい」

「坊や(童貞)はおやすみのお時間ですよ」


 肉がないとわかったら、この始末か。

 まあいいや、目的は果たせたし、素直に帰って寝る事にしよう。



 

 翌日朝、勉強をする為机に向かっていると、社長の携帯から電話があった――――未だ帰って来ていないので、警察に連絡する事にしたという話だった。「きっと昨夜の電話の際の話などでお前の名前があがる、その後呼び出される事もあるかもしれないのでこっちに来てくれると助かる」と伝えられ、俺は自転車で向かう事となった。


 到着してインターフォンを鳴らし、出てきた奥さんに案内されたのは昨夜お邪魔した座敷だった。そこには昨夜と同じ服で、疲れ切った表情の5人と、スーツを着た男の人が数人いた。この人たちは警察官らしい。なぜわかったか?そのうちの一人が先日の事件でお世話になった、西尾さんだったからだ。

 

 問われるままに、昨夜の出来事――BQの事や、その後の話をした。もちろん、お社について2人で話した事もだ。さすがに西尾さんがいるとはいえ、咲耶さまの事は言わなかったが。これについては後で個人的に言えばいいだろう。

 俺が帰ってからの出来事も聞いた。今日の明け方また犯人から電話があったらしい、その際に500万用意する事を伝えられ、誘拐だという証明にと、六三郎さんと話ができたそうだ。それは確かに本人の声であり、「死んだと思って無視してくれ」とハッキリと聞こえたところで、慌てるように電話が切れたらしい。そこでこれは悪戯ではなく、誘拐である事が確定したために警察に電話し、現在に至るというわけだ。

 因みに、昨晩中にBQに参加した社員さん全員に連絡して、六三郎さんを見なかったか聞いたそうなのだが、誰一人として見ていないとの事だった。


 巻き込まれた形の俺に、家族の皆さんから各々に謝罪を受けたが、大した事じゃない。いや、大した事ないわけじゃないな、大事件だ、それに間違いはない。ただあくまでも俺は第三者なのだ、当事者の方たちの心労ほどではないのだ。それを伝えると、いつも力強い社長が力なく俺に向かって頭を下げてきたのが、とても辛い。


 別室に個々に呼ばれ、様々な質問を受ける事となった。その中では当然のように、この事を誰にも話すな、会社の人にもだと念押しされたのは言うまでもない。バイト先に犯人がいるとは思えないけど、こういうのはどこに耳があるのかわからないためとの事だ。

 俺は昨夜の探索の事を含め、知っている限りの事を伝えた。もちろん西尾さんへ個人的に咲耶さまの話がでた事も伝えた。

 その中で「剛くん現れるところに事件ありだね」とか冗談っぽく言われたけど、ほんと冗談じゃない。どこかの体は子供、頭脳は――な名探偵と同じにされたくはない。


 以前の取り調べと同じように、違和感や気付いた事などを何度も執拗に聞かれた。しかも「1人で帰ったのか?」「誰が探しに行くと言い出したのか」などまるで俺が何かしたような言い方をされたのにはさすがに腹が立った。

 また、犯人扱いかよ。


 それぞれが解放され、座敷に全員が集合したのは午前11時だった。



 トゥルルルル――トゥルルルル――トゥルルルル――


 そしてまた、電話が鳴った――――犯人からだった。

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