六三誘拐事件

第9話 夏!

「おい、タバコの吸い殻がまだ落ちているぞ」

「とっとと掃除しなさいよ、相変わらず鈍いわね」


 狐2匹の監視の下で参道である階段をお掃除中です。

 俺を取材するために家の前で毎日毎日待っていた結果、吸い殻や食料の包装がゴミとなって散乱していたのを、咲耶さまのとして処理中なわけ。

 あの事件以降、頼み事は基本的にこんな感じのものばかりだ、供物を食い散らかした後の社の掃除、鳥居の洗浄などだ。正直ほっとした、また事件に巻き込まれたらどうしようかとビクビクしていたからね。まあ、その事件も本来はただのお使いのはずだったんだけどさ。


 そういえば、警察の西尾さんから謝罪があった、あくまでも個人的にだから非公式謝罪。ただ話を聞いてみるとかなり危険だったらしい、俺の立場が。参考人という名目で引っ張る寸前だったそうだ。

 こっそりと犯人である上山さとみはどう供述しているかなどを詳しく教えて貰った。俺が巻き込まれた事件だから週刊誌や新聞で情報は得ているけれど、やはり内部にいる人に聞くのが一番だからね。

 主に聞いたのは咲耶さまの推理と違う点だ。ストーカーはバイトの男ではなかったらしい、一応調査はしているが未だに犯人は不明。の手紙も自作自演ではなく不明らしい。祖母を殺しても遺産を直接手に入れる事が出来ないのに犯行に及んだ理由だが、その事を尋ねられた彼女は酷く驚いていたそうだ、知り合いから聞いた話では貰えると言っていたと。また手っ取り早く金を得るためか、屋内と庭が少々荒らされていたようだ。ただ俺が予想外に早く発見してしまった為に、早々に退散する羽目になったと反省の色もなく愚痴をこぼしていたとの事。

 俺を巻き込んでしまった事への謝罪は皆無で、逆に「あいつが素直に捕まっておけばよかったのに」と文句を言っているそうだ。

 そんな相手に密かに恋心を抱こうをしていたなんて――怖い――見る目がないのだろうか?


 西尾さんだが、やはり予想通りに俺と同じ立場だった。つまりと対価である《頼み事》》の関係だ。これまでにいくつもの難事件を解決して貰ったそうだ。ただ納得がいかないのは、西尾さんへの頼み事は指定の供物で済んでいる事が多いという事だ。まぁ、全国津々浦々の珍しい物ではあるらしいが・・・・・・・。それについて咲耶さまに文句を言ったら「優しさじゃぞ?同じことを頼んだらお主破産する事になるがいいんじゃな?」と恐ろしい事を言われた、バイトの身にはきついです。


「もうこの辺でよかろう」

「咲耶さまに挨拶して帰りなさい」


 現場監督の狐達からOKが出た。

 気が付けばゴミ袋5袋だ、マスコミへの苦々しい思いがこみ上げる。


「終わったんで帰りますね~」

「終わったのか、掃除をすると心も綺麗になった気がするじゃろう?」


 押し付けておいてよく言うわ。

 そう思うならせめて自分たちが飲み食いした社くらい片付ければいいのに。


「なんぞ不満そうじゃのう」

「身の程知らずが」

「わたしは貴方が不憫だけどね」


 不憫とはなんだ不憫とは。

 不満というか、いい様に使われている感が半端ないんだよね。

 明らかにパシリ扱い――もっとこう、対等な関係がいい――相手は神様なんだけど。


「ふむ、頼み事は嫌だと申すか――よかろう、ただのう、それなら妾もそなたへの貸しが返ってこん限り新たな願いは叶えられんし、借分をなんぞで補わさせて貰うとするぞ?」

「補う?」

「うむ、例えばちぃとばかり運が悪くなる――受験票が配達の手違いで届かんかったりのう」


 運が悪くなるって――例が具体的過ぎて怖い。3匹の顔がこの上なくニヤついている。


「当日行く道行く道全て通行止めになっておったり?、筆の芯が折れて折れて何も書けんかもしれんのう」


 これはあれだ、紛れもない脅迫だ。

 神様が脅迫ってどうなの!?って思うけど、確かに借りがあるのは俺なんだよね・・・・・・

 ニヤつきが止まらない3匹を見ていると、神様じゃなくて悪霊、祟り神じゃないかと思えてくるけど、社に祀られた――1000年近く前からあるんだから由緒正しいってやつだろう。


