第11話 強請り

 俺は今猛烈に緊張している。

 顔、腋、背中、腹……すべての汗腺が開きっぱなしで、滝の如く汗を流し続けている。

 両手両足が同時に出ているんじゃないかな?

 っていうか、どうやって人間って歩くんだっけ?ってほどぎこちない様を見せている。


 なんと、今俺は、社長の娘さんである六花ろっかちゃんと2人きりで歩いているのだ。

 最近よくテレビや雑誌などで、【千年に1人の――】とか【100年に1人――】とかよく見かけるけど、本当にその人たちは今すぐここに来て謝って欲しいね。いや、もうそんな言葉自体が土下座するほど可愛い。あまり大きくない背に小さな顔、猫みたいにぱっちりとした目に、通った鼻筋、ちょっとぽてっとした唇・・・・・・暑いせいか、肩まで伸ばした黒髪を後ろで一つに結んでいる姿がこれまた――――名前も六花なんて、あれですよね?きっと華が6つあるって事でしょ?しかもロッカなんてまるでハーフみたいだし、その名に負けずと肌も透き通るように白くて――――ご飯数杯はいけるよね。


 社長の迎えに行くっていう言葉通りに家で待っていたのだが、来るのは社員さんの誰かだと思っていた。車で乗せてってくれるんだろうなってさ。でもインターフォンが鳴って出て見たら六花ちゃんだったわけです。

 いや、もう本当に驚いた。思わず声が上擦っちゃったもん。

 どうやら社員さんはみんな着いた早々に飲み始めてしまったらしく、来れるのが六花ちゃんだけだったらしい、しかも「お母さんが来るって言ってたけど、わたしが来た」との事。これまでなら、フラグ?これってフラグなの?とか脳内フィーバーしただろう、だが俺は成長したんだ。そして今こうして一緒に歩けているだけで、幸せなので十分なのです。これを胸に生きて行こうと誓えるほどに。


「重たそうだから半分持つよ」

「東野さんに持たせるわけには行かないので、大丈夫です」

「東野さんって……六花でいいですよ」

「!!そんな滅相もない」

「……滅相もないって言葉、時代劇とか以外で初めて聞いたよー。たった2つしか違わないんだし、六花でいいよー」


 なんと、名前呼びOK頂きました!思わず辞退したら笑われてしまった。

 そう、2つしか違わないけど、住んでいる世界は天と地ほど違うと思うんだよね。JKだし。

 え?お前も去年まで高校行ってただろって?違うんだよ、行ってたけど違うんだ。なんて言ったらいいのかな……敢て言うならば、元クラスメイトでJKとか言ってたやつ全員土下座しろって感じかな?何言ってるかわからない?うん、いいんだ、とにかく生れた星も住む世界も違うほどの美少女なんだよ。


 なんとかどもりながらも話しかけたり、話しかけられたリしながら、社長宅へと向かった。

 俺の家から小山を中心に左回りでちょうど90度の位置にあるそこは、バカでかい平屋の一軒家だった。


「さすが、大きいね~」

「三世帯で住んでるからね」

「三世帯?」

「うん、曽おじいちゃん、おじいちゃんおばあちゃん、わたしたちの三世帯」


 大きさに驚いていたら、六花ちゃんから説明があった。

 それだけ住んでいるんなら、この大きさも納得……なのかな?よくわからん。

 曽おじいちゃんってのが咲耶さまが知る六三郎さんなんだろう。

 あれ?同じ六が入っているって事は――――


「六花ちゃんって曽おじいさんが名付けたの?」

「えっ?なんで知ってるの?」

「だって、六三郎さんの六でしょ?」

「曽おじいちゃんと知り合いだったんだ?」

 

 首を小さく傾げて問いかけてくる姿が可愛い六花ちゃん。

 当たっていたらしいけど、失敗したかもしれない。なんで六三郎さんを知っているんだ?っていう話だよね。


「えっと……知り合いから六三郎さんって名前を聞いてて」

「ふーん、そうなんだ。曽おじいちゃんもBQにいるからぜひ話してみて」


 曽おじいちゃんって事はかなりの歳だと思うんだけど、BQに参加とか若い。肉を噛みきれるんだろうか。


 案内された庭――――というには広すぎる場所ではすでにBQセットがいくつも展開されていて、

社員さんが家族連れて来ており賑わっていた。ざっと見渡して50名は居そうだ、それだけいても余裕がある庭ってすごい。


「おお~剛来たか!」「遅かったな~」「いい時間だったろ、感謝しろよ」はじめまして~」「雑誌で有名な人だ」「こんばんはー」「思い出が出来たか?」「肉食うぞ」「今日は酒のめよ」


 顔を見せた途端、様々な声が一気に押し寄せてきた。

 俺はその中をペコペコしながら、社長に挨拶に行く。招待への感謝とお土産を渡さないと行けないしね。

 社長と奥さんに礼を言って持ってきたものを渡すと大層喜んで貰えた。予想以上に子供が来てしまったので、お菓子に困っていたらしい。瓶ビールがケースで山高く積んであるので、いらなかったかと思ったが、それも喜んでもらえたようだ。すでに酔っているのか「気を遣うなよ」と背をバンバン太い腕で強く叩かれた。


「剛くん一緒に食べよー」

「あ、はいっ」


 六花ちゃんからお誘いが!

