第8話 一件落着
陽が真上に浮かぶ夏の日差しの中、社では俺と壮年の男性は正座をしている。
「この栗羊羹は中々に良い物を買うてきたの、奮発したか?栗がゴロコロと入っておる上にほくほくしておるわ」
「咲耶さまハーゲンダッツがいい感じに溶けて参りましたぞ」
「この桃もおいしゅう御座いますよ」
舌鼓を打つ3匹の前、いそいそと俺たちはそれぞれの前に供物の菓子類を広げ、お茶を注ぐ。
「中々殊勝な心がけでよいぞ」
「普段から心掛けよ」
「これくらいしか取り得がないんだから」
散々な態度と言い草であるが、俺たちは頭を下げて聞くしかない。
なんせ探偵気取りの推理ショーの結果、俺は普段の生活に戻れたのだから。
俺の前で落ち葉を使って化けた日の翌日、俺はまたも警察に呼び出された。いい加減うんざりするものの、今回は咲耶さまに課せられた質問がある為に大人しく応じた。
先日の遣り取りとまったく同じ事を繰り返した後に質問してみると、肯定の返事が返ってきたのだ。
夕方まで続いた取り調べを終え帰宅した俺は、少々恥ずかしかったが合言葉の「コンコンコン」を叫ぶと、探偵姿ですぐに現れた。
「やはりの」
「で、何がわかったんですか?探偵先生!」
警察の帰りにちょっと遠回りして購入してきたお菓子類をいそいそと目の前に拡げ問う俺。これで楽になれるんだと思ったら、これぐらいの出費は痛くない。
「よくわかってるではないか」
「賢くなったな」
「報酬としては安い物ですけどね」
満面の笑みで菓子を貪り食う3匹。
しめしめなんて思ってたら、ノゾミから鋭い一言が発せられたが……報酬は対価としての借りじゃないのか?
「まずの、バイトを遅刻した訳じゃがの、多分孫娘に呼び出されておったんじゃろ」
「なんの為に?」
「元々はそやつを犯人に仕立てあげる為じゃろうな」
「えっ?それがなんで俺に?」
「それは偶然にも顔を知っているお主が第一発見者となったからじゃよ」
「意味がわからん」
うん、意味がわからない。
なぜ発見したから俺の犯行にしたてあげれるんだ?
「元々孫娘は本当にストーカーか何かにあっておったんじゃろう、その犯人はバイトじゃ。で、当日呼び出してアリバイをなくし、ババアを殺した。予定ではそのままそやつにする予定だったんじゃろうて、だが目つきが悪く何か仕出かしそうな男で、しかも自分の働く店によく来る客であるお主が発見した事を知った孫娘はこれを利用する事にした。店に電話でもしたんじゃろ「あのよく来る怖い客がババアを殺したかもしれない、もしかしてストーカーもあいつかも」とな」
「ちょっと待って、バイトの男はストーカーなのにそんな事言っても意味なくない?」
「いや、男としては自分の罪を擦り付けれると思ったのか、それとも自分以外にもストーカーをしている奴がいると思ったのやもしれんの」
確かにそういう理由なら納得できるか・・・・・・
「じゃから「
だが、あれがあったはずだ、「障害を失くす」という手紙だ。あれを出した奴が犯人じゃないのか?
「なぜババアが障害なのじゃ?孫娘と結ばれるのに関係ないじゃろ、障害なのは孫娘にとってだけじゃ、金の無心をしても応じてくれない憎きババアじゃからの」
そうか――――だが、殺したところで金が入る訳じゃないだろうに。
「ババアは金を貯め込んでおったし、土地家屋があるじゃろ?それが息子である孫の父に渡るわな、そうなれば自分の生活も楽になるとでも考えたのかの?」
そこまでお金に困っていた?
いや、だったら毎日でもコンビニで勤務するんじゃないのか?
「額に汗したり、嫌な思いをせずに金が入る方がよかろうて」
それはわかる。
咲耶さまへの願いは一生困らないお金か受験合格か今迷っている最中だからね。
「ほんに、女は怖いのう」
いや、そう言う咲耶さまも女でしょうに……いや狐だからメスなのか?神様だからどちらでもないのか?
「じゃあ、障害云々の手紙を出したのは誰なの?」
「そんなもの、孫娘本人に決まっておろう。幸いな事に手紙は全てパソコンで打ちだした物じゃ、模倣する事は簡単な事じゃからの」
そういう事なのか?