「すみませんでした、頼みごとを是非してください」

「最初から素直に言うておけばよいのにのう」

「愚かの一言ですな」

「ゴミね」


 謝れば謝ったでこの言われよう。

 供物はこっそりとグレードを落としてやる、これからはお徳用パック祭りだ。


 屈辱を胸に家へと帰り、勉学に励む。

 両親の俺への評価は事件が終わっても下がったままだ、曰く「真面目に勉強だけしていれば巻き込まれる事もなかった」「日頃の行いが悪い」だ。俺を一方的に疑っていた近所の人たちから詫び代わりにもたらされる菓子なども、一切俺の口に入る事はない。迷惑を掛けられた家族用らしい。姉ちゃんは結局彼氏に振られる事はなかったらしい、更には週刊誌などで踊った【心温まる――】などの文言に見事に乗って「素敵な弟を持つ姉は素晴らしいに違いない」と姉ちゃんの評価があがっているそうだ。「このまま結婚しちゃうかも」なんて惚気ていたが、いつか挨拶にでも来た時には、当時の罵詈雑言をその人に教えてあげようと心に誓ったのは秘密だ。



 俺の日常が変わらないのは相変わらずバイト先だけ。

 真犯人が捕まった時にはみんなが喜んでくれたのが嬉しかった。出退を送迎してくれたり、仕事中に来る警察やマスコミの対応をしてくれたりと、かなりの迷惑を掛けたのは言うまでもない。だから貰ったバイト代の三分の一を遣ってビールや茶菓子を差し入れた。

 正直なところ、バイト代のほとんどが菓子類に消えている気がする――――まあ、職場への差し入れにはまったく後悔はしていないんだけどね……後悔は狐3匹を若干餌付け気味に与えてしまった事へだ――もう遅いけど。


「剛よ、お前家に帰ったら真面目に勉強してんのか?」

「してますよ、後がないですし」

「大学行って何するんだ?」

「えっ?」


 社長から突然質問が飛んできた。

 大学に行く目的か・・・・・・何々になりたいとか明確な夢はないけれど、今時就職するのに卒業していないと道が狭いのが大きいかな、まともな企業に入社したいし。我ながら情けない理由だとは思うけど。


「俺は中卒だぞ?「俺もー」「俺もだ」「俺は高卒だ」


 事務所と倉庫に居た社長をはじめとする男衆が一斉に学歴を口にし出した。

 正直なんかわかる――だって柄悪いもん――絶対に言えないけれど。


「って事はだ、うちはまともな会社じゃないって事だな?」

「そんな事ないですよ」

「でもみんな大学なんか行ってないぞ?」

「いや・・・・・・ここはいい会社です」


 返事に窮するとはこの事だ。

 そうなんだ、ここは温かくて優しい会社だ――総じて顔は怖いけど。

 俺はなんで大学に行きたいと思ったんだろう?遊びたいため?みんなが行くから?いい会社に入る為?姉ちゃんが大学通っているから?親が言った?

 グルグルと頭の中で色々な思いが廻り続ける。


「まあ、なんだ、好きならいいが無理して勉強して大学行く事がいい事とも言えんって事だ。まあ、何かしら思う事があったんだろうよ、進学を志した時にな」


 本当に志なんてあったのか?

 流されただけじゃないのか?


「困ったらうちで働けばいいさ、剛の仕事ぶりなら雇ってやるからな」


 それもありなのかもしれない――今ここで答えを出せる訳じゃないけれど。

 でもそうしたら娘さんと仲良くなれるかも・・・・・・もしかしたらそのままどうにかなっちゃったりして?


「雇うのはいいが、娘に色目遣ったり手を出したら殺すぞ?」

「・・・・・・大丈夫です」


 危ない危ない、また桃色の未来を夢想してトリップしかけてしまった。

 それにしても社長、勘が良すぎるよ――目がマジで怖い。


「大丈夫っちゅうのはなんだ?うちの娘なんかに手を出すわけないと?」

「違いますよ」

「ああっ?違うっちゅうのはなんだ?やっぱり手を出す気か」


――――これはあれだ、娘を溺愛するパパのテンプレってやつだ。

 いつの間にか周りに居た男衆いないし・・・・・・


「とても魅力的ですが、手は出さないので安心してください」

「最初からそう言やあいいんだよ、紛らわしい事言いやがって」


 テンプレだとしたら――これを娘さんが聞いていて顔を赤らめ――なんてそこまで都合よくはないよね、それにもし聞かれていたりしたら恥ずかしいし。


「話は変わるが、今週の日曜――明後日暇か?」

「暇ですね」


 夏っぽいイベントなんて皆無。

 ここ最近で予定があったのって、バイトか咲耶さま関連しかない――これでいいのか19の夏――いかん虚しい。


「バイトですか?」

「いや、自宅でここのやつら全員とうちの家族でバーベキューやるんだけど来れるか?」

「行きます!行かせてください!参加させてください!何を持っていけばいいですか!?」

「お……おう、なんか威勢がいいな。参加費は無料だ、手ぶらで来て食って飲んですればいい」

「何時集合で!?」

「ど、どうした……18時集合なんだが、お前俺んち知らねえだろう?だから30分前に誰かに迎えに行かせるから待ってろ」

「わかりました」


 凹んでたらイベントが降ってきた。

 会社のバーベキュー、オッサン比率高めだけど気にしたら負けだ。

 

 初めて夏らしい夏がやってくる!

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