 もしかして、「あーん」とかあったり?「も~口の周り汚してるよ」とか言いながらハンカチで拭かれちゃったり?これはやっぱりフラグなのか!?フラグって思っていいんですか!?

 思わず走って行こうとしたら、腕をぐっと掴まれた――――社長だ。「お前……わかってるよな?」と顔を寄せてきて、ドスの聞いた声で一言――――あ、はい、肝に銘じます。


 呼ばれた席に行くと、そこは老人ばかりでした。六三郎さんと八十郎夫婦、あと2つ席が空いているななんて思っていたら、社長夫妻でした。東野一家にただ1人の俺。考えようによれば、婿養子的な?将来の予行練習?――――あ、はい、すみません、社長目が怖いです。


 挨拶を済ませ、目の前の皿にどんどんと追加される肉を頬張る。会話は基本的に先日巻き込まれた殺人事件の事を色々労ってくれた形だった。あとは六花ちゃんから勉強の事を聞かれたりだ。因みに心配していた、老人がBQの肉を食えるのか?という疑問だが、まったくの杞憂でした。ガツガツ食ってました、普通に。食事でお腹いっぱいになってくると、今度は社員さんに酒を注ぎに行ったり、家族の方に挨拶したりだ。

 社員さんの平均年齢は30~40代後半までかな、約15名ほど。奥さん同士、子供同士で集まって話し込んだり、遊んだりしているところを見ると、とても仲がいいみたいだ。全員妻子持ちかというと、そうでもないらしい。独り黙々と肉を食らい、飲み物を飲んでいるのが2人居た。1人は事件の時家まで社長と協力して迎えに来てくれた向井さん、もう1人はあまり見かけた事がない人だ。


「剛くん、曽おじいちゃんの名前知ってたんだよ、知り合いに教えて貰ったんだって」


 六花ちゃんが思い出したように六三郎さんに声を掛けた。

 俺としては思い出さなくてもよかったのにが、素直な感想だ。


「ほーそうか、だが儂には剛くんの年代の知り合いなぞおらんが誰から聞いたんじゃ?」

「さく……あっ、えっとお爺ちゃんからです」

「……剛くんや、フルネームを聞いてもいいかな?」

「安倍剛です」

「安倍というと……山門前の安倍かな?」

「そうです、そうです」


 死んだ爺ちゃんの名前を出して正解だったみたいだ。

 どうも我が家の事を知っているっぽいしね――――この家の規模を考えると、もしかしたら昔この辺りの大地主で、うちは元小作人だったりするのかもしれない。


「というとだ、先ほど言いかけたのはもしや咲耶さまか?」

「――――っ!!ご存じなんですか?」

「そうか――――六花や、ちょいと剛くんを借りるぞ」


 六花ちゃんに借りるよだなんて声を掛けるなんて、まるで俺が彼氏みたいじゃないんですか、お爺さん!――――うおっ!なんか視線を感じると思ったら、社長がすごい勢いでこっちを睨んでる?なんで?あの人、俺の心読めるの?


 お爺さんに連れられて来たのは、庭の片隅にある小さなお社の前だった。


「咲耶さまとはよく話すのかい?」

「そうですね、見えるようになってからは」

「具体的にどんな話を?」

「基本的には――――お供えを強請られています」


 願いの対価の事は口にしなかった。これは咲耶さまに口止めされた訳ではない、ただ単純に『願いを叶える為に小間使いをしている』なんて、ちょっと恥ずかしかっただけだ。そして話した内容も、これまた間違いのない事実であるわけだし。


「強請りか……悪い狐だの」


 悪い狐ではあるが、一応神様なのでなんとも言えなところだよね、キイチとノゾミはともかく。それに願いの為っていう下心もある事だし。


「ムリのない範囲でやってるんで大丈夫ですよ」

「ふむ」

「お爺ちゃんと剛くーん、花火やるよー」


 何やら難しい顔をして考え込んでしまった六三郎さんを前に、どうしたらいいのか困っていると、ちょうどいいタイミングで六花ちゃんが呼びに来た。


「ああ、悪かったね、ありがとう、行って楽しんできなさい」

「あ、はい、ありがとうございます」


 なんとなく気まずい雰囲気を感じながらもお爺さんの言葉に後押しされ、六花ちゃんの元に歩き出した。

 ふっと後ろを振り返ると、未だ指を顎に当て、考え込んだままのお爺さんが居た。


 それがお爺さんが生きている最期の姿だとは、この時思いもしなかった。

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