憧れのあの子がそんな事を?
身内である祖母を殺した?
「まあ、妾にかかればこんなもんじゃろうて」
「さすが咲耶さま、素晴らしい御推理でした」
「名探偵ぶりに惚れ惚れしましたわ」
「――――と、これを剛が邏卒に言っても簡単には聞いてはくれまいのう」
はい?
だったら意味がないじゃないか、いや疑念を持たせるのであれば意味はあるのか?
「でじゃ、本来なら妾が赴いて皆の前で推理を披露するのが世の定めではあるがそれは叶わん。そこでじゃ、邏卒の偉い者――――県警本部刑事部課長の
えっ?
刑事部課長って??
どうしてそんな知り合いがいるんだ?
「ふふん、それはお主の知る必要のない事じゃ。では伝言をしっかりするんじゃぞ?じゃないとお主の命運は・・・・・・では供物も尽きたし帰るとする」
不安な一言を残し3匹は去って行った。
それにしても、県警察本部に電話して取次なんてしてもらえるんだろうか?だが、確かにもう頼るしかない、それにもし推理が外れていても本部刑事部課長なら何とかしてくれそうな気もするし。
翌日俺は縋る思いを胸に、そして県警本部への電話という体験にドキドキしながらコールした――――俺の不安や興奮を余所に、受付からすぐに西尾卓三さんに繋がった。
『わたしにどんな御用でしょうか?』
「えっと、大牧山の咲耶さまがお話があるそうです」
『――っ!大牧山の咲耶のお狐様で間違いない?』
「はい、そうです」
『となると、君はもしかして上山とよさん殺害に関わっている安倍くんで間違いないかな?』
「関わっているというか、第一発見者ではあります」
『そうか、わかった。今日の16時ころだったら行けるはずだからそのようにお伝えしてくれ』
本部ともなれば忙しいのか、その一言で電話は切れた。
伝言を伝えると大いに驚いたのがスマホ越しに伝わって来たのを考えると、やはり何かしらの関係があるのだろう。
だが咲耶さまに伝えろと言われても、社に行くにはマスコミが邪魔だし、きっと付いて来るだろうし――――「コンコンコン」
「なんのようだ?供物をよう――――ないのか?なんだ?咲耶さまはまだ眠られておる」
「えっと、西尾さんが夕方の4時にお山に行くそうです」
「そんな事で鳴いたのか?くだらぬ……まあわかった」
いつもの3匹でなくキイチ1匹が音もなく登場し、去って行った。
昨日あれだけ食い散らかしたのに、よくあんな事が言えると感心してしまうくらいだ。だが来たのがキイチでよかった、ノゾミだとどんな罵倒に襲われたかわかったもんじゃない。
さて夕方までどうやって時間を過ごすか――――んっ?俺が行く必要はあるのか?咲耶さまの推理を西尾さんに話す事が目的なわけで、俺がその場で言う事はもうないはずだ。という事は、本日はバイトもない事だし――――マスコミと警察が職場にまで来るので迷惑を掛けるから休ませて貰っているんだ、社長やみんなは気にしていないって言ってくれたけど。なので勉強でもしようかな、ここ一週間はほとんど机に向かった覚えもない――――もう後がない受験生のはずなのだが。
「なぜお主は来んのじゃ!」
「開演時間はとっくに過ぎておるぞ」
「咲耶さまの晴れの舞台ですよ」
自室で勉強に励んでいたら、突然現れた咲耶さまたちに怒鳴られた。
あれからずっと机に向かっていた、途中昼食をとったり、漫画を読んだり、仮眠をとったりしたけれど・・・・・・えっ?ずっと向かっていない?いや、人間ある程度の休息は必要なのですよ。
晴れの舞台とか開演って、もしかして劇でもするのか?まあ化けれるから1人数役でこなせそうではあるけれど。
「だって俺必要ないでしょ?」
「当事者のお主がおらんでは話にならんではないか」
「わかった。だけど社に行こうにも家の前にいる人たちがついて来ちゃうと思うんだよ」
「そんな事か――――エイッ――――これでよかろうて、妾について参れ」
事も無げに言い、俺の頭上に手を掲げて短く言葉を吐いた。今度こそ神様的な力でなんとかしたのか?
