第10話 牛は自ら歩ける

「ああ~疲れた~」


 今日は早起きして、珍しく勉強に励んで気付けば15時だ。いつもなら数度の休憩を挟んでいるところだが、本日は昼ごはん休憩しか取っていない。なんたって明日のBQが楽しみで、気合が入りまくってる。

 手ぶらでOKとは言われたが、本当で何も持って行かないのは気が引ける。ただでさえあの事件で迷惑を掛けたんだ――――やっぱり酒と甘味かな~ケーキは明日買うとしてとりあえずスーパーにビールでも買いに行こう。


「いらっしゃいませ~」


 あれから、あのコンビニには行っていない。犯人であるあの子はもちろんだけど、共謀して嘘の証言をしたバイトの男はもういないのだが、何か気が引けるというか気分が悪いというか……なので、最近は違うコンビニかスーパーで買い物をする事が多くなった。

 慣れた店内で一直線に酒コーナーへ向かう。目に留まったのは安売りの発泡酒……そういえば会社のみんな「奥さんが厳しくてビールも飲めやしねえ」って財布を見ながら愚痴を言ってたな――――ちゃんとしたビールを差し入れよう。カゴに6個まとめの物を4つドンッドンッっと重みを感じながら入れる。これでもう用はない――――お徳用菓子コーナーが出来ている事に気が付いた。クッキーアラカルト、洋菓子、煎餅、飴、ミニ饅頭など目についた大きな袋ををまとめてカゴに詰めていく。もちろんこれは狐用だ。


 ビールと買った菓子半分は家に置き、参道の階段を駆け上がる。


「おお~今日もよく来たのう」

「昨日の菓子はなかなかよかったぞ」

「お土産君――剛は今日は何を持ってきたの?」


 ノゾミのやつ、言うに事欠いてお土産君とは何事だ。相変わらず狐達の口が悪くて腹が立つ。

俺が出したのはお徳用菓子4袋、煎餅2、ミニ饅頭2だ。


「見るからに安っぽいのう」

「スーパーで298円ですな」

「しょぼい男」


 なんで値段知ってるんだよ!こいつら目敏いからって、しっかり値札を剥がした意味がない。


「いや、たまにはこういうのもいいかなって思って、色んな種類も食べれるでしょ?」

「色んな種類ならそれぞれ専門店に行けばよかろう」

「見え透いた言い訳をしよる」

「ケチでしょぼくてダサくて臭い童貞ね」


 って、文句言うなら食うなよ!ちゃっかりと全袋を開けて各種類別に分けながら、片っ端から包装を解いて食いやがって。

 しかもノゾミ、お前「ケチでしょぼくてダサくて臭い童貞」ってなんだよ!ケチでしょぼくて童貞は認めよう、ああそうだ、その通りさ。だけど、ダサくて臭いはどこから来たんだよ、言いたい放題言いやがって。


「剛よ、たまにはいいじゃろう、こういう安っぽく大して美味くもない菓子でもの、だがのう、供物であり捧げる物をケチるとは悲しい事よのう」

「……ケチってって」

「気持ちがまったく感じられん」

「気持ちは入ってるよ?」

「そうかのう?じゃあ妾も――気持ちは入っているけれど、うっかりようにしてしまったりするかものう」


 相変わらず人の足元を見てくる手法だ。だがもう負けてられない。


「いや、それはひどくないかな?こちらは気持ちを込めて供物を捧げているわけだし」

「ほう、気持ちは絶対に入っていると?」

「ああ、しっかりとね」

「じゃあ、なぜ8袋の内4袋家に置いてから来たのじゃ?まさかただでさえ安物の菓子を半分づつ奉納するつもりじゃなかろうの?」


 こいつ、しっかりと全部把握してやがる。

 そういえば、我が家に入れることをすっかり忘れていた。


「も、もちろんだよ、あれは明日余所に持っていくための物だよ」

「ほう、ビールも持ってどこへ行くんじゃ?」

「バイト先の社長の家にBQで呼ばれてるんだよ」

「BQ!肉じゃな?肉じゃ」

「いいですな、肉は!」

「牛、豚、羊!」


 やっぱり狐って肉食動物なんだね、こいつらを日頃見ていると雑食としか思えないんだけどさ。


「剛よ!頼みじゃ、頼みがある!」

「なんですか?」

「肉が食べたいんじゃ、牛を一頭連れてきてくれ」

「ムリです」


 一頭ってどれだけの値段が掛かるんだろ?