素直に咲耶さまの後ろをついて行く、俺を挟むようにしてキイチとノゾミが左右を歩く。階段を降り、玄関を出るとやはりマスコミが山ほどいるが、なぜか俺が外に出たのにチラリともこちらを見ようとしない。それどころか誰かがいるとは思っていない態度で、用意をしたり会話したりしているではないか。
声を出したい衝動に駆られたが、ここで自ら台無しにするのもアホらしい。参道の階段を登り始めて初めて声を出した。
「なんで?見えてないの?」
「うむ、あ奴らには今のお主は見えんようじゃな」
「えっ?見えるかも知れない恐れがあったの?」
「うむ、波長が合う者がおればの」
それって俺は今神様的な者になっているって事なのか?
今なら何でも出来ちゃうんじゃないの?
「霊能者的な者はおらんようじゃったの」
ん?霊能者?
「今のお主は魂だけじゃからの、謂わば幽霊というやつじゃの」
「えっ?ええええええええっ?」
「煩いわ」
「黙れ」
「魂になっても愚かなのは変わらないのは悲しいわね」
幽体離脱って事だよね?
若かりし頃――――っても数年前、厨二的な病に罹っていたと思われる時代は憧れたりしたけれど、実際になってみると恐怖だ。
「いいい今、俺の身体ってどうなってるの?」
「大丈夫じゃ、生きておる」
「安心せい」
「まあ、数時間離れていたらどうなるかは知らないけど」
「おおおおいっ!」
ノゾミがトンデモナイ事言いやがった。
数時間離れていたらどうなるかわからないって、それって死ぬって事じゃないか。
なんて事してくれているんだよ。
「戻るっ!」
「無理じゃぞ?無理矢理身体から引っこ抜いたからの、妾がおらんと戻れん。大丈夫じゃ、身体が腐る前には戻らしてやるゆえに安心してついて参れ」
「咲耶さまはお慈悲深い」
「こんなのが幽霊になってこの辺りをうろつかれても迷惑ですからね」
腐る前にって、ヒドイ。
全然慈悲深くない、悪魔の所業にしか感じない。
そんな事をギャーギャー言い合っている内に社へと到着した、そこに居たのは40代くらいのパリッとしたスーツを着こなす、オールバックに眼鏡をかけた所謂出来る男って感じの男性だ。
「どうも西尾です、安倍くんでいいかな?」
「はい、安倍です」
「よし、観客も揃ったところで妾による推理ショーの始まりじゃ!」
俺と西尾さんと狐2匹が見守る中、満面の笑みを浮かべ語る咲耶さま。内容は昨夜俺に話したのとまったく同じだった。新しい要素は一つもなく、予想していた演技もない。
「よっ、名推理!」
「名探偵咲耶さま!」
「片平なぎ〇もビックリ!船〇さんも惚れちゃうわ!」
2匹は置いておくとして、西尾さん慣れているの?一番張り切ってよいしょの合いの手いれているけど……どういう関係なんだろ。
俺はというと、置いてきた肉体の心配しかできません。
だって推理の内容は知っているし、あからさまな合いの手もなんか腹立つから入れる気にもならないし――――
「剛よ、聞いておるのか!?」
「いよっ、美女探偵咲耶さま!」
「むふっ、ようわかっておるじゃないか」
うん、面倒くさいので言いました。
まぁなんだかんだ俺の容疑を晴らすためなのは間違いないしね。
「という事で、犯人は上山さとみじゃろう」
「おお、さすがですね咲耶さまは。いつも以上に推理が光っておりますね」
「そうじゃろうそうじゃろう、お主がやる事はこれの裏取りじゃ、簡単であろう」
「ええ、ええ。いつもお世話になっております。では早速動きますので失礼します、安倍くんまたね」
どうやら西尾さんは普段からお世話になっている模様です。
俺と同じ立場っぽい。
西尾さんは俺たちに頭を下げると、早足で階段を駆け下りて行った。
「これで後は結果待ちじゃ」
「ありがとうございます」
「うむ、可愛い信徒の為じゃ、これくらい大した事じゃないわ(いい暇つぶしにもなったし)」
ん?
なんか余計な腹が立つ言葉が聞こえたような。
「ほれ、肉体が心配じゃろう?帰るぞ」
来た道を一緒に自宅まで戻る。
そういえば俺が社に行った必要はあったのか?
「観客がおらんとショーにもやる気が出んのでの」
そんな理由かよ。
その為に無理矢理魂を引っこ抜いたのか・・・・・・・俺の身体おかしくなってないよね?
部屋に戻ると、そこには俺が居た。
つまりあれが俺の肉体って事だ、実体を見て今更ながら非常識な事態に身が震える。
「よし――――よいしょうっ」
徐に《おもむろに》俺の頭を掴んだと思ったら、実体にぶつけられた。痛いと一瞬思ったのは、気のせいなのか思い込みなのか――――思わず瞑ってしまった目を開けると、俺は机に向かって座っていた、一つの身体となって。そしてすでに3匹はその場から消えていた。
推理ショーの結果が出たのは、その日から3日が経てからだった。
突然マスコミがほとんど消え去ったと思ったら、テレビ新聞などで真犯人逮捕の文字が躍った。
内容は咲耶さまのほぼ推理どうりだった。ほぼというのはところどころ真実は違ったからである。順序立てて説明すると、まず上山さとみはストーカー被害に悩んでいた、犯人の検討もついていなかったらしく、警察に相談にいく一歩手前だったそうだ。それとまたお金に困っていた、理由は派手な私生活を原因との事で、ブランド物が好きで買い漁っていた。そのお金はどこから出ていたかというと、キャバクラなどでバイトをしておりコンビニはあくまでも親を誤魔化すための勤務だったようだ。それでもお金が足りない為に度々祖母に無心に行ったが出してくれなかった為、腹が立ってと供述している。
事件当日、バイトの男が自分に気がある素振りを見せていたので利用しようと計画し、相談があるといって呼び出した。だが、実際には会わずスマホで「急用で会えない」と連絡し、祖母を殺した。だが予想外な事が2つ起きた、まず返り血を浴びたためにシャワーを浴び、着替えていたところに俺が訪ねてきて被害者を発見してしまったのだ。そっと盗み見るとコンビニに自分目当てで来る男の1人だった事に気づいた犯人は、計画を変更し利用する事にした。裏口から家に帰り、バイトの男に「祖母が殺された、犯人は深夜にくるあの男かも知れない、もしかしたらストーカーもあいつかも」と連絡。バイトの男は度々の相談などで、自分に気があると思い込み彼氏気分だった為に、深夜警察帰りの剛に暴言を浴びせかけたようだ。ストーカーに仕上げる為に「言い寄られていた」と証言したのも「一人では警察行くの怖いから一緒に行って言って欲しい」とバイトの男に頼んだ。
後は状況が勝手に剛を犯人へと仕立て上げていったようだ。
またとよさんはそれなりのお金を貯め込んでいたようで、薄々娘の犯行に気づいていた母親だったが義母憎しと遺産に目がくらみ、娘が俺をストーカーの殺人犯に仕立て上げるのを手伝う気持ちで「近隣で時折怪しげな男を見た、それは今思えば剛だった」と偽りの証言を警察にしていたとの事だ。
恐ろしい。
親子揃って無実の男を犯罪者に仕立て上げようとするとは――――金とは怖い物だ、やはり大金を願いにするのは止めよう。
それにしてもテレビ新聞週刊誌の手のひらの返しようといったら呆れるほどのものだ。
今では
【鬼嫁孫と確執を抱えた独居老婦と浪人生の心温まる交流】
【被害者の求めたぬくもりを与えたのは一人の勉強熱心な学生だった】
とか俺を持ち上げて、犯人を貶めている。
犯人が捕まるまではあれほど散々に俺を罵倒したにも関わらず。
まあそんなこんなで俺の日常は平穏を取り戻したので、久々に大手を振って街へと出かけ買い物をした。
そこで大量に買った供物を持って社へと向かうと、西尾さんも大量に荷物を抱えて居た。お礼だそうで、聞くところによると時折事件の推理を願っているらしい、やはり俺と一緒で対価を求められるようだが。
そうして俺たちはドヤ顔の3匹の前に正座して、まるで接待のように茶を注ぎ菓子を差し出しているというわけだ。
今日はこのドヤ顔も尊大な態度にもあまり腹が立たないのは、平穏を取り戻してくれた恩を感じるからなのか、慣れたのか、どちらかはよくわからない。
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