 そして値段よりも先に、一頭連れてこいってすごい要求だよね。しかも生きているのをって事は、ここを凄惨な解体場にでもする気なんだろうか?

 田舎町の社で起こる、見えない狐により牛の踊り食い――――どんなホラーだよ。


「なぜダメなんじゃああああ!」

「そこらにおるであろう、連れてくるだけだ」

「牛も従えて連れてくることが出来ない、ちっぽけな男ね」

「……えっとね、牛はその辺を歩いてないし、もし歩いていても持ってくるのは不可能だから。それに牛を買う余裕はないからムリ」

「持ってこんでもよい、剛は知らんかもしれんが、牛はのう自ら歩けるんじゃぞ?連れてくればいいじゃ、簡単じゃろ?」

「ムリなものはムリ」


 よっぽど食べたいのか、珍しく咲耶さまが地団駄踏んでる。

 キイチもノゾミも、俺が見えてないとでも思っているのかヨダレを垂らしては前足で拭いてるし。

 それに牛が歩ける事ぐらい、俺だって知ってるわ。


「じゃ、じゃあ、今度肉を買って来てくれ、これは頼みじゃぞ?カウントしていいぞ」

「何肉でもいいんです?」

「うむ、美味しければなんでもよい。ただウサギはいらんぞ?食い飽きてるのでの」

「食い飽きてる?」

「うむ、この森にもおるでのう」


 この山ってウサギが生息しているのか……知らなかった。そしてその野ウサギを捕食している神様がいるなんて知りたくない事実だった。

 神様ってさ、普通あらゆる生き物を愛で――――ああ、うん、咲耶さまを見てからいう事じゃなかった。どうやら違うらしいね。


「わかった」

「約束じゃぞ?楽しみにしておるでの」


 満面の笑みを浮かべる咲耶さま――――まるでわたしたちの分も持ってこいよ、と目で圧力をかけてくる2匹。

 まあ、今時業務用スーパーにでも行けば、海外産の冷凍肉が安く売っているからそれらを買ってくればいいだろう。ありがたい事に、キロ単位のブロックで売ってるし。これまでいつも「リア充の人達はこれを買って、みんなでBQとかするんだろうな~」と眺めていたのが、初めて役に立つようだ――――悲しい。


「で、明日は肉の宴で来れんという事じゃが、どこの家でやるんじゃ?」


 肉の宴――――確かにそうなんだろうけど、なんか違う。そして言葉の響きがいやらしく感じるのは俺だけなんだろうか?


「ああ、場所はよく知らないんだけど」

「場所もわからんでどうやっ――――もしや妾たちが来るやもと恐れて、知らん振りか?」

「本当に知らないんだよ」

「ふむ、名はなんというんじゃ?」

「東野さんだよ」


 どれだけ、肉に執着しているんだよ……

 本当に場所を知ってどうしたいのかわからん。

 

「東野というと、東野六三郎のとこか?」

「誰それ、社長の名前は東野慶次ひがしのけいじだよ」

「――――誰じゃ、それ」

「咲耶さま、六三郎の孫かと思われます」

「六三郎の息子、八十郎やそろうの息子ですよ」

「おお、あのやんちゃな坊主か」


 どうやら知っているらしい。

 社長のお爺さんの名前が出てくるとは思わなかったけど。さすが神様なの……かな?


「すごいね、この辺の家の名前みんな知っているの?」

「そんなわけなかろう・・・・・・知っているのは限られておるよ」

「「咲耶さまっ」」

「うむ」


 限られている?なんでだ?祭事に関して何かしていたとか?

 なぜか咲耶さまの歯切れが悪いし、2匹は何故か慌てているし、何も言おうとしないし。


「剛よ、ちと用が出来た」

「早う去ね」

「お帰りはそちらよ?」


 なんだ?

 急にどうしたんだ?


「えっと、どうしたの?」

「肉、今度楽しみにしておるでの、今日は用事があるのを忘れておったんじゃ」

「そういう事だ、早う去ね」


 先ほどは「用事が出来た」と言ったのに、今度は「用事があるのを忘れていた」に変わった。何かおかしい。でも、すでにもう俺が帰ったと言わんばかりに3匹が顔を寄せ合い小声で話し合っているようだ。きっとここで問いかけても、無下にあしらわれるだけだろう事は予想に難くないので、素直に帰るとするか